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黒木一家のファストミステリ集_真夏の強盗


真夏の強盗

 「いやー、今日も暑いですね。黒木さん。遅い時間にすいません。今日こそはゆっくり食事できそうです」黒木家に遊びに来ていた伊藤アキラはそう言うと、キンキンに冷えた麦茶をグラス1杯飲み干し、食卓の真ん中に置かれたそうめんの入ったボウルに箸をつけようとした。
 「伊藤さん、そんなこと言うと署から連絡あるかもしれないですよ」黒木ミカがからかうように言うと、タイミングを見計らったかのように伊藤アキラの携帯電話が鳴った。
 「はい。わかりました。現場の近くにいるのですぐ行きます」伊藤アキラはため息を漏らし、黒木トオルに一緒についてくるようお願いした。
 「私も行きたい」黒木ミカは興奮気味に父親に懇願したが、きっぱり断られたため拗ねて自室に向かい、二人は現場に向かった。

 「ここが連絡のあったアパートですね。夫婦二人暮らし。強盗に入られ、後頭部を灰皿で殴られたそうです。意識が戻った奥様より警察に緊急通報がありました。詳細は直接話を聞きましょう」伊藤アキラはそう言うとアパートのインターホンを鳴らした。
 「ああ、刑事さん。主人が、主人のミキオが目を覚まさないんです」通報してきた多部マリは二人をリビングに通し、慌てた様子で言った。
 荒らされたリビングの隅に多部ミキオが横たわっていた。リビングのテーブルの上には二人が食べる予定であったと思われるボウルにたっぷりの氷水が入ったそうめんと醬油のかかった冷ややっこ、缶ビールが置かれていた。食器棚の引き出しは全て開けられ、領収書や郵便物が床に散らばっていた。
 「奥さん。残念ですが、旦那さまは亡くなられているようです」多部ミキオの静脈を調べ伊藤アキラは伝えた。「そんな……」多部マリはその場にしゃがみ込んだ。
 「奥さん。何があったか話してもらえますか」落ち着いた声でゆっくりと多部マリの背中をさすりながら黒木トオルは尋ねた。
 「今から三時間ぐらい前、主人とリビングで晩御飯を食べようとしたとき、玄関のチャイムが鳴りました。主人が玄関を開けると強引に二人組の男が入ってきました。手にはナイフを持っていたので、私たちは抵抗せず、リビングの隅で大人しくしていました。ただ、金目のものがほとんど我が家にはなかったので、強盗が主人に向かって金目のものはどこにあると聞いてきました。そんなものは我が家にはないと何度も伝えたのですが、最終的に灰皿で私たちは殴られたのです。そして先ほど目を覚まして警察に連絡しました」多部マリは夫の顔を見ないように網戸の前に行き、ハンカチで汗を拭きながら答えた。
 「強盗犯の目撃情報がないか周囲に聞き込みを開始します」伊藤アキラは黒木トオルに言ったが、黒木トオルは首を横に振って言った。「その必要はない」


【問い】
黒木トオルはなぜ聞き込みが必要ないと判断したのでしょうか。





【解答編】
 「奥さん、料理は主人を殺害した後、警察に連絡して我々が到着する前に作ったのではないですか。意識を失ってから三時間立っているのならそうめんが入ったボウルの氷は融けて水だけになっているはずですよ。冷房を付けず、網戸でこの暑さをしのいでいるようですしね」黒木トオルは多部マリに言い、缶ビールがまだ冷えていることもあわせて確認した。多部マリは犯行を認めた。



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