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あいかわ双子は恋が下手 後編


 相河旭は興奮気味らしく、その口調は少しずつ早くなっていく。

「移民って言っても、メインはEuropeanヨーロッパ系。国民の九十五%以上がwhite白人の国だ。Asianアジア人はあくまでマイノリティ。黄色い肌、ひ弱な骨格、平べったい顔、たどたどしい英語、それら全てが異質な存在なんだ。」

 それを聞いている俺の背筋は、無意識のうちに真っ直ぐに伸びていた。これから続く話は、どう考えてもキラキラとした海外生活の話ではない。

「九歳で日本を離れて、しかもメルボルンには日本人学校だってあるのに地元の小学校に入れられてさ。毎晩、親に隠れて泣いてたよ。それまでは英会話スクールに週二回通ってただけで、いざネイティブの中に放り込まれてみたら何言ってるのかなんてほとんど理解出来無いんだぜ?それに加えて、俺のおどおどした態度や容姿をからかってくる男子グループが居て、日本に帰りたくて帰りたくて仕方が無かった。」

 言うまでもなく、相河旭の顔は整っている。あの貧乳美少女相河朱里と姉弟というのも全く違和感が無く、母親が元モデルだと聞いた時も心底納得したものだ。中性的な甘い顔立ちで、『カッコかわいい系』と言うのだろうか。欧米人から見れば扁平な顔立ちだろうが、それでもおそらくアジア人の中では頭一つ抜けた美形だという認識はされるのではないかと思う。

 そして俺からすれば決してひ弱とは思えない、むしろスポーツマン顔負けの体つきではあるものの、これはあくまで第二次成長期前の話。“女顔のアジアンボーイ”なんて、格好のからかいの的だったのだろう。

「朱里の方は割と女子からすんなり受け入れられてさ、毎日泣いてる俺の事を励ましてくれてた。それでどうにか一、二年頑張って、少しづつ言葉に不自由する事が無くなってきたら、それはそれで別の問題が出てきた。なまじっか言葉が分かるせいで、それまで聞き流せてた事もいちいち刺さるようになったんだ。でもその頃には普通に友人も出来てたし、下らないヤツは相手にする必要無いって自分に言い聞かせて無視してた。でも本当は、惨めで悲しかったし怖かった。いつ日本に帰れるんだろうって、そればかり考えてた。」

 ふと、まだ幼い相河旭と中学時代の俺の姿が重なった。

 あの頃の俺は、早く高校生になりたいとそればかり考えて日々をやり過ごしていた。三者面談では近くの進学校を薦められたが、俺は一年生の頃からこの高校を受験すると決めていた。なぜなら、うちの中学から進学する者が殆ど居ないからだ。偏差値がほど良く高いので馬鹿は問題外だし、そして逆に向上心のある生徒にしてみれば、わざわざここまで電車通学をしなくても似たレベルの高校がもっと近くにある。

 この高校に入る事が、俺の希望だった。休み時間も一人教室の隅っこで黙々と勉強だけして、最初は心配していた担任も俺が毎日の様に早退しても何も言わなくなって、学校行事は当り前に休んで、ずっと孤独に下を向いて、全てが嫌でたまらなくて、存在してるだけで辛くて、今の環境から逃れたい、今の俺を知る人間が居ない場所に行きたい、あと少し耐え抜けばいい、そうすれば高校生になれる、あと少し、あと少し、と。

「そんな俺のメルボルン生活が変わったのは、朱里という存在のお陰だ。」

 うっかり思考の沼に沈んでいた俺の意識は、相河旭の言葉で引き戻された。

 孤独な海外生活において、双子の姉弟という存在はどんなに心強かっただろうか。俺はてっきり、この「朱里という存在のお陰」という言葉の後は、双子の姉の明るさに助けられたとか、姉を通じて現地に馴染んでいったとか、そういう流れになるのだと思っていたのだが、実際は俺の予想を遙かに超えるものだった。

「家族でショッピングモールに出かけた時、朱里がロリコン野郎から誘拐未遂に遭ったんだよ。車に連れ込まれそうになった所を間一髪通行人に助けられて、朱里自身は無事だったんだけど、その後そいつの余罪がボロボロ出てきた。」

 話を聞いただけの俺でも、一瞬背筋が冷たくなった。本人のショックはどれ程だっただろうか。相河朱里は、それからしばらく不安定になってしまったらしい。相河旭はそんな双子の姉を気遣い、一緒の時間を最優先にし、学校でも可能な限り離れないようにしたと言う。

 校内でも一緒に過ごす時間が増え、相河旭はある事に気付いた。自分にちょっかいを出してくる一部の馬鹿達が、双子の姉に対しては異性としての冷やかしを飛ばしていたという事だ。もちろん子供じみた内容ではあったらしいが、その頃は正に思春期の入り口、悪化しかねないと感じたそうだ。

 タチの悪い奴らからすれば“格下のアジアンガール“、そして、“だけど美少女”だ。子ども心に危機を感じたのは、何となく理解出来る。

「愕然としたよ、俺は今まで何を見てたんだろうって。朱里がめちゃくちゃ可愛い事なんて、産まれた時から分かってたのにさ。」

 真顔で自分の姉の容姿を褒め称えた相河旭は、もしかしたら話が重くならないようにと彼流のジョークを飛ばしたのかもしれない。しかし、俺にそれを笑う余裕は無かった。

 そして続いた言葉に、俺の涙腺は不覚にも決壊しかけたのだ。

「メルボルン生活で、朱里はいつも俺を励ましてくれてた。でも本当は、朱里だって不安でいっぱいだったんだ。泣かなかったんじゃない、泣けなかったんだよ。だって、俺が泣いてたから。だから俺は強くなるって決めた。朱里に泣くのを我慢させるんじゃ無くて、泣く必要なんか無くなるように、二度と誰にも朱里を傷付けさせない為に。」

 何と美しい姉弟愛だろうか。こんなに身も心も綺麗な双子が、この世に存在していいのだろうか。

 もうダメだ、目頭が熱い。そもそも俺は、学校生活に耐えきれずに半引きこもりになるくらい感受性が強い人間なんだぞ!!

「その為にどうしたらいいか、足りない頭で必死に考えたよ。」

 そこから相河旭が語った成長物語を、俺は溢れそうになる涙と格闘しながら聞いた。

 自分が白人になるのは無理だ、だったらそれ以外で認めさせてやればいい。そう考えた相河旭は、学年のボス的な男子達がサーフィンに熱中している事に目を付けた。幸いな事に、サーフィンに不可欠な体幹は三歳から習っていたバレエで培っていた。何度溺れそうになっても挫けずに波に向かい、やがて地元レベルの大会であればジュニア部門で入賞するまでになった。

 日本人学校では無く地元の学校に入れられたのは、向上心の強い親の意向だ。言葉の壁ですっかり弱気になっていただけで、もともと地頭は悪く無い事を思い出した。それなら地元で上を目指してやろうと、双子の姉と二人で協力して勉学に打ち込み、メルボルンでは名門中学の一つとされるハンティングタワースクールに合格した。

 俺の脳内で快進撃を始めた相河旭の姿は、まるで親戚の子どもの成長を見守る年寄りのような気分にさせ、とうとう俺の頬を涙が伝いーーーーーそうになった、正にその瞬間。

「それから、これが一番大事。女の子に声をかけまくって仲良くなった。同級生だけじゃなくて、手当たり次第。最初は相手にされなくっても、面白いヤツって思われたらこっちのもんだ、そこからはアタックあるのみ。異性に声をかけまくるのって、多分一番度胸がつく。それに、性行為は究極のコミュニケーションだからな、それまで知らなかった事を知るという意味でも…。」

 すっかり涙の引っ込んだ俺は、熱弁を振るう相河旭を必死に止め、そのタイミングでやってきた相河朱里と共にそそくさと店を出た。


・・・・・


 その夜、俺は何だか眠れず、自室のせんべい布団にくるまって時計の針の音を聞きながら相河姉弟の事を考えていた。

 相河朱里のあの性格や男性の好みが形成されたのは、おそらくああいった背景があったからだろう。それに、相河旭がシスコンである理由にも納得がいったし、それから女好きなのはもしかして逆に真面目だからそうなったのかもしれないな、でもあれじゃ本当に好きな子が出来る事はあるのだろうか、何にせよ凄い奴らだなと思考を巡らせているうち、いつの間にか眠りに落ちた。はっきりとは覚えていないが、夢の中でもせんべい布団にくるまっていた俺の隣、暗闇の中にキラキラと星の明かりに照らされるように浮かぶベッドがあり、そのベッドの中では、まだ幼い美しい女の子と男の子が、そっと寄り添うようにして眠っていた。

 翌朝、俺は何かに導かれるようにフラフラと洗面台の前に立ち、鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめた。

 久し振りに直視した自分の顔は、やっぱり笑ってしまいそうなくらい不細工なニキビ面だったが、それでもあの頃に比べれば少しだけ大人びてきているような気がした。

 俺は朝食を片付けている母親の背中に、ニキビ治したいから皮膚科に行きたいんだけどと、なるべく平静を装いながら声をかけた。母親は驚いた様子で「あんたそれ気にしてたの?なら早く言ってよ!」と、そそくさと保険証とお金を用意してくれた。

 早く言ってよというのは、てっきり、我慢なんてしなくていいのにという母親なりの優しさによる発言だと思っていたが、うちの市は中学生までなら医療費無料だったのにとぼやかれて吹き出してしまった。

 吹き出した俺を見て、母親がつられる様に笑いながら言った。

「あんたさ、ちょっと明るくなったよね。友達もできたみたいだし、その子達のお陰だね。そう言えば、同じ名字なんだったっけ。」

「でも、そいつらのせいで俺は“じゃ無い方のあいかわ“なんて呼ばれてるけどな。」

 今度は母親が吹き出したが、そう言った俺の声色には、不思議と一欠片ひとかけらの卑屈さも混じっていなかった。






あいかわ双子は恋が下手

~終~


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