見出し画像

電波時計のしくみ。300億年に1秒の精度へーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉓

アナログ時計の時刻を合わせるために裏面のネジを捻る光景は、今やすっかり過去のものになってしまったかもしれません。時刻合わせが不要な電波時計や、さらにはパソコンやスマホの時計を頼るようになった我々は、時計の正確性を気にする必要のない生活を送れるようになっています。


32.768kHz

時計が時を刻むためには、正確な周期で脈打つ「心臓」のようなものが必要です。
通常、これは水晶発振器というものが担っています。水晶というとただの宝石のように思われるかもしれませんが、実は圧電効果という、電圧を掛けると変形する性質を持っています。一般的な時計に使われる水晶発振器の場合は、32.768kHz※1の周波数で振動し、それをモーターの動力に変換することで針を動かします。

※1 1秒間に32768=215回振動することになります。振動回数を数える電子回路と組み合わせることで、1から32768まで数えるとちょうど1秒になるようにでき、これが時計における時間の基準になります。

時計の正確さは、この基準周波数がどれだけ正確であるかに対応します。
例えば、基準周波数が32.768±0.001kHzの範囲で揺らいでしまうとすると、この時計が刻む1秒は実際には1.00000±0.00003秒の範囲で揺らぐことになります。もし1か月間時刻合わせをせずに時計を使い続けると、その時の時刻は本来の時刻に対して1分近くずれてしまう可能性があります※2

※2 時計の精度には、「正確性(accuracy)」と「安定性(stability)」の2つの因子が関わっています。基準周波数が32.76850000±0.00000001kHzである場合、1秒の長さは実際よりも短く刻んでしまうことになりますが、そのズレはほとんど一定なので「不正確だが安定な時計」と言えます。
一方、基準周波数が32.768±0.001kHzである場合、その時々で1秒の長さは大きくばらつきますが、「1秒間の長さを測る」という行為を何度も何度も繰り返すと、その平均値は正しい値に近づくため、「不安定だが正確な時計」と言えます。実用上求められるのは当然「安定で正確な時計」ですが、どのような仕組みで基準周波数を作るかによって性能には限界があります。

このようなずれを定期的に補正するために、時刻合わせという作業が行われます。古くは時報、現代であればインターネットの時刻を見ながら時計の針を合わせますが、その作業を自動化してしまったのが電波時計です。これは文字通り、国の機関が発出している電波を受信して時刻合わせを行う機能を持った時計で、地下や山中でない限り、日本中でほぼ同じ時刻を共有できるようになっています。


「世界一正確な時計」を各国が持っておく


ところで、この国の基準となる時計が普通のクォーツ時計だったとしたら、どうなるでしょうか。基準そのものが揺らいでしまっていては、時刻合わせの意味はまったくありません。一方、無限に正確な時計を作るというのは不可能なことです。

実際に行われているのは、「世界一正確な時計」を国に1セット持っておいて、それを基準時計にするということです。そして、この「世界一正確な時計」の座を狙って様々な研究開発が現在も行われています。

3000年で1秒から300億年に1秒の精度へ

現在世界中で基準時計として採用されているのが、いわゆる「セシウム原子時計」です。133Cs原子(セシウム原子の安定同位体)の基底状態(原子のもつエネルギーがもっとも低く安定した状態)の2つの超微細準位(原子核が持つ磁気と電子が持つ磁気の関係性に応じた、原子のもつエネルギーの違い)の間には、9192631770Hzに相当するエネルギー差が存在します。
水晶発振器の時とは異なり、この「9192631770Hzをどれくらい正確に測定できるか」が時計の精度につながります。現在採用されている技術では、この周波数を0.1Hz以下の精度で測定できるため、時刻のずれは最大でも3000年で1秒程度と言われています。
この精度は、今後さらに向上することが見込まれています。光格子時計※3のような技術によって、300億年に1秒の精度が目前まで迫っているのです。

※3 光格子時計は、日本が世界に誇る次世代の時計です。
その精度はセシウム原子時計を100倍以上凌駕する18桁の精度にまで到達しています。参考:東京大学香取・牛島研究室(u-tokyo.ac.jp)


普段の生活で時計を合わせるためだけであれば、ここまで高精度な時計を使わなくても支障はありません。実は、正確に時間を測ることは正確に距離を測ることにつながるため、時間標準の高精度化が求められているのです。現在、真空中を光が進む速度は毎秒299792458mと定義されています※4

※4 距離、時間、質量、電荷、といった基本的な量をどのような基準で定義するかは自明ではありません。かつては、「メートル原器」を使って1mの厳密な長さを定義していた時代がありましたが、現在は「光が299792458分の1秒の間に進む距離」として定義されています。
光速は毎秒299792458 m、1秒はセシウム原子時計を使って厳密に定義されているため、1mも厳密に定義されています。


鏡に向かってレーザー光を打ち、それが戻ってくるまでの時間$${T}$$秒を測定すれば、鏡までの距離を

$${299792458m×T}$$

によって求めることができるようになります。もしも時間$${T}$$が不正確だとすると、GPSで測定される我々の位置情報は不正確なものになるでしょう。


普段は、非常に正確で便利な時計としてしか、電波時計を認識しないかもしれません。しかしその裏では、時間標準をめぐる世界規模の覇権争いが行われており、その技術はもはや時間のずれなど眼中に入らないほどの高度なレベルにまで到達しているのです。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。

この連載を最初から読む方はこちら

この記事が参加している募集

物理がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?