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あなたに言えない

 好きだと気付いたのは、もう随分前だ。
 彼か彼女がわからない彼に出会ったのは今からおよそ半年前、夏の暑さで皆クーラーの効いた部屋に引きこもり、重くて熱いゴーグルを被って涼みながら遠方の友人達と集まっている、いつも通り変わっているこのバーチャルの世界で、フレンドのフレンドとして挨拶をしたのが始まりだった。
 いやーいつも暑いですね、なんて何気ない会話から、フレンドを含め普段やるゲームの話で盛り上がってフレンドを交換した。
 彼とはバーチャルの世界でしか会ったことがない。
 ケモミミの生えた緑色のツインテール、夏は涼しげな水着にパーカーを羽織っていた。そこそこ改変に強くて秋にはTシャツにロングスカート、そして今、冬にはニットにミニスカにニーハイソックスと、衣装数は多くないようだが季節に合わせてちゃんと着替えていた。私は最初ロングヘアだったのだが、秋のはじまりの頃にはなんとなくツインテールを購入し自分色にして身に着けて、そして彼に「いいじゃん!似合うよ」と言われたときに感じた嬉しさとなんとなくの気恥ずかしさで、彼への好意に気づいたのだった。

 そこから始まったのは天国のような地獄の日々だ。

 私はこんなに嫉妬深かっただろうか。独占欲や所有欲が強かっただろうか。彼と知り合うきっかけになったフレンドすら嫉妬の対象となり、彼と同じ服を身に着けている子には警戒心を抱いてしまう。

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 彼と話せる日々はとても嬉しく楽しいものだった。どす黒い感情を無視すれば私のバーチャルでの生活はとても充実していると言えたし、皆で謎解きやホラーワールドを巡るのはリアルでの忙しさの良い息抜きになった。

 そう。”どす黒い感情を無視すれば”、だ。

 皆でわいわい話すのは楽しい。けれどどす黒い感情が胸の奥底にいて、たまに鎌首をもたげ表層に出てきては私の胸を締め付ける。でもそれは彼に微笑みかけられればすぐに消え、そしてしばらくしてまた締め付ける。それをずっと繰り返していた。
「最近元気なくない?大丈夫?」と尋ねられたとき、胸を締め付けられるとともにその締め付けをほどかんばかりに喜びがあふれ出た。彼にとってはひとりのフレンドが少し様子がおかしかったから声をかけただけだろうが、私にとっては彼が私だけを見て私だけのためにかけてくれた言葉で、舞い上がりそうな気持ちとこのまま私だけを見てくれないだろうかという酷く醜い思いが引っ張りあって私は張り裂けそうになった。
「ちょっと最近仕事が忙しくて」
 適当に誤魔化したけれど彼はそういった嘘に敏感だ。何かあったら話聞くよ、と私の頭を撫でてくれた。そのときの苦しいほどの悦びといったら。

 私は妄想する。彼の恋人になれたら。少しは優越感だとかそういったもので、嫉妬をしなくなるだろうか。
 私は妄想する。彼の恋人になれたら。彼は他の人より私を優先してくれるだろうか。
 私は妄想する。彼の恋人になれたら。彼は左手の薬指に指輪をつけてくれるだろうか。

「今日もお疲れ~がんばってえらいぞ~」
 私が元気がないとき、彼は私の頭をぽんぽんと叩いてくれる。そのあたたかさで頭がおかしくなりそうだ。彼がこういったことを他にしている場面をあまり見たことがない。じゃあ。もしかして。私だけ。自惚れてはいけない。そうでなかったときの恐怖と絶望。それに私は耐えられない。
 彼と出会ってから一年経ったら、告白してもいいかもしれない。
 でもその間に誰かに彼を取られたら。
 私が発狂する前に、彼に想いを伝えるべきか。だけど。

 彼に告白することはできない。彼と離れてしまうのが嫌だから。
 彼に告白することはできない。この関係を保っていたいから。
 彼に告白することはできない。醜い私を見せたくないから。
 彼に告白することはできない。彼に嫌われたくないから。



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