超年下男子に恋をする52(彼に渡した青く透明な想いの欠片)
バイトを辞めることが決まって、私は彼にLINEした。
『山田さんもやっと辞めるんですね』
という返事。
少しは心配してくれてたんだろうか。
「君がいなくなってから、本当に本当につらかった。どれだけ今まで助けられてたかよくわかったよ。ありがとう」
そう伝えた。
『全然ですよ』
もう言葉が短すぎて、今どんな表情なのかもわからない。
もともとLINEは苦手な彼だから、会えなくなったらただただ距離が遠くなるのを感じている。
元旦には年越ししてからずっとおしゃべりしてたのに。ダンスの動画も送ってくれたのに。もう私に向ける言葉はほんの一行。わずかばかり。
それでも彼が考えに考えて送っているのはわかる。
どうやって、どんな言葉で、何を送ったらいいのかと悩んでいるのがよくわかる。
だから私が本当に最後の日、制服姿で見送られている写真を送った時も、たった一言『ほんとおつかれさまでした』にも、彼なりのねぎらいがあるのがわかる。
もう私の顔も忘れてるかもしれないと思ったし、最後に二人でいた時間をすこしでも思い出してほしいと願いつつ、もう二度と着ることはないバイトの制服姿の写真を送った。
「今までありがとう。卒業します」の言葉を添えて。
彼は一言『こちらこそです』
二人で一緒に笑ったり喧嘩したり色々あったこの場所を去る私の卒業式。それは彼からも卒業することを意味していた。
そして私はある試験のために琉球大学に行かねばならず、六月、沖縄に行ったのだけど、その時、彼への想いもすべて、沖縄の海に捨ててくるつもりだった。
でもふと立ち寄った琉球ガラスの工房で、箸置きに目がいった。
彼の箸の使い方が綺麗だったなぁと思い出していた。
そして手に取った箸置きは、透明なガラスの中に沖縄の海の青。
backnumberの「ハッピーエンド」の歌詞を思い出す。
≪青いまま枯れていく、あなたを好きなままで消えていく
私みたいと手に取って、奥にあった想いと一緒に握りつぶしたの≫
私は箸置きを握りしめ、想いをつぶせず、買ってしまった。彼へのおみやげに。
沖縄の海に捨てたはずの想いの欠片を拾って固めて彼に捧げようとするかのように。
本当に未練たらしい。
でも今も「ハッピーエンド」を聞くと思い出して切なくなる。
≪気が付けば横にいて別に君のままでいいのになんて勝手に涙拭いたくせに見える全部聴こえるすべて色付けたくせに≫
思えば離婚して自分に愛される価値なんてない気がして、元夫に「あなたのどこを愛せばいいんですか」とまで言われて自信喪失だった私に
『山田さんはやさしい』
『山田さんはいつも僕の話を聞いてくれる』
『尊敬してます』
『あなたがいなければ僕はとっくに辞めてました』
『あなたがいるからモチベ上がる』
そう言って、慕ってくれたことで、自分にもいいところあるのかもと思えたし、元夫の暴言思い出して泣いた時も
『許せない』
と本気で怒ってくれた。
元夫に二十歳の彼女ができたって噂を聞いた時も、私の横には彼がいて、毎日がただただ幸せで楽しかったから、少しも傷つきはしなかった。
私の離婚の傷を癒してくれたのは間違いなく彼で、自分勝手な恋ばかりで相手を傷つけてばかりいた自分が、彼を傷つけるぐらいなら自分が傷つくほうがましとまで思いながら、本当に彼を大事にしたいと願いながら彼の嫌がることはしないと誓った。大事にできていたかはわからないけれど、少なくともお互いに感謝は残せる関係性は保った。
だからこそまだ忘れられない。
いっそ嫌いになれたらよかったのにとも思う。
でもやっぱり忘れられなくて……。
沖縄から戻って翌月、私は瀬戸内海の古民家で島暮らしをスタートさせた。ワーケーション。もともとほかにも仕事をしていて、その仕事はリモートでどこにいてもできる仕事。彼がいない場所に行きたい気持ちもあった。
彼には漫画を借りっぱなしだったけど、名古屋飯もお花見も湖も連続で誘いを断られて返すことができなかった。
「島に行く」
と言ったら
『なんかすごい』
で終わった。
漫画はリョウに渡しておいた。沖縄の箸置きと一緒に。
新しい環境で生活を始めれば彼のことも忘れられると思った。
でも思い出すばかりで忘れるどころか想いは募るばかりだった。
だからこのnoteを始めた。
毎日毎日彼のことを書いた。
途中から願掛けみたくなって、この想いを毎日書き続けて、書き終えたら、彼との間の何かが変わると信じ始めるようになった。思えばきちんと気持ちを伝えたこともなかったし、それがなかったからこんなにも引きずるのかもしれないと思った。
でも中秋の満月だったあの日。
ネットの調子が悪くて、毎日の更新が途絶えてしまった。
するとぷっつり糸が切れた気がした。
でも悪いように考えるのではなく、むしろこれは今が連絡するときなんじゃないかと思って勇気を出してLINEした。
すると返事はすぐにきた。
『元気ですか?』
とめずらしく彼の方から聞いてきた。今まで私が元気かどうかなんて気にすることなんてなかったのに。
そして鬼滅の刃のアニメの話をしたり、島暮らしの話をしたりした。
そして数分の間のあと、彼が
『あと漫画と箸置き、ありがとうございます!!めっちゃくちゃ大事にしますね』
と伝えてきた。
リョウと会ったんだなぁと初めて知った。
そしてリョウに「漫画返してくれてありがとう」とLINEしたときに知った事実。
彼とリョウは二人で会ったのではなく、また例のメンバーで会ったとのこと。つまりカリン含めて男女五人。
ただこの中にミワはいない。
実はミワは羽田と同棲していて、そして羽田の元嫁のことや束縛でメンタルをやられていてそれどころじゃなかった。
皮肉なものだ。
いつか彼とミワと羽田と四人で飲みに行ったことがあったけど、十代とは絶対付き合わないと言ってたくせに今や羽田のミワへの執着と束縛は凄まじく、ミワも片想いの頃とは打って変わって病んでるし、付き合った二人の方が付き合わなかった私より悲惨なのだから、何がいいのかもわからない。
でも私の場合、中途半端に終わった恋だからこそ、いつまでも忘れられずにいるし、それこそ滑稽で無惨。
リョウ曰く、私が島暮らしをしているということに食いついてきたのはカリンで彼は食いついてもこなかったという。
それを聞いて私はショックだったけど、でも本当に気にしてなかったら「元気ですか?」もなかっただろうし、裏を返せばどうでもよくなかったからこそ「あー山田さん、なつかしいなー、今なにやってるの?」という話題には乗らなかったのかもしれない。
まあ、都合のいい考え。
でもそんなことより、彼と私のやりとりがすべて。
だからこそ
「島から戻ったらおみやげ渡すね。会おうよ」
に対して既読無視なのがもうすべて。
今まではすべてコロナを理由に誘いを断られてきた。
でももうコロナの規制も緩和され、カリンたちとも会うぐらいだ。それでも私とは会おうとは思わないのだから、それがすべて。
最後のLINEは九月末。
数日未読のままで、やっと既読になっても、返事はついにこなかった。
返事に困って、言葉を考えるうちに面倒になって投げ出したんだろう。
未読無視でまず優先順位が低いことを知らされて、既読無視でまあいいやと捨て置ける相手なんだということを思い知らされる。
もちろんそこまで考えての行動じゃないのはわかってる。
でも子どもは虫の足や羽根をもぎ取って無邪気に笑えるぐらい残酷なのだ。自分の痛みに置きかえることはできないのだ。
彼がもっとひどい男ならよかったのに。
幼さと鈍感さで無邪気に私を傷つける彼に私は何が言えるだろう。
「ごめんなさい」が聞きたいわけじゃない。
できることなら、彼に人を傷つけさせるようなことなんてさせたくなかったのに、それでも私は勝手に傷ついてしまう。
既読無視されても、かまわずまたLINEで別の話題を振るとかできるぐらいなら、そもそもこんなに傷つかない。
私はただただ彼にとってめんどくさいだけの存在になってしまったんだろうか。
「会おうよ」の一言で久しぶりのLINEのやりとりさえ途絶えてしまうぐらいの。
それとも返事をすることを思い出しもしないぐらいの。
のどの奥に透明で青い想いの欠片がつまっている……。
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