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焼き鳥の時間

☆今回の主人公は父ではなく、母です。 


私が小学1年生の時の話です。

父と母は2人で小さな店をやっていました。
母は開店時間の9時までに家事を済ませてから、店の仕事に取り掛かります。
夜は仕事の合間に私とお風呂に入り、夕飯を作ります。
夕飯は店の奥にある部屋で8時くらいに家族一緒に食べます。
食事中にお客さんが来ると、父と母は口がモグモグしてない方が店に出て行きました。
お客さんが長時間話し込んでいくと、食べかけの夕飯がすっかり冷めてしまいます。
当時は電子レンジがなかったので冷たくなった夕飯を食べながら
「やっぱり、温かい方が美味しいね」
と言う両親を見て、私は子ども心にお金を稼ぐのは大変なことだと思っていました。

店を9時に閉めてからも、母は食器を洗い、店の帳簿をつけたりと作業は続きます。

父は私の寝かしつけ担当で、寝る前に色々な昔話を聞かせてくれました。

ある日、閉店後に奥の部屋でゆっくりテレビを見ていると母のいびきが聞こえてきました。
母はコタツに入りながら、横になって寝ています。
「お母さん、寝ちゃったね。ここで寝たら風邪引くから、寝室に連れて行こうね」
父が私に優しく言いました。
「お母さん、起きて。お布団で寝るよ」
私は母を揺すって起こします。

母は眼を開き、状況を把握しようと一点を見つめなが私に聞きました。
「今、何時?」
「10時だよ。明日学校休みだから、もう少し起きてていいよね」
母は眉間にシワを寄せ、起こった口調で

「焼き鳥の時間だから、早く寝なさい!」

そう言って、母は再び眠ってしまいました。
父と私は顔を見合わせて笑ってしまいました。

「じゃあ、あと30分だけ寝かせてあげようか。その間テレビ見てよう」
父はニヤニヤしながら、そっと母の上に毛布をかけてあげました。

その日から、寝る時間になると父は
「焼き鳥の時間だから、早く寝ないとね」
と言うようになりました。

母は始めのうちは少しキレ気味で
「そんなこと言うわけない」
と言っていましたが、日が経つにつれて
「なんで、焼き鳥なんだろう」
と、自分の口から出た「焼き鳥の時間」を受け入れるようになりました。

その数ヶ月後、
「お刺身を守る!」
と母が寝言で言っていました。

母はもう他界してしまったので、どんな夢を見ていたのかは永遠に不明です。
でも毎日大変だったんだなぁと今は感謝の気持ちでいっぱいです。


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