見出し画像

亀は春にいってしまった。

幼い頃、夏祭りはまだまだ盛況だった。
田舎ながら、それなりに大きなお祭りがけっこうあったものだ。

商売の家に生まれたこともあって、もっぱら連れて行ってくれるのは、母方の祖母だった。
毎回「これ!」という一品を買ってもられるのが常で、祖母の手を引き縁日を何往復もしたものだ。

あれは、小学二年生の事だったと記憶している。

その年のお祭りでは、買ってもらいたいものが早々と決まっていた。
それは「亀」である。
産まれて間もない『ミドリガメ』が、群れをなして泳いでいる「カメすくい」のあれである。
その頃はまだ、ミドリガメがそこそこ大きくなるなどとは夢夢思っていなかったが。
あんなに小さいのに、しっかり「亀」をしているところに、カッコいいと感じていた。
あの時、なんとか掬えたのか、幾度となく失敗した結果、おまけとして貰えたのかは記憶にない。それでもなんとか一匹のミドリガメを手に入れた。

それからというもの、学校から帰れば日がな一日、その亀を眺めて過ごすのが常となった。

そんな毎日もいつしか季節は夏から秋、間もなく冬を迎えようとしていた頃のことだ。
「『亀』は冬眠をするものだ」
そんな知識をどこからか知ることとなる。

そうか、亀は冬眠をするのか…

どのように寝かしつければよいのか。
幼い自分は大いに悩んだ。

両親は家業に忙しい。
そんなことに構ってはおれないだろう。
そこで、同居をしていた父方の祖母に相談をしたのだ。
祖母の答えは明快であった。

「寝る時は、布団で寝るものだ」

確かにその通りだ。
そこで祖母からガーゼと綿をもらい、丁寧に包んでやることにした。
寝床はどこが良いのか。
春までゆっくりと安眠できる場所。。
祖母と協議をした結果、タンスの中が良いのではないか、という結論に至った。

幼いオレは、「ゆっくり寝なよ」そんな優しい言葉を掛けたかどうかは覚えてはいないが、優しくそっとタンスに仕舞ったことは覚えている。

かくして、春を迎えたある日のこと、そろそろ冬眠から目覚める頃合いとタンスから亀を取り出してみると、見事にミイラ化した亀が現れたのだった。

その時の衝撃は一生忘れることはないだろう。
幼い自分にはある意味ホラーだ。

しばらく父方の祖母と口を利くことはなかったのである。

今は、どちらに対しても心から詫びたい。

「本当にごめんなさい」

今となっては、どちらにも直接詫びることは出来ない。
どちらも逝ってしまったのだから。

#エッセイ #カメ #生き物 #祭り #記憶


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?