未来のための過去
アパートの一室。
ニュースを見ている、
ひとりの若い男性。
【75歳以上の医療費負担7割は、
反対意見が根強く先送りになりました。
次のニュースです…】
「何だよ!上げろよ!
年寄りからもっと金巻き上げろよ!
どうせ使い道なんてねえんだから!
その金を若い俺等に使えっつうの!」
「おいっ!!」
「うわっ!誰?! やべっ!こわっ!!
来んな!くたばれ!これでも喰らえ!
くたばれジジイ~!」
「いた…いたい…
痛い…痛っ!痛っい!
痛いつっうの!!
ものを投げるの止めろっ!」
「何だよ!逆ギレかよ!
人の部屋、
勝手に入ってきた不審者がぁ!」
「不審者では断じてない」
「どう見ても不審者だろ!」
「私は60年後のお前だ」
「え?!」
「だから私は…
60年後のお前なんだ」
「認知症の方ですか?
お名前とご住所伺ってもいいですか?」
「病気ではない!
名前は飯坂悟。
住所は千葉県四街道市…」
「うわっ!怖い怖い!
どこで調べたの!こわっ!」
「いや、お前が指示したんだろうが…
言えって…じゃあ仕方ない…
生年月日。
平成26年8月23日生まれの乙女座。
あと1日早く生まれたら~、
獅子座だったのに~。
母ちゃん何で、
もっと踏ん張らなかったんだよ!と、
子供の頃からず~っと思ってた」
「え?まじ?
本当に60年後の自分なの?」
「さっきからそう言っている」
「ごめん。
いやどう見たって、
やつれたジジイじゃん。
俺って言われても、
俺も受け入れたくないじゃん、その姿」
「お前は俺に優しくしろ!
さっきのも結構急所に入って、
痛かったんだぞ。
歳を取ると軽い打撲が、
骨折なんだからな」
「それはごめん。大丈夫?
怪我は?」
「今のところは大丈夫。
それはあとでいい。
まずはさっきのお前の発言だ」
「何、急に発言って?」
「お前はさっき…
年寄りから金を巻き上げろと言ってたな」
「…言ってません」
「俺の顔を見ろ!!
こっちは最新式の補聴器で、
しっかり聞いてるんだよ!!」
「言いました…」
「なっ!
あれはどういう意味だ、昔の俺?」
「いやあれは年寄りが多くなって…、
税金がそっちにばっか使われて…、
俺等には税金払え税金払えって、
うるさいから…」
「お前それがどういうことか、
わかって言ってたのか?」
「はい…わかって言ってました」
「い~いや!お前はわかってない!
全然わかってない!
ちっとも俺のことわかってない!」
「老後の俺のことはわかりませんよ」
「そうじゃない!
お前のその発言。
それがどんな威力があるかわかってない」
「威力?」
「お前が社会人になる3年後。
お前の意見に賛同する若者が、
医療費介護費の負担増を訴える。
そして国はその国内世論を重視。
8割…8割負担だぞ!
具合が悪くても医者にも行けん!
介護施設なんて金持ちしか入れん!
そうなりゃ、こんなにもやつれるさ!
なあっ!どうしてくれるんだ!!」
「え?!
将来そんなことになんの?」
「お前が言ったことは、
俺に返ってくるんだよ!
ブーメランは自分に戻ってくるんだ…
政治家だけじゃなくて…ぅぅぅ」
「泣くなよ…ごめんよ。
そんなことになると、
俺も思ってなかったからさあ」
「お前は昔からそうだ!
言うだけ言って問題大きくして、
まずいと気付いたら…集団に紛れる。
お前はそういう卑怯な奴だ!!」
「お前もだからな!!
お前も俺なんだから!
何、お前他人のように俺を非難しての?」
「頼むよ~俺~。
その意見を世には出さないでくれ~。
未来の俺のために~頼む~」
「わかったよ。
俺だって老後の生活が、
大変なのは嫌だから、
俺の発言ひとつで済むなら、
俺は黙ってるよ。
他の方法考えればいいんだろ?」
「ありがとう!俺!
俺はお前が良い奴だと、
ずっとわかってた!」
「結構、罵声を浴びせてたけどな!」
「これで安心だ~。
きっと俺が元の世界に戻ったら、
穏やかな生活が待ってるはずだ…」
「そんなことはない!」
「うわっ!
ビックリした!何々何々!
またっ!また来たっ!!
投げろっ!それ投げろっ!全力でぇ!!」
「◯ね!◯ね!◯ねぇ~!
俺よりもジジイ~!!」
「いたっ!痛い!痛~い!!
ちょっと待って!
オレ!オレ!オレ!オレ!」
「詐欺師だぁ~!!
それも投げろ!!」
「成仏しろ~!!
冥土の土産に、
これでもくらえ~!!」
「いい加減にしろ!!俺!!」
「俺?」 「俺?」
「また最初からやるのか?
この茶番?
俺はお前の70年後。
そしてお前の10年後の俺だ」
「また俺?
何…何なの今日?
俺同窓会?」
「見るに見兼ねて来たんじゃ。
あまりにお前たちが醜いので」
「醜い?」
「そうじゃろ。
今の行動を見ても。
弱々しい年寄りに、
ルンバをぶつける人間がどこにいる!」
「それはたまたまで…。
70年後が今度は何の要求?」
「お前たちの行動のせいで、
どうやらわしの行き先は、
決まってしまった」
「行き先?」 「行き先?」
「わしの行き先は地獄だ!!
お前らのせいだ!!
今までの行いが悪いから!!
生まれ変わって何とかしろ!!」
「そりゃ無理だろ!」
「そりゃ無理だろ!」
お疲れ様でした。