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シリーズ:コロナと激動の消費者心理【4-6月期調査②】緊急事態宣言の爪痕と高齢者の旅行需要への期待

企画・製作 株式会社矢野経済研究所 未来企画室

このシリーズでは、WEBアンケート定点観測調査(年4回実施)をもとに、日本の消費者の消費・心理・生活がコロナ禍でどのように変化したのかについて、気になるトピックを調査ごとにお届けしています。

当シリーズ投稿の趣旨や出典元の消費者調査につきましては、初回の記事でご紹介しておりますのでご覧ください。

<シリーズ説明>

調査概要
世代区分


緊急事態宣言の影響

「国内旅行(仕事による出張や日帰り除く)」の実施率と実施の見通しを調査した。各世代区分は、下表のとおり。

国内旅行の実施率と見通し【世代別】(n=3600)

今回、4-6月期の国内旅行(仕事による出張や日帰り除く)の実施率は、各世代ともに低い値となった。過去の実施率と比較すると、概ね、昨年7-9月期の値に、あと一歩及ばない程度の実施率となっている。3回目の緊急事態宣言の影響を受け、外出の自粛が要請されたことにより、多くの人々が旅行の実施を踏みとどまったとみられる。緊急事態宣言が人々に行動変容を促す力は、依然として十分に発揮されているようだ。

昨年4-6月期から、度重なる緊急事態宣言の影響により、国内旅行の実施率は大きな低下を余儀なくされた。1回目の4-6月期、2回目の1-3月期は、ともに大きく実施率が低下している。そして、3回目の緊急事態宣言の影響下となった今回の4-6月期調査も、昨年7-9月期と同等か、それを下回る低水準となった。

国内旅行の実施率からみる若者の外出について

昨今、特に感染リスクが低いといわれている若者を中心に、外出を自粛するなどの感染対策を実施しない人が増えてきているという趣旨の報道がされている。都心部で若者が路上飲酒する光景が注目を集めるなど、そのような雰囲気を感じる人も多いだろう。しかし、こと国内旅行の実施率に限ってみると、その値は各世代ともに、今回もかなり小さい値となっている。このことから、緊急事態宣言が出されたことを受けて、どの世代も旅行の実施を踏みとどまる人が大多数であったことがわかる。確かに、一部の若者に「緩み」は見られるかもしれないが、それでも、意外と多くの人々はきちんと要請に従っている。

観光事業者の視点からみる緊急事態宣言

しかし、観光業事業者からすれば、これがとてつもない痛手となっていることは想像に難くない。飲食店は、休業や酒類の提供中止などの要請を受けているが、その分、要請に従えば売り上げ規模に応じた協力金を支給されることになっている。しかし、宿泊業への補償的措置は、今のところ特別なものは講じられていないようだ。宿泊業経営者にとって緊急事態宣言は、客数が減少する影響が生じ、やみくもに負債が増加するという爪痕を残す、災厄になっている現状がある。

しかも、上図の調査対象者は全国となっている。緊急事態宣言が出されているのは、2回目と3回目は大都市圏が中心だ。しかし、全国的な実施率として、上図のような低下が起きている。つまり、都市部での緊急事態宣言が、全国の宿泊業に影響を与えているのだ。

また、緊急事態宣言は回数を重ねるごとに長期化する様相を呈している。長期化によって、慣れが生じてきた人々から感染対策が徐々におろそかになり、感染者数が下げ止まることで、さらに長期化するという、悪循環に陥ってしまっている。このままでは、人々の間に、遠出はしないが近所の飲食店にはたまに顔を出すというような、withコロナの生活様式が定着してしまう可能性が考えられる。実際、7-9月期の実施率の見通しは微増となっており、これまで大きな回復を毎度見通してきたことを考慮すると、人々のマインドから旅行需要が失われつつある可能性が考えられる。こうなってしまうと、宿泊業は潜在的な顧客そのものを失う窮地に立たされてしまう。コロナ禍によって産業構造そのものが転換してしまう可能性があるのだ。

今後の緊急事態宣言とワクチン接種

ただし、緊急事態宣言下で国内旅行実施率が徐々に上昇してきていることも事実だ。1回目、2回目、3回目の緊急事態宣言の影響を受けた、昨年4-6月期、今年1-3月期、4-6月期を見てみると、右肩上がりに推移していることが確認できる。どうしても我慢できなくなった人々の旅行需要が、徐々に噴出してきていると考えられる。したがって、人々の間にWithコロナの生活様式が定着してしまうか、それとも旅行需要を抱え込んだまま沈黙を保つ人々の欲望を解放してあげられるか、という正念場を今、迎えつつあるようだ。

この正念場を乗り越えるカギとなるのが、高齢者のワクチン接種だと筆者は考える。昨年7-9月期から10-12月期にかけて、GoToトラベルキャンペーンが実施されるなど、政策による追い風もあり、全世代にわたって急激に実施率が回復した。このとき、先陣を切ったのがしらけ世代であり、また、最も実施率が高くなったのもしらけ世代だった。もともと、高齢世代ほど国内旅行の実施率が高くなると考えられるため、このことは、特に不思議なことではない。しかし、このコロナ禍で、最も重症化リスクが高いのはしらけ世代のはずであり、にもかかわらず先陣切ったということは意外だった。感染リスクを恐れる恐怖心よりも、国内旅行に行きたいという欲望が、この時期において勝ったと考えられる。

政府によると、高齢者のワクチン接種は、全国で7月末までにおおよそ2回目の接種まで完了する見通しとなっている。ワクチンなしの状態で、昨年7-9月期に旅行再開の先陣を切ったしらけ世代をはじめとする高齢世代が、今度はワクチンという最強の武器を手に入れるのである。7-9月期中までのどこかで、今実施中の3回目の緊急事態宣言が解除されたときには、ワクチン接種済みの高齢者の国内旅行需要が一気に爆発する可能性が、十分にあると考えられるのではないだろうか。

ワクチン接種後の高齢者の旅行需要

爆発する高齢者の旅行需要の取り込みに向けて、全国の宿泊業では様々な施策が可能となるだろう。最初に思いつくものが、ワクチン接種を受けた高齢者限定で、割引や優待を実施する「ワクチン接種シルバー割」キャンペーンの実施だろう。ワクチン接種を受けた高齢者は、感染リスクを恐れないし、また感染を拡大させるリスクもない。したがって、旅行者、宿泊業者ともに、ワクチン接種済み高齢者が客の多数を占めることでwin-winの関係になる。積極的にワクチン接種済み高齢者の集客をするべきだろう。

ところで、筆者は、昨年10-12月期の約13%の国内旅行実施率が、コロナ禍において、旅行需要が最大に発揮された場合の実施率ではないかと考えている。コロナというリスクを人々が意識しながらもなお、旅行に行きたいと考えた人が、可能な範囲で全員、旅行に行ったときの実施率ということである。今回の4-6月期はそれに比べ、半分以下となった。まだまだ潜在的な需要が存在し、自粛で発揮できていないと考えられる。

ワクチン接種の拡大により、旅行需要が再拡大することで、withコロナの生活様式が定着し、旅行需要そのものが縮小するような事態を防ぐことが可能となるだろう。逆に言えば、この機を逃すと潜在的な需要が大きく損なわれてしまうかもしれない。旅行関連事業者にとっても、ワクチンが頼みの綱であり、早期の集団免疫獲得が望まれる。

出典:「コロナ禍の消費者心理・消費・生活を捉える定点調査2021」

※本シリーズの投稿内容はすべて執筆者の個人的な見解を示すものであり、執筆者が所属する団体等を代表する意見ではありません。また、投稿内容はいかなる投資を勧誘もしくは誘引するものではなく、また、一切の投資の助言あるいはその代替をするものではなく、また、資格を要する助言を行うものではありません。

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