もつ鍋と梅酒ソーダと秘密の味 「君の膵臓をたべたい」住野よる


“高校生の分際で君は”
いきなり福岡まで連れてこられた主人公の【僕】は、梅酒をソーダで割るクラスメイトの桜良にトラブルで一緒に泊まる事になったホテルの一室で小言を述べる。
でもその前のもつ鍋店で彼女が白ワインを頼んでいたのに、彼は何も言わなかった。
なぜなら桜良は、膵臓の病気で余命が限られていたからだ。
恋人でもない女の子と、皆に内緒で新幹線に乗って旅行に行き2人で1つの部屋に泊まる。
一緒にラーメンを食べもつ鍋を食べ、未成年なのに梅酒のソーダ割りを飲む。
桜良が膵臓の病気を抱えている事、寿命が短い事を知っているのは【秘密を知っているクラスメイト】くんこと【僕】だけだ。
たくさんの秘密を共有している桜良を相手に、これから何もする気はないとはいえ一緒のベッドで寝るという更に誰にも言えない秘密を抱える事になる【僕】はどんな気分で梅酒ソーダを飲んだのだろう。梅酒ソーダはどんな味がしたのだろう。
翌朝、秘密はあっさりと、桜良によって彼女の親友にバラされてしまうのだが。
彼女の計画はいつも詰めが甘く欠陥だらけだった。彼女の膵臓のように。


“恋人じゃない男の子といけないことしたい”

彼女が福岡に行く前に、こんな事を考えていたなんて事は【僕】は知らなかった。
桜良に対して常に一歩引いた距離を置き、言葉や態度で君とは合わないと表明していた“彼”だからこそ“共犯者”にふさわしかった。
友情でも恋愛感情でもない。
“君の膵臓を食べたい”と思い合う仲としか表現できない2人の関係。
一緒にもつ鍋を食べた、梅酒ソーダを飲んだ、梅ヶ谷餅を食べた、ラーメンを食べた、焼肉食べ放題に行った、スイーツビュッフェに行った、図書室で本を読んだ、ハグをした、一緒のベッドで寝た、2人の関係により彼女の親友とクラス委員長を傷つけた、ケンカをした、“いけない事”をした。
自らの意志がないように振り回され、愚痴を吐きながらも桜良と色々な事をした“彼”だが物語後半、それは自らの意志でもあった事だったと気付く。
そこから一気に、それまで淡々とした語り口だった“彼”のモノローグに熱が帯び出す。
まるで一気に沸騰したもつ鍋のように。ああ、キンキンに冷えた梅酒ソーダをくれ。
あけっぴろげで明るく生命力あふれる桜良。
彼女の存在が彼には必要だった。人間にとって重要な臓器である膵臓のように。

“僕は君になりたい”

彼女に送るメールに、こう書こうとして【秘密を知っているクラスメイト】くんは消す。
そして“君の膵臓を食べたい”と送る。
どこか他人事のように生きていた自分の人生、
甘く考えていた彼女の命の残り時間、
桜良が亡くなった後、【秘密を知っているクラスメイト】は激しく嗚咽する。
葬儀には出なかった。出たくなかった。
彼は1人になってしまった時間、彼女の事で頭がいっぱいになった事だろう。
友情ではなかった、恋愛感情でもなかった。
だけど彼には桜良が必要だった。共病文庫を手に取ってしまった時から。
他人事のように生きている人生なら、傷つく事は少ない。
期待しなければ失望はしない。死だなんて向き合いたくない。
でも彼女に出会って、彼は今まで目を背けていた・知らなかった人生に出会う。本場のもつ鍋と梅酒のソーダ割りの味を知る。出会わなければ、知る事はできなかった。
桜良の死と向き合う事を決めた日、彼女の家に行った【秘密を知っているクラスメイト】くん、こと、春樹はようやく自らの名前を名乗る。
自らの人生を生きる覚悟をする。
そして犬猿の仲だった彼女の親友に全てを明かし、怒りをぶつけられた後に「友達になって欲しい」と伝える。
上手くはいかない、激しく拒絶される。けれども彼女の死から命の尊さを学んだとか、死ぬまでにやりたい事をやっておこうと決めたとかそんなチープなものじゃない。もっと切実な思いで彼は彼女の親友に友達になりたいと伝える。
火が点いたもつ鍋は沸騰しても止めない、止まらない。
キンキンに冷えた梅酒のソーダ割りは身体を熱くする。
春樹の人生は、桜良に出会った瞬間から動き始めていた。
物語のラスト、春樹は彼女の親友と墓参りに行く。
それまでに桜良との思い出をありったけ、ぶつかり合いながら話したのだろう。
その時春樹は思ったはずである。
きっともつ鍋と梅酒のソーダ割りの味は、
一生忘れられない味だったんだと。

ここから先は

0字

読むだけで美味しい、読書感想文やグルメを紹介しています。

この記事が参加している募集

あなたが読みたいと思ってた文章、書きます。