リライト:第二十一回 芥川龍之介『英雄の器』
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こんにちは。昨晩の読書会は熱く煮えたぎりました。
『項羽と劉邦』そのあらすじ
主催(29歳)は中学の教科書で四面楚歌の場面を読んだのと、
弟が横山光輝『項羽と劉邦』全巻持っていたので(渋い!)、
ここでもざっくりとあらすじを述べますと、
(1)秦の始皇帝亡き後、群雄割拠の覇権争いが勃発する!
(2)そのなかでも最後に残った2強が楚・項羽と漢・劉邦!
(3)勝ったり負けたり良い勝負を繰り広げていたが、
最後は追い込まれ、項羽は自刃(自分で首を切って自害)する
ちなみに現代でも「周りが敵ばっかりの窮地」という意味で使われる
四面楚歌はこの最後の攻防で漢軍が楚軍の士気をくじこうと、
敵方の故郷の歌を合唱したことから。
(精神攻撃がエグい!)
今回のテキスト『英雄の器』は決着の「その後」を描いた、
いわば芥川龍之介による2次創作と言ってよいでしょう。
ミステリアスな劉邦の呟き
『英雄の器』は非常に短い物語です。
項羽を討ち取ったその夜の宴会、
ハイになった漢軍の大将・呂馬通は項羽をこき下ろします。
「項羽はたいしたヤツじゃなかった」と。
それに異を唱えるひとりの人物
(最後に漢の総大将・劉邦その人と明かされます)
呂馬通は劉邦を論破してやろうと、意固地な様子。
やれ「英雄にしては戦略がズボラだ」だの、
「男らしくない」だのとあげつらいます。
それに対して、劉邦は反論をやめにします。
呂馬通の意見に頷くのですが、
最後に「やはり項羽は英雄だった」と呟きます。
論理的説明は一切抜きにして。
劉邦のこのひと言の「その心は?」というのが本作のツボでしょう。
(1)いつものようにメタ的な分析
では作者側の意図から劉邦のセリフを分析してみましょう。
劉邦の言動を「取り替えると」どのような効果が生まれるでしょうか?
たとえば...
・論破された劉邦は最後に「そうだね、あいつは英雄の器ではなかった」と呂馬通に賛成する
・上司パワーで呂馬通を叱責する
・しつこく議論を続ける
いずれも物語としては「なんか違う」感があります。
芥川は論理整合性よりも、センスでこの結末を選択したように思えます。
(2)物語のなかに没入する
次に劉邦の感情を理解しようという試み。
描写を見るに、ハイテンションの「打ち上げ」のなかにいて、
ひとり寂しそうな劉邦の姿が見えます。
世界を制覇した主役であるにも関わらず。
その背中はまるで終生の友を亡くしたような悲哀にやつれています。
でも、誰に寄り添って欲しがるでもなく、
呂馬通との議論をぶった切って、理解されることを拒みます。
最後は読者としても突き放された感覚があります。
「お前らには項羽を語る器はない。彼を理解できるのは、この私だけだ」
と。
行き過ぎた共感社会の息苦しさ
わたし自身は今回、芥川龍之介によって見事に物語の世界に引き込まれました。(司馬遷『史記』本来のパワーは言わずもがなですが)
***
その役柄はモブ兵士。
激戦を生き抜いた幸運を信じられず、宴でぼうっとしながら、
追従笑いを浮かべています。
そこに呂馬通さまと劉邦さまの議論。
最後のつぶやきに、モブのわたしは感動と畏怖を覚えるのです。
***
偉大に触れる、とはこのようなものではないでしょうか。
たとえば大いなる自然。人間の理解や共感を拒みます。
項羽も劉邦も、あまりに大きく、あまりに得体のしれない存在。
近年のフィクションを見て感じるのは、
彼らのような「わけのわからない」
スケールの登場人物が描かれなくなったことです。
※個人的に転換期は『スターウォーズ』のエピソード1からの
流れではないか、と睨んでおります。
どんな悪人にも共感できる「悲しい過去」がある。
そこにはもはや「ピカレスクロマン」、
悪そのものの妖しい輝きは消え失せてしまっています。
カリスマ崇拝は理性的でないし、民主的でもない。
それは頭ではわかっています。
でも惹かれてしまう。
そのアンビバレントを描けるのがきっと文学をはじめとした
芸術の凄みなのでしょう。
理解できない・わからないからこそ魅力的なものが
この世界にはあるはずなのに。
すべて「共感」という「認知の枠」に収めようとするのは、
大げさに言えば、現代の病理ではないか。
「共感」ができなければ「存在してはいけない」
と、すぐさま排除の対象になってしまう。
「共感」がなくても「共存」できるはずなのに、と思うのです。
以上です。
次回の題材は未定ですが、
今回のテキストの元ネタ・『史記』の作者、司馬遷に関する
熱い熱い物語を中島敦が著しています。
『李陵』、少々長めですが、読み応え十分の傑作です。
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ではまた。多謝!再見!
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