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想像力の話

はじめに

 今回は想像力についてボクの考えや思いを書いてみます。いつも以上に主観バキバキで行きたいと思います。
 まずは、世界的に大流行しているAIのChatGPTに質問してみましょう。彼女の回答はこちらです。

 「想像力」という言葉は、人々が物事を思い描き、創造する能力を指します。想像力は、文学、美術、音楽、科学、技術など、様々な分野で重要な役割を果たしています。
 想像力を発揮することで、新しいアイデアや解決策を生み出すことができます。また、想像力は、創造性や革新性を高めることにもつながります。さらに、想像力は、問題解決能力や判断力を養う上でも重要な役割を果たします。
 想像力を養うには、様々な方法があります。例えば、読書や映画鑑賞、音楽鑑賞など、異なる形式の芸術や文化に触れることが挙げられます。また、自分で物事を創造することも想像力を養うためには有効な方法です。自分で絵を描いたり、小説を書いたり、楽曲を作ったりすることで、自分の想像力を刺激することができます。
 最後に、想像力を養うことは、人生を豊かにする上でも非常に重要です。自分自身が生み出したアイデアや作品を通じて、人々と共有することで、新たな価値や喜びを生み出すことができます。

ChatGPT

 ChatGPTの能力は素晴らしいですね。日本語の質問に対し、ほんの数秒でこのくらいの作文をしてしまいます。英語で使用した際のパワーは計り知れないです。このまま、今回のnoteを終えても良いくらいのchatGPTの文章ですが、ボクの自己主張を改めて始めてみたいと思います。

※ChatGPTについての補足
 chatGPTはAIです。ネット上の情報量の関係で、圧倒的に英語と中国語が強く、日本語はまだ弱いと感じています。実際、日本語で「想像力」とタイプすると中国語に持っていかれるので「そうぞうりょく」と平仮名で質問しました。


スポーツの想像力

 ボクの身近にあるボディメイクや格闘技では、どんな想像力が発揮されているか考えてみましょう。
 ボクのボディメイクは「なりたい自分のカラダ」を想像して、トレーニングや食事管理を行います。大会に参加していないので、コンテストの基準にあったカラダを目指すことはなく、この頃は上腕二頭筋、いわゆるチカラコブを大きくしようとアームカールを積極的に取り入れてトレーニングをしています。
 アイスクリームやチョコケーキが食べたくて仕方ない時が多々ありますが「食べたら脂肪がついちゃう」と太っている自分を想像し、自制するのです。脂肪のついたお腹は理想とは程遠いですもんね。ごく簡単な内容ですが、自分の肉体は自分の想像力によって形作られているのがよく分かります。

 対人競技である格闘技はいかがでしょう。まずはキックボクシングの基礎練習であるミット打ちです。「受け」は「取り」の打ちやすい位置にミットを出し、取りはそのミットめがけて程よい位置に程よい力と速さでジャブを打ちます。お互いの想像がズレていては、ミットとグローブが触れた瞬間に「パン!」という良い音は出ません。
 総合格闘技(=MMA)初心者であり、打撃の苦手なボクはミットに当たらない、音は出ない、無駄に息が上がる、そして激しく疲れる、と散々な内容になります。しかしながら、習熟した練習生とコーチとのミット打ちでは、意思の疎通がなされ、とても気持ちの良い音が響き、コンビネーションでの動きの鋭さと繊細さにはを感じるほどです。

 柔道や柔術の基礎練習である技の打ち込みも同様で、ミット打ちよりも複雑で多くの動作が含まれます。目の届かないカラダの部位や目視できても見えない重心、手足の次の位置を理解し、自らのカラダを動かしていきます。想像力が必要であり、この想像力を磨くために何度も何度も擦り切れるほどに繰り返す事で、量から質へと変化させていく作業が必要だと考えています。球技やダンスなども同じような練習で理解が深まっていくんだと思っています。

コミュニケーションの想像力

 波平さんがあるときに「アレを頼む」というと「爪切りをもってきた」フネさんの行動に対し、サザエさんとマスオさんはいたく感心したそうですが、現実世界で生活している私たちのはいかがでしょうか。
 ホテルのドアマンやレストランのウェイターなど、サービス業界のプロはお客さんのニーズを言語だけでなく雰囲気で察しサービスを提供することに長けていると思います。
 ボクの少ない経験ですが、特に洋服の店員さんは大きく分かれます。楽しくお買い物をさせてくれる店員さんは、遠目でこちらの様子を伺い、ここぞという時に話しかけてくれます。逆に入店するなり「何かお探しですか?」などと話しかけてくる店員さんとボクは交渉しないし、追従されようなモノなら、即座に退店します。自戒を込めて書きますが、プロであるならば、客のタイプを見極めて接客するべきです。
 この辺りこそ研究や習熟が必要で自分の気持ちや店員としての役割を客に「押し付け」てはいけないと思います。家庭や学校における教育の場面、友人や恋人同士の思いやりも同じです。どうしても「押し付け」てしましますが、相手の立場や気持ちを想像する力が大切です。
 その時の「私だって」「あなたのため」という考えや行動は、自己中心的という表現よりも、単に想像力が足らないのだと思います。フネさんは余計なことはせず、波平さんの「アレを頼む」というニーズに対して、長年の経験で彼女は根拠を持って「爪切り」とだけ応えます。ここでフネさんが「お茶」「新聞」など余計なお世話をしないことが実に素晴らしく、そのことによって二人が本当に“ツーカー”だとは思いませんか?

社会の想像力

 「コレが流行る。」「世の中はこう変わっていく。」と的確に時代を読む人がいます。もっと大きく、広く言うと新しい時代を造る人もいます。この種の人たちはどうしてそのような社会を読んだり動かしたりする想像力を身に付けたのでしょうか。
 資質は大きいと思います。人間の五感は生まれつきのもので、よほど意識して修行しない限り、大幅な成長はありません。また、年齢とともに鈍化していきます。
 同じ環境下で過ごしても得られる情報量は、個々によって大きく差があります。道ですれ違っても気付かない人がるのとは逆に、感覚過敏の人はサングラスやイヤーマフで入ってくる情報量を抑えなければ、混乱やパニックを起こしてしまうほどです。
 しかし、ここでも量の差が現れます。学習量があるか、いかに生きた情報や知識を入手しているか、そのことを継続し続けているか、反復しているか、時としてスクラップアンドビルトを心掛け既存の自分を破壊し、新しく構築しているか、異なる文化や新しい技術を受け入れているか、体感としてイマを感じているか。そして、その勇気があるか。それらを総動員し、次の一手を想像しているのです。いつまでもタピオカもコロナも流行り続けはしないのです。

想像力は超能力

 繰り返しになりますが、ChatGPTから出された「そうぞうりょく」に対する回答があまりにも素晴らしく、残念ながらその後のボクの文章はそれを装飾するだけになってしまいました。確かに、スポーツや勉学、知識や芸術の創作、そして新たな文化の体験などを通じて想像力はより豊かになりそうです。想像力をきたえることで、多くの幸福を手に入れることができそうです。

 想像力は(ジョジョのスタンド的な)超能力だと思っています。スポーツでは想像力を材料に動きや戦略で対戦相手を直接的にも間接的にもボコボコに圧倒できます。対人コミュニケーションでは、まるでココロを読んでいるかのように相手をハッピーにも不幸にもできてしまいます。世の中の流れを先読みし、技術や文化を共有することで自分や周囲の人生を豊かにできると思います。
 そして、想像力には思考の癖に近い個性があり、誰の想像力が良いというものではなく、それぞれの良さが発揮されると考えています。まさに、スタンド!!!

まとめ

 最後にボクがお伝えしたいことは、想像できることは実現できるという話です。「ボクが3回転宙返りを決める」など、想像できないことは実現できそうにありませんよね。逆に、SFで描かれた近未来のガジェットや新しい生活様式などは、いつか実現できると思います。

 家庭内や世界の平和はどうでしょうか。みんなの想像力を働かせれば、みんなで造る幸せな未来が待っていそうな気がします。実現を近づけるためにはアウトプット=配信が大切だと思います。ネットや書籍でもいいですし、単に口にするだけでも構いません。
 しかし、周囲から理解が得られなかったり、熱量に差がある場合は「あたおか」と思われるかもしれませんので、ご自身の理解のある人や集団を選ぶ必要はあるかも知れません。いや、自分の確信している想像を上手く伝えられない場合、相手に対してその想像が現実になりそうだと思わせるような努力が足らないのかも知れません。そもそも知識や積み重ねの努力が不足していて、自己中心的な貧しい想像力だったのかも知れません。いま、あなたは何を想像して、このnoteを読んでいますか?
 個々人が努力し、自らを磨き、想像力を豊かに働かせることで、周囲も自分も幸せになりましょう。今回も最後までお読み頂きありがとうございました。

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