くつ屋のペンキぬり-14(小説)

「ほんとうに、なんて不躾なんだ」
 青年は器を傾ける手を止めません。
「おれが酔っていると思って、偽物でも掴ませるつもりだろう」
 男は持ってきた北の国の硬貨と紙幣とを、皮の袋ごとずずいっと青年の前へ突き出しました。青年は訝しむ顔はそのままでしたが仕方ないと思ったのか、この妙な男の道化に付き合ってやるかというふうで、濃い酒の入った器を手元へ置きます。男から受け取った袋の中身を覗き込んで、ちょっと頬の色が変わりました。
「ん。なんだこれは、確かに北の国の貨幣に見えるが」
「ええ。ですから、替えていただきたいのです」
「しかし、なにしろおれには書物で見たっきりの代物だ。本物かどうか区別がつかない」
 青年の言うことはもっともです。男もこれくらいは予想ができていましたから、落ち着いた調子で続けます。
「よく手に取って、見てかまいませんよ」
「ううん。この美しい彫刻細工はたしかに、このあたりでできるやつはいない。どうやら雪と氷の国の職人技のように思える」
「私は今日ここへ来る前に、広場の"噴水像"を作った方のところへ寄ってきましたが、そこにもこんな小さいノミは用意されていませんでしたね」
 青年は据えたような目の、さらに奥のぎらぎらとしたところへ手に取った硬貨を映して、じい、と見ています。
「だが、これをどこで?」
「私が故郷を出るときに金庫からすっかり引き出したのです。私の故郷は関所を越えたところからずっと北、草原を越えて岩場を越えて山を登って下りて、さらに上った先の雪と氷の国です」
「そういえば北からきた変わり者が、高台の下宿ばあさんのとこへいると聞いたが」
「ええ、私のことでしょう」
「ああ、ああ。それがアンタなのは疑いようもない。足の皮のうっすいのを見れば判る。しかし問題はほかにもある」
 青年はやっと硬貨から目を離しまして、男を見定めるような顔になりました。
「アンタこれの価値をどうやって、おれに信じさせるんだ?」

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