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飛んで火に入るなんとやら

 蜘蛛がいた。

夜も更けてきたこの日、家で小説を書いていた私は、何やら気配を感じて振り返った。すると寝室のカーテンに、1匹の蜘蛛が止まっているではないか。

無論、道産子の私は昔から虫が平気だ。子供の頃はよく、虫かごを肩に掛け、虫網を手に持ってはトンボや蝶を追いかけ回していた。だから今も、足長蜘蛛くらいなら素手で掴んでポイっと外に放り投げられる。それくらい、虫は平気なのだ。

だけどこの時の蜘蛛は違った。そこそこでかい図体をしている。
だから素手で掴むのはおろか、万が一取り逃してベッドの裏にでもいかれたら大惨事だ。夜中、眠っている間に再び姿を現すことを考えると、それはいくら私でも恐怖であった。

仕方がない。こうなったらティッシュで掴んで丸めてしまおうと、私はティッシュを数枚掴み、戦闘態勢に入った。しかし、ここでハッとする。

今日は連休最終日の8月12日。そう、お盆真っ只中だ。
こう見えて古風な私。亡き祖父に言われた「お盆に虫は殺しちゃいけないよ」という言いつけを守って、ここまで生きてきた。

じいちゃんとの約束は守らねばなるまい。

そう思った私は、次に掃除機を手に取った。蜘蛛を生きたまま掃除機のなかに納めようと思いついたのである。我ながら頭がいい。

いざ!
私は狙いを定め、掃除機のスイッチを入れた。すると、蜘蛛は光の速さで掃除機の中に吸い込まれていった。ちなみにうちの掃除機はこういったサイクロン式なため、ダストカップの中身が見える仕組みになっている。もちろん軽くて、パワフルだ。

見ると、突如閉鎖された空間に閉じ込められた蜘蛛は、この時パニックを起こし、カップの中でワタワタと暴れ回っていた。
ふっ……ざまぁねぇな。と思い、私は掃除機を元の位置に戻した。そして、再びデスクに向かい小説を書き始めたのだ。
あとは蜘蛛がご臨終した後に、ダストカップの中身を捨てればバッチリである。そう、安易に考えていた。、、、この時までは。

 それからまたしばらく経ち、私は水を飲もうと台所に立った。そして視界に掃除機が入ったことで、ふと奴の存在を思い出す。
どれどれ……と、おもむろに掃除機を手に取った瞬間、私は驚愕した。

浮いている……!蜘蛛がダストカップの中で浮いているではないか!!
なんということだ。さっきまでワタワタとカップの中で暴れていた蜘蛛は、どうやらその場で数本の糸を張り巡らせたらしい。そして我が物顔でその場に居座っていたのだ。

私はこの時、蜘蛛の意地に恐怖を感じた。
「置かれた場所で咲きなさい」とはよく言ったもんだが、その出で立ちからは、どんな場所でも生き抜くぞという野心がみなぎっているように思えた。

だがしかし、私もここで慌てるほどひ弱な人間ではない。だって、いくらカップの中で糸を張ったところで、肝心のエサを捕まえることはできないのだから。どうあがいても、これから先、カップの中に溜まるのはゴミのみだ。

と、その時。

ブブブブブッと、頭上から羽が絡む音が聞こえた。

思わず「ひっ!」と身構える。実はここ最近、家の外に蜂の巣が誕生するという被害に遭っていた私は、極度に蜂に怯えていた。
節約のため、エアコンを止めて網戸にしていたことで、どこからかあの時の蜂が家に入ってきたのかもしれない!巣を壊した仕返しにきたんだ!そう思った。

しかし、実際はただの虻だった。見ると、そこそこ大きな虻が壁に止まっている。
ホッと胸を撫でおろしつつ、私は反射的に、手に持っていた掃除機のスイッチを入れた。そして見事、虻も掃除機の中に吸い込んでやったのだ。

ふっ……、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだぜ。そう思い、掃除機を置こうとした瞬間、ハッとした。

しまった!!!!!!

慌ててダストカップを覗く。見ると、カップのなかで慌てふためく虻の上に、でーんと先ほどの蜘蛛が構えている様子が見えた。その距離、わずか2センチほどである。

虻、頼む!!!飛ばないでくれ!!!!

私の願いも虚しく、次の瞬間、虻はカップのなかで盛大に羽を広げた。そして、瞬く間に肉眼では見えない糸にかかり、身動きが取れなくなったのだ。すると案の定、奴はすかさず上からやってきた。そして、ドヤ顔を醸しながら虻を糸でくるくると巻き始めてしまった。

おわった……。私は自ら、蜘蛛に栄養を与えるという災いを引き起こしてしまったのだ。
愚かだ。あまりにも愚かすぎる。飛んで火にいる夏のなんとやらは、蜘蛛でも虻でもなく、私だったのかもしれない。

 ここまでくると、掃除機のダストカップの中はもうカオスな空間となっていた。怖い、非常に怖い。何があっても今は絶対にこのカップを開けたくない。
もういい。このまま毎日掃除をしよう。そしてカップの中にゴミが溜まった頃に、すべてを忘れたフリをして捨てればいい。その時は、蜘蛛も息耐えているに違いない。……多分。

カタンっと、元の位置に掃除機を戻した私は、そのままデスクへと踵を返した。目の前のパソコン画面には、書きかけの小説が映し出されている。

この数時間の間に、私は数々の恐怖を体験した。だがしかし、正直言うとそのどれもが序の口に過ぎない。
だって、この日の一番の恐怖といえば、まる一日かけて書いていた小説が、たった1ページしか進んでいないことなのだから―――。

《完》


Discord名:楓花
#Webライターラボ2408コラム企画

【今日の独り言】
今回は私が所属しているライターサロン、Webライターラボのコラム企画に乗っかって書きました。虫苦手な方はごめんなさい!!!
尚、蜘蛛はまだダストカップの中で生きている模様。もはやその生命力が怖い。

【63/100】





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