本当のサンタクロースは誰だったのか
短い短い小説です。
ここ最近の朝ときたら、人生の終わりみたいに重い。
共働きの妻もまた、表情からそれと十分に伝わってくる。
何時からこんな朝を迎えるようになってしまったのか。
自分でもよく分からない。
ただ、数年前に立ち上げた会社が傾きはじめている。そんな危機的状況が、大きく影を落としていることは間違いない。
「なぜおれはこの仕事を始めてしまったのか」
そんな後悔ばかりが思い浮かぶ。
何より、今のおれを更に憂鬱にさせるのは、今夜がクリスマス・イヴということ。
昨夜も散々妻とやり合った。今朝の彼女の様子からは、昨夜の怒りが収まり切れずにいるのが手に取る様に分かる。
それも当たり前だ。息子たちのプレゼントを未だに買えずにいるのだから。
幼い子供たちは、サンタの存在をまだ信じている。
ここ一カ月ほどの間、おれ以外の家族は、おれが持ち込む重たい空気を、クリスマスへの想いを繋いでやり過ごして来たのだ。
おれはと言えば、会社をなんとか立て直すべく奔走し、身も心もくたくたになっていた。正直、クリスマスプレゼントどころではなかった。
自分が悪いことは分かってはいる。プレゼントを買う買うと言っておきながら、ずるずると今日という日を迎えてしまったのだから。それでも、家族を養うためにこうしているのに、という思いも、ある。
今のおれにこれ以上どうしろというんだ。
「正直、それどころじゃないよ」
玄関でそんな心の声が、溜息とともにこぼれてしまう。
充実感なんて1mmだって感じない一日でも、この歳になるとあっという間に経過するものだ。
今日も資金調達のため何度となく頭を下げた。昨日までと何も変わることのない一日。それでも、そんな合間をみつけてプレゼントを買うことはできた。財布の中に残っているのは、くちゃくちゃに丸めたカードの控えと、千円札数枚と小銭。
ため息。
帰宅し、妻のホッとした表情が見れたのがせめてもの救いだ。
子供たちはといえば、サンタに頼んだプレゼントを想像して、抑えられないワクワクをお互いになだめている。
「お兄ちゃんにも貸してあげようか」
「いらないよ。おれのほうが楽しいし。おれは貸してあげない」
「いいもん。ぜんぜん使いたくない。ぜったいこっちの方が楽しいし」
そんな会話を聞きながら、おれは明日の仕事の段取りが頭から離れなかった。
「早く寝ないとサンタさん来ないよ」
そんな言葉でやっと子供たちを寝かしつけ、妻がリビングに入ってくる。
「なんとか今年もクリスマスを迎えられたね」
「…」
「会社、やめちゃえば」
それもここ最近何度も聞いた言葉。
「私も働いてるんだし、当分なんとかなるよ」
「…」
そんな簡単に行くかよ。借金だってあるのに。だいいち妻の稼ぎだけで、どうやって暮らして行くというんだ。どんなに小さな会社だって会社を潰すっていうのは、そんあ容易いことじゃない。
何度となく心の中で呟く言葉は、今夜もまた喉に貼りついたままだ。
その言葉を振り払うように、リビングに置かれたツリーの下にプレゼントをそっと並べた。
おれにとってクリスマスの夜は、不甲斐ない自分を知らしめられる夜となってしまった。
何か遠くで音がしている。
人の声か…
夢の中の様な気もする。やっと眠りについてから、さほど経っていないはずだ。
いや、確かに人の声だ。
誰かがヒソヒソと話している。
笑い声…
少しずつ頭もはっきりして来た。
枕もとの時計に目をやる。
午前5時過ぎ。
声は遠くではなく、隣のリビングからのようだ。
ああ、なんだ。子供たちの声か。
おれたちを起こさぬように声をひそめ、二人で楽しげに話しをしているようだ。
そうか。クリスマスプレゼントだ。
その小さな声からでも、抑えきれぬ喜びが溢れているのが分かる。包紙を慌ててやぶる音。
心臓が高鳴る気持ちをなんとか抑える様子が、姿は見えなくても伝わってくる。
自然におれは笑顔になっていた。
プレゼントを用意できて本当に良かった。
ふと横を見ると、妻が泣き笑いで同じように様子を伺っていた。
互いに目が合う。
おれは何をやっていたのだろう…
クリスマスの朝には、いつもこの幸せを楽しみにしていたじゃないか。
「早くご飯食べちゃって」
「もうちょっと待って」
「こっちも、もうちょっとだけ」
「もうちょっと、もうちょっと、ってさっきからずっと待ってる!」
そう大きな声を出しながら、妻からは笑顔がこぼれる。
家を出る時、珍しく妻が玄関まで見おくりに来た。ドアノブに手をかけゆっくりと開ける。
奥からは、子どもたちの楽しげな言い争いが聞こえてくる。
「会社、ダメになったらゴメンな。そうならないように、やれる事は全部やるけど…」
「うん、わかった」
「じゃあ行ってくる」
クリスマスの朝。
見上げた空は、やわらかな青空だ。
「やれる事は全部やる。後は知るか!」
あの雲、なんだかサンタに見えなくもない。
そんなことを思いながら、足早に駅へ向かった
生きてきた中で、一番いいクリスマスの朝だと思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?