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穴 ~FF内から失礼します!!~ 第四話「脚男」@あっちゃん


※この小説は、作者のTwitterでのFF(フォロー/フォロワー)関係にある方々をモデルにしたお遊びフィクション小説です。フォロワーさん達をモデルにしていますが、実際の人物象とは異なる事をご了承の上でお読み下さい。



コピー機がプリントを排出していく様子を眺めつつ、頭の中で今日の授業内容を再確認する。

今日はまず冒頭にあの話をして、それから先週出しておいた課題の発表を…ああ、このプリントの図解、やっぱりもっと分かりやすく出来たな…あの子の質問への答えは、この説明で伝わるだろうか…。

私の名刺に『マナー講師』という肩書きが加えられて、まだほんの数年。自分自身まだまだ勉強中の身でありながら、縁あってこの学校の非常勤講師として教鞭を振るうようになった。せっかく私の授業を受けてもらうのだから、学生達には一つでも多くの事を持ち帰ってもらいたい。

マナー講師という職業は、時に偏見を持たれやすい。マナーという大義名分で人をルールに縛り付け、そこからはみ出した人間を“マナーのなっていない人“というレッテルを貼って攻撃する、そんな恐ろしくて冷たい職業だと勘違いされるのだ。だけど、それは大きな間違いだと、私は声を大にして言いたい。

私は、マナーは“優しさ“を形にしたものだと思っている。ほんの少しの気配りで相手に気持ち良く過ごしてもらう事が出来るし、時には「私はあなたを尊重しています」と示す事で心の傷を癒やす事だって出来るのだ。そんな素敵な職業だからこそ、私はこのお仕事を選んだ。

マナーを通じて、一人でも多くの人に優しさを伝えたい。そして、人に対して優しくあるためには、まずは私自身が強くならなければいけない。それは精神面ももちろんだけど、肉体的にも同じ事だ。何事も、身体が資本。以前大病をした事がある私は、健康の大切さを身に染みて感じている。私がこうして教壇に立てるのも、心身の健康あっての事だ。

だから、一見マナーとは無関係な事だと思われるかもしれないけれど、まずは健康管理が大事なのだと生徒達にも伝えるようにしている。

「あれっ。東山先生、少し痩せられましたか?」

ふいに背後から声をかけられ、随分と遠くまで飛んでいた私の意識がコピー機の前に戻って来た。

声の主は私と同じ非常勤講師の男性で、こちらが振り返るとバツが悪そうに自分の口元を抑えていた。おそらく、女性の体型に対して発言した事を、セクハラだったかもしれないと後悔しているのだろう。

確かに、職場の同僚から体型について触れられれば嫌な気持ちになる女性は多いだろう。そして、私よりもこの学校の生徒達の方と年齢の近い彼は、良く言えば天真爛漫で、私に対して「あっちゃん先生」と、一部の生徒が非公式に親しみを込めて呼んでいるあだ名を使ってきたため、「すみませんが名字でお願いします」とたしなめた事もある。

けれど、彼の講師としての専門はスポーツ科学で、本業は整体師だ。以前本人から聞いたところによると、女性のボディバランスを整える美容よりの施術も行っているそうらしい。なので、プロとしてつい口を突いて出たのだろうと自然な気持ちで受け止めた。

そして、そのプロが体型の変化に気付いてくれた事が嬉しく、返答をする私の声が思わず少し弾む。

「分かりますか?実は最近、健康のために筋トレを始めたんです!」

「やっぱりですか!?以前にも増して、くびれが素晴らしいので!!いや、以前から東山先生のしなやかなボディラインには一目置いていたんですが…。」

私の弾んだ声を遙かに上回る熱量で語り出した彼は、それに対する私の凍り付いた表情を見て直ぐさま目が覚めたらしく、再びバツが悪そうな顔になり、謝罪の言葉をゴニョゴニョと口にしながらその場を去った。

ーーーーー凄まじい衝撃に包まれてその場に立ち尽くしていた私を、背後のコピー機が、紙切れを告げる機械音で我に返してくれた。

彼が私に対して何か特別な感情を抱いているという事は、薄々ながら感じてはいた。今まで何度も私の事を目で追っていたし、周囲の人に対しては堂々と目を見て気さくに会話をするのに、私と向かい合う時は明らかに伏し目がちになるからだ。

でもそれは、今の今まで、年上の女性への憧れを伴った淡く可愛らしい恋心のようなものだと、どちらかと言えば好意的に受け取っていた。彼は爽やかな見た目をした明るい性格の青年で、授業に対する情熱には私も見習う所があり、生徒や同僚達からの評判も良い。人間としての魅力を持った人物から好意を持たれる事は、素直に嬉しい。

けれど、この一件により、それは私のとんだ勘違いだったのではないかと思う気持ちと、いや男性ならば女性の身体に対して大なり小なり興味を持つのは自然な事だし、まだ社会経験も浅く素直な性格の彼がほんの少し失敗をしてしまっただけだと、弟を見守る姉のような気持ちがせめぎ合った。

そしてその次の週、私は確信したのだ。

(…また、見られてる………。)

教職員室の隅にある大きな姿見の前、身嗜みを整えている私を見つめるーーーーーいや、正しくは、私の下半身を見つめる彼が鏡に映し出された瞬間、私は心中に広がる動揺を抑えながらとっさに分析した。

(ウエスト?お尻?…ううん、違う。彼が見ているのは、もっと下だ…そう言えば、私と話をする時にいつも伏し目がちな彼の視線の先って、よくよく考えてみれば…。)

そう、彼が執着しているのは、私という一人の女性の身体の、その中でも更に限定的な、ある部分ーーーーー。

(この人、脚フェチなんだ…!!)


・・・・・


後から思えば、この時に距離を置いていれば良かった。そう、同僚として最低限の交流だけをして、スッと心を閉ざしていれば。

けれど、ここで私の悪い癖が出てしまったのだ。


『十月 第三週  膝丈フレアスカート 反応・激しい。』

『十月 第四週  膝丈タイトスカート 反応・今までで最大。』

『十一月 第一週  ロングスカート 反応・ほぼ無し。※きちんと目を見て会話をする。』

『十一月 第二週 パンツスーツ 反応・やや薄いが、後ろ姿を凝視してくる。』

『十一月 第三週 ワイドパンツ 反応・死んだような目をする。』


いつしか私は、頭の中で彼の観察記録を付けるようになっていた。

きっかけは、あまりにも露骨に私の脚を見てくる日があり、流石に少し怖くなったため、どんな服装なら彼を刺激しないで済むかという防衛目的だった。

しかし、次第にこの観察結果を面白がっている自分が居たのだ。

私は“人“が好きだ。マナー講師という職にしても、学生相手に教壇に立っている事にしても、人を相手にしたいという思いがあっての選択だ。個々の人々が持つ才能や優しさはもちろん、人間らしい不器用さや強いインパクトを放つ個性にも惹かれる。

ゆえに、今回のように私の理解の範疇を超えた人間と対峙した際、持ち前の強い好奇心が燃料となり、人間の心理をもっと知りたいという欲求がメラメラと燃え立つ。ついつい、目が離せなくなってしまうのだ。

けれど、それは諸刃の剣だという事も充分に理解している。今回のように相手が異性の場合、そして、相手も私に対して強い興味を抱いている状態の場合は、細心の注意を払わなければいけない。

私が彼に対して異性としての好意を持っていると勘違いさせてはいけないし、また、こちらが面白がっている事を悟られて彼のプライドを傷付けてもいけない。

そして何より肝心なのは、人間の闇の部分には深入りしないようにする事だ。それらは普段本人が押さえつけている分、強靱なパワーを持っているし、隠し事というのはある種の魅力をはらんでいる。一歩間違えると、取り込まれてしまう。

そう、かのニーチェもこう言っていた。

深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ、とーーーーー。


(あ…あのお姉さん、凄くスタイルが良い。脚も、細いだけじゃ無くってちゃんとメリハリがあって綺麗。)

(あっちの大学生くらいの女の子は、派手な色のカラータイツを着こなしててお洒落だな。少しふくよかな脚が柔らかそう。)

ある日の休日、クリスマス商戦で華やぐ街中にショッピングに出かけた私は、ファッションビルで行き交う女性達を眺めながら、自然とそんな事ばかり考えている自分に気が付いた。

我に返って頭を振り、ビル内にあるお気に入りのショップに足を進める。

高級ブランドというわけでは無いけれど、かといってリーズナブルとは言い難いここの商品は、日常的に購入するには敷居が高く、年二回、ボーナスシーズンのセールを狙った自分へのご褒美という事にしている。私好みの洋服や小物で埋め尽くされた空間で、あれも欲しいこれも欲しいと幸せに悩む、心が躍る特別な時間だ。

なのに、ボトムスのコーナーを眺めていた私の意識は、またしても明後日の方向へ飛んでいった。

(タイトスカートか…好きなデザインだけど…タイトスカートは反応が強すぎて怖いのよね…。)

(こっちのスカート、丈はロングだけど生地が薄くて身体のラインが出ちゃうな…もしこれを履いて行ったら、どんな反応をするんだろう。)

(そう言えば、ショートパンツは試した事無いな。まあ、職業柄適した服装では無いけど…。)

そして、普段の自分なら真っ先に目を輝かせて駆け寄りそうな、私の好みを絵に描いたような素敵なワンピースを見かけたのに、その次の瞬間、このワンピースならどんな反応をするのかと冷静に考えている自分に気が付き、ようやく冷静になったのだ。

ーーーーー私、どうかしている。

どうやら私は、“個性的で面白い人間“という甘いジュースを楽しんでいるつもりが、ジワジワと効いてくる遅効性の毒を飲まされていたらしい。

危機感を覚えた私は、その日以降、本格的な冬季シーズンに入った事もあり、なるべく脚のラインの出ない厚手のパンツやロングスカートばかりを着るようにした。

「東山先生、〇〇クラスの生徒の問題行動の件で相談したい事があるのですが…。」

すると彼はいつしか私の目をハッキリと見てくれるようになり、徐々に普通の同僚としての信頼関係を積み重ねていった。すっかり忘れていたが、脚の件さえ無ければ、彼は仕事に対してきちんとした熱意を持つ一人の教員なのだ。

そして、徹底的に下半身を隠すようになって、気付いた事がもう一つある。

脚の件を抜きにしても、どうやら彼は私に対して異性としての好意を持っているらしいという事だ。

彼と出会ってもうすぐ一年という、年度末の親睦会の席。「新年度になるとお互いの授業の曜日が変わって会えなくなるかもしれませんね」と、寂しそうに言った彼は、私の個人的な連絡先を聞いてきた。

彼の事は嫌いでは無い。魅力的な人物だとも思うし、生徒一人一人に対して真摯に向き合う姿勢も好感が持てる。けれど、それは恋愛対象としての好意では無いし、私には彼の闇は濃厚過ぎる。

彼の視線に振り回された数ヶ月が頭をよぎり、少しだけやり返したい気持ちが沸いた。私は、イタズラっぽい笑みをたたえつつ、彼を牽制した。

「…先生って、脚がお好きなんですか?」

「え、え、な、なんで、何でですか!?え、え、え…。」

すると彼はまるでコメディ映画のように分かりやすい動揺を浮かべ、真っ赤な顔で後ずさりし、背後に居た主任の大ジョッキをひっくり返した。大惨事となったテーブルを、周囲の人間が寄ってたかって片付ける。

解散後、「お詫びに」と食事に誘われたが、それは私の脚を見続けた事に対するお詫びなのか、テーブルに置いていた私の革製のスマホカバーがビールで濡れてしまった事に対するお詫びなのかは分からなかった。

私はその誘いを丁重にお断りした。気の無い相手の事はきちんとお断りするのも、また人間関係のマナーだ。しょぼくれた背中で立ち去る彼を、かつて彼に抱いていた姉のような優しい気持ちで見送った。

こうして、私と彼の奇妙な関係は幕を閉じた。

願わくば、彼には自分の心の闇に捕らわれる事無く、このまま真っ直ぐに進んで欲しいものだと、一人の人間として愛を込めて祈る。






~「脚男」おわり~

☆Special thanks☆

あっちゃん


※次のお話の更新時期は未定です※

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