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引き寄せの法則は科学的に実証できる?<後編>ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉟

引き寄せの法則を科学的に実証できるか検証する回🌔
今回は後編です。

前編はこちらから


前回の最後

「引き寄せの法則」を科学的に実証することはおろか、そもそも科学的でなくても正しさを全面的に認めることはできないというのは、誰もが経験事実として知っているはずのことなのです。


ここから後編です
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

でも、「(必ず成り立つ)引き寄せの法則」を作ることは出来る


しかし、こんな結論に帰着してしまえば、熱心な「引き寄せの法則」信者からの反感を買ってしまうこと間違いなしです※5

※5 学問と思想・宗教の大きな違いの一つは、(これは個人の見解ですが、)無根拠な主張や矛盾を孕む言説を認め得るか否かではないかと思います。そして、人間には両方の側面があるため、どちらが正しいとか、間違っているかといった議論は無意味です。

そこで、なんとか「『引き寄せの法則』は正しい」という主張を成り立たせるために、工夫を試みましょう。

例えば、「引き寄せの法則」が矛盾しない範囲に、その適用範囲を狭めた場合はどうでしょうか? つまり、観測や試行はできても絶対に反証することができないような事象に対して適用することにします。

一つ例を考えてみます。

「『幸せになりたい』と考えていると、現実に幸せになることができる」

これは、「幸せになりたい」ということを頭で考えていれば、それが現実になるという、「引き寄せの法則」の適用例になっています。そして、「『幸せになりたい』と頭で考える」行為は、誰でも簡単に行うことができます。

ここで問題になるのは、「現実に幸せになる」というのがどういう状態なのか、ということです。幸せの尺度は人によってまちまちであり、ある人にとって「幸せ」と捉えられる状態は、他の人にとって「不幸」と捉えられることだってあり得ます。
上記の例では「誰にとっての幸せか」は問うていないため、「幸せになりたい」と考えている人(人物A)と、その人物Aが置かれた状況が幸せかどうかを判断する人(人物B、ただし人物Aと同一人物でも良いものとする)が存在した時、人物Bが人物Aの置かれた境遇を幸せだと判定すれば、引き寄せの法則は成立します。

しかし、賢い信者は気づくでしょう。「『法則』というのは誰が観測しても同じ結果が得られるような普遍性が無ければいけないのに、これだと人物Bが誰であるかに依存してしまうではないか?」と。

その通りです。地球上の誰にとっても木からリンゴは地面に落ちますし、宇宙に住む誰にとっても天体と天体の間には引力が働いています。そして、例え観測者が存在していない場合でも、正しいと信じられています※6

※6 (古典)物理学の範疇ではこの考え方に不都合は生じませんが、より広い視点で考えれば、例えば「誰もいない森の奥で一本の木が倒れたら音はするか?」(自然法則は観測者が存在しなくても成り立っているのか?)のような疑問を持つ人もいるかもしれません。


「(必ず成り立つように拡張された)引き寄せの法則」を作る


それでは、拡張された「引き寄せの法則」にも、このような普遍性を持たせることにしましょう。

幸せになりたいと考えている人物Aの幸・不幸を判定する人物Bを、「人物Aの現在の境遇を知っており、それを幸せと判定する任意の存命中の人物」ということにします。
人物Bに該当しうる人は複数いると思いますが、確実に人物Aのことを幸せと判定する「イエスマン」を集めるために、次の3通りに集約してしまいましょう(ちなみに、この3通りは連関しておらず、「Aさんとなんらかの関係性を持つ人」という集合全体の中から、1,2,3という特殊な3パターン(部分集合)を抜き出したという形です)。

1.人物Bが人物Aを崇拝している。

➡例えば人物Aが人気絶頂のアイドルだとして、人物Bから見ればAは幸せです。

2.人物Bが人物Aに嫉妬している。

➡嫉妬は、「あの人は私ほど頑張っていないのに、私よりも幸せだ」という考えから生まれるものなので、裏を返せば「相手が幸せである」ことを認めていることになります。

3.人物Bは人物A自身である。

中には、誰にも崇拝されず、誰にも嫉妬されない人だっていることでしょう。でも大丈夫です。そもそも自分自身が幸せかどうかなんて、実際のところ誰もよく分からないのですから。
「幸せ」という概念はあまりにも曖昧なため、具体的にどのような状態を「幸せ」と判定すればいいのか決めようがありません。それならば、自分の今の状態を「幸せ」とその都度新しく定義してしまえば、必ず自分は幸せになることができます。

このように、自分のことを必ず幸せと判定してくれる「イエスマン」を援用することで、「(必ず成り立つように拡張された)引き寄せの法則」を作ることができるのです。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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