親が変れば子どもは変わる?

2年ほど前、「高額不登校ビジネス」のパンフレットを持って、Aさんは親の会に来られました。その時点で中学生のお子さんが不登校になってから2か月ほどで、親の会にたどり着く時期としては異例の早さでした。
お子さんのことを思うがゆえの不安をたくさん抱え、すでに、あちこちの相談機関に相談していて、行動力のあるすてきな方です。それから毎回の親の会にほぼ休むことなく来てくれています。

最初はお子さんの状態はあまりよくありませんでした。でも、Aさんは、そんなうまくいかないことや悩んでいることを素直に話してくれる方でした。(ときに何十万円もする不登校ビジネスに申し込もうとして、みんなに止められたりしながら!)子どもへの関わり方について、みんなであーでもないこーでもないと一緒に考え続けました。
どちらかというと面倒見のいいお母さんという感じのAさんでしたが、迷いながらも徐々にお子さんと距離を取る選択をしていきました。
やがて1年が過ぎ、進路選択の時期になってもお子さんが動ける状態ではなかったので、様々なプレッシャーと戦いながらも進学することなく義務教育を終え、お子さんは所属がないまま家にいる状態が続いていました。

親の会に参加して間もない方は、時には涙しながらご自分のお子さんの様子や心配事などを、一生懸命お話してくださいます。とても大切なことです。
そして回を重ねていくうちに、参加者同士が仲良くなったり他の方の様子を心配したりしながら、徐々に自分の子ども以外の話も出るようになります。
子どもが不登校という状態は変わらないままですが、その話題が子どもや学校、家庭のことのみから、自分の仕事や趣味の話や世間話など、いわゆる「雑談」が多くなっていくのです。
お子さんの話しかしなかったAさんも、いつの間にか、新しくはじめる仕事の話、スイーツ作りや裁縫、犬の話などを、みんなとわいわい話す時間が多くなっていきました。

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この「話題の変化」は、とても大切なことだと思っています。
よく不登校の子を持つ親に対して、「親が変れば子どもが変わる」などと言われます。これは一般的に、「不適切な関わり方をしていた親が、適切な関りに変わらなくてはいけない」ということを意味しています。場合によっては「甘やかしている親が、きちんとしつけるように変わる事」とすら思われています。
しかし、さまざまな親と出会って来た実感から言えば、子どもにとって本当に必要な親の変化とは、「子どもが不登校のままでも、親が安心して自分の人生を生きる」ということなのだと思います。
それは「親の役割から逃げて子どもを放置する」ということとは全く違います。

子どもが回復していくためには、「安心して居られる場所」が不可欠です。それは現実的に多くの子にとっては、家庭ということになります。そして、家が「安心していられる場所」になるためには、親の安心が必要です。親が過度な心配=子どもの状態を「問題視」し続けている限り、子どもにとっては「自分はダメなんだ」というメッセージを受け続けることになります。それでは子どもは安心できませんから、元気にならないのです。
逆に、「自分が不登校であっても、親は親で自分の人生を生きている」と子どもが感じられると、それが、子どもが自分の傷を癒し、自分の存在を否定せず、何かをやってみようと思えるための土台となっていきます。

また、不登校で家から出られない状態の子にとってリアルな社会とは、「親を通じてわずかに垣間見れるもの」となっている場合も多いです。それゆえ、「親が楽しそうに出かける」(例えば仕事や趣味、親の会などに行く)という姿を見ることは、「社会はそんなに悪い物じゃない」というささやかなメッセージにもなるのです。

とは言っても、子どもが不登校のまま何もしていない、場合によっては家で暴れたり、死にたいと言ったり、昼夜逆転してスマホやゲームをし続ける姿を見ながら、親が平静でいられるわけがありません。心配なのは当たり前、それが親心だとも思います。
そんな時、親の会などで同じ立場の人たちと出会い、不安や怒りや悲しみを共有したり、体験談を聞き様々な情報を得ることは、先の見えない、ひとりではとても苦しい時間を、何とか生きながらえていくための方法のひとつになります。仲間との間に芽生えた小さな安心を積み重ねて、いつのまにか「何とかなるかもしれないな」と思える状態になっていき、気づくと「雑談」が増えているのです。
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Aさんのお子さんは最近、急に進学に向かって動きはじめ、出来なかった通院や、趣味のスポーツも再開しました。Aさんは「何も働きかけていないのに」とびっくりしています。子どもが自分の力で回復し、自分でやりたいと思って動き出した瞬間です。
Aさんはこのことについて、「進学などに動き出したことよりも、子どもの顔が全然変わった、以前の穏やかな顔に戻ったんです。それが嬉しいのです」と話してくれました。
Aさんの子どもへの眼差しの「軸」(*)は、2年前と明らかに変化しています。

親に変化をもたらすものは、努力や心がけやノウハウではありません。それは例えばAさんにとっては、ありのままの気持ちを話せる場所と、一緒に試行錯誤する仲間との時間であったのでしょう。

これが本来の意味での、「親が変れば子どもが変わる」ということなのだと思います。

*「軸」=「不登校の状態を図にしてみた」ご参照ください。
https://note.com/futoukoukawagoe/n/n48225721bba0

エピソードはご本人の許可を得て掲載しています。

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