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あたしはただ聞いてもらいたいだけなのよ。【セイスケくんのエッセイ】ショートショート風

人生の道はまっすぐではない。それは蛇行し、時には険しい山越えを求められる。今日の主役は、おしゃべり好きな妻ミチコと、その優しすぎる夫タロウである。

「あんた、全然私の話を聞いてくれないわね」と、ミチコは不満げにつぶやく。まるで止まることのない滝のように愚痴やつまらぬ出来事を延々と語り続ける彼女に、タロウは頭を抱えてしまう。
「要領を得ない話をするな。まとめて結論を言えばいいのに」といらいらしたタロウはアドバイスをするものの、ミチコの不満は一層募るばかりだった。

そんなある日、タロウは会社の先輩から
「女は話を聞いてもらいたいだけなんだよ」と助言された。
「なるほど、そうだったのか!」
タロウは妻の気持ちに思い当たり、それ以来は黙々と耳を傾けるようになった。すると不思議なことに、ミチコの表情は穏やかになり、夫婦仲も円満を取り戻していった。

「よくぞ気づいてくれました。これで私も安心よ❤」
ミチコは喜び、タロウは得意げにほくそ笑む。が、いつしか「聞き役」に徹しすぎてしまったタロウは、危機管理能力を失っていった。

ある日、ミチコはふらふらと帰宅し、居間のソファに身を投げ出した。その手には、不思議な輝きを放つ小さな石が握られていた。
「これ、ミカちゃんからもらったパワーストーン。綺麗でしょ?」と言ってタロウに見せた。

その石は、かすかに青白く光り、まるで夜空に浮かぶ星のようだった。光はゆらゆらと揺れ、微細な波紋を描きながら、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。まるで、石そのものが何か特別なエネルギーを秘めているかのようだった。

「なんだか、ちょっと変わってるね。どこで手に入れたの?」タロウは興味津々で尋ねた。

「ミカちゃんの知り合いが見つけたらしいの。採掘した場所は詳しく教えてくれなかったけど、パワーストーンというよりは、科学者たちの間で『スター・クォーツ』って呼ばれてるんだよ」とミチコは説明した。

その名にふさわしく、石の中には微小な光の粒子が踊り、まるで星々が閉じ込められているように見えた。しかし、その光は単なる装飾ではなかった。チェレンコフ光とも呼ばれるこの光は、石の中を移動する荷電粒子が媒質中で光速を超えたときに発生する現象である。

「この石、ただの装飾品じゃないんだ。持っていると、心が落ち着くし、集中力が高まるって言われてるの。それに、この光がエネルギーの流れを示しているんだって。まるで、自分の中に秘めた力が引き出されるような気がするの」とミチコは続けた。

その言葉を聞きながら、タロウは石を手に取った。その瞬間、ほんのわずかだが、石の中の光が一層強くなり、手のひらに心地よい温もりが広がった。まるで、石が何かを伝えようとしているかのようだった。

「本当に、不思議な石だね。これが、私たちの未来にどんな影響を及ぼすのか、想像もつかないよ」

あれから数週間が過ぎ、生活には確かに変化が訪れた。
ミチコもタロウも以前よりも活力に満ち、集中力が高まっているように感じていた。しかし、その変化には暗い影が潜んでいたことに気づくのは遅かった。

ある日、タロウは仕事中に突然のめまいに襲われ、そのまま意識を失ってしまった。病院で目を覚ました時、医師は深刻な表情でタロウを見つめていた。「検査の結果、あなたの体内に異常なレベルの放射線が検出されました。これが原因で体調を崩された可能性があります」と告げられた。

その言葉を聞いた瞬間、タロウは家にある青白く光るあの石のことを思い出した。「あの石が原因なのかもしれません。家に帰って確認します」と言って病院を飛び出した。

家に帰ると、ミチコも同じように体調を崩していた。彼女もタロウと同じ症状を訴えていたのだ。「ミチコ、この石は危険だ。すぐに専門家に見せよう」と言い、私たちは石を持って近くの研究施設に向かった。

研究施設での調査の結果、石が放射線を放出していることが判明した。
チェレンコフ光の正体が放射線によるものだと知り、二人は驚愕した。専門家は「この石は非常に強力な放射線源です。長時間にわたり近くに置いておくと、深刻な健康被害をもたらす可能性があります」と警告した。

石はすぐに安全に処理されることとなったが、二人の健康は既に深刻な影響を受けていた。ミチコは放射線治療を受けることとなり、タロウも定期的な検査を受ける日々が続いた。

ここで思い出されるのが、お釈迦さまの毒矢の教訓だ。
ある男が毒矢に射られ、医者がその矢を抜こうとした時、男は「誰がこの矢を射たのか?」「矢は何でできているのか?」などと問い始めた。その間にも毒は体中に回り、男は命を落としてしまう。

この教訓が示すのは、本質から逸れて余計なことに囚われると、肝心なことを見逃してしまうということだ。聞き役に徹することは大切だが、それがすべてではない。行動すべき時に行動せず、ただ聞くだけでは問題を解決できないこともあるのだ。

タロウが「聞き役」に徹しすぎた結果、最悪な結末を迎えたことは、私たちにとって大切な教訓となる。聞くことも重要だが、時には決断し、行動する勇気が必要だ。問題の本質を見失わず、適切に対処することが、真に幸せな関係を築くための秘訣だと言えるだろう。

(了)

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