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The Beatles『Beatles For Sale』 (1964)

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本国イギリスにて1964年12月にリリースされた4作目のアルバム。この少し前にリリースされたシングル「I Feel Fine」とあわせて、リアルタイムのファンはこの年の暮れに16曲のビートルズの新曲を一挙に楽しめたということになりますね。実は63年から65年にかけて毎年このパターン(年末にアルバムとシングルのリリース、しかもそのシングル曲はアルバムには入れない)が続いていて、ファンにとってはたまらないクリスマス・プレゼントだったことでしょう。
さて、この『For Sale』で披露されたオリジナル楽曲の多くは、それまでの作品で主体となっていた彼らの作風とはかなり趣きが異なっています。本当に多忙な中にあっても、常に新しい音楽を吸収し、興味あるものはどんどん自分達の音楽にも取り入れていく。ボブ・ディランらのフォーク・ミュージックに影響を受けた時期のアルバムというのは間違いないのでしょうけど、それらをいとも簡単に自分たちロックに融合させることのできる彼らのセンスや実力は、やはり素晴らしいものがありますよね。

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SIDE 1
1. No Reply
これまでの3枚のアルバムの一曲目とはあきらかに違うトーンでのアルバムのスタートとなりました。イントロなしでいきなり歌い出すのはビートルズ常套手段ではあるものの、その瞬間のインパクト(サビ始まりなど)で一挙に持っていく感じだった今までとは違い、♪This happened once before ~と、気持ちをグッと抑えた切ない歌い出し。そして必殺フレーズ ♪I saw the light, I saw the light で感情を一挙に吐き出します。初期のデモでは1回だった I saw the light~ を2回にした効果は絶大。ジョンとポールのボーカルもめちゃめちゃカッコいいし、拍を食う演奏もここでのインパクトに花添えています。そしてミドルのところは圧巻のたたみかけですね。このシンプルな8ビートのミディアム・ナンバーにこれだけのものを盛り込めるビートルズ、やはりさすがです。

2. I'm A Loser
ハーモニカ・ホルダーを首にかけて、ギター弾きながら歌うジョンの姿が印象的だったこのナンバー。もちろんディランの影響ですが、かっこいいと思ったものをすぐに取り入れて、自分のものとして確実に吸収できてしまうこの瞬発力、これもジョンの実力の一つなのでしょう。「家に行っても電話をしても返事がない」という前曲(No Reply)から、「僕はダメなやつ・・・」って内容的にもこの2曲はつながっている感じがします。♪I'm a loser, I'm a loser ~ ってこちらも2回言ってるし(笑)。この曲、詞の韻の踏み方もホント素晴らしくて、特に2番の「clown / frown」「sky / cry」とか絶妙ですよね。曲調としてはカントリーからの影響も強く、ギター・ソロはカントリー・タッチでこれもジョージの得意とするところですね。

3. Baby's In Black
3連リズムのちょっとブルージーな香り漂うナンバー。日本公演でも演奏された曲ですね。終始ジョンとポールのツイン・ボーカルで展開され、リード・ギターはジョージ。この曲を聴いていると、ジョンとポールがギターを抱えながら向かい合って作った光景が目に浮かぶようです。AメロBメロとジョンのパートが主旋律だと思うのですが、サビではポールのパートが主旋に変わります。この辺のさりげなさがビートルズらしくて好きですね。後半の歌のバックで演奏が静かになる部分がありますが、そこでドラムがバスドラを刻み始める、というアイディアも面白いです。

4. Rock And Roll Music
ここでチャック・ベリーのR&Rのカバーが登場。ジョンの十八番のシャウト系ボーカルで、以降の彼らのコンサートのオープニング・ナンバーとしてもお馴染みとなりました。日本などでは独自にシングル・カットされて、かなりヒットもしています。『Beatles For Sale』はこの曲を筆頭にロックンロール・ナンバーのカバーが目立ちます。オリジナル曲が全体にロック色が弱まっているので、あえてその辺りのバランスをカバー曲でとっているのかもしれません。

5. I'll Follow The Sun
前作『A Hard Day's Night』の「And I Love Her」以降、毎アルバムごとに一曲ずつ、ポールの美しいバラードが収録されていくことになります。次の『Help!』以降、「Yesterday」「Michelle」「Here, There And Everywhere」といった具合。で、この『For Sale』には「I'll Follow The Sun」というとことになるのですが、何とポールが16歳の時に書いたというのだから驚きです。しかも上記の名曲たちと比べても、遜色のない美しいメロディーを持っているんですよね。ポールのボーカルのダブル・トラックとシングル・トラックのパートの対比が見事なAメロ。ジョンのハモりが加わるBメロは、2つ目のコード(Fm)のところがたまらなく美しいですね。曲を引き立てるアンサンブルも素晴らしく、2分に満たないシンプルな楽曲の中に、魅力がいっぱい詰まっていると思います。

6. Mr. Moonlight
これはもう冒頭のジョンのボーカルで決まりですね。この歌い出しの ♪ミスタアアア~ムーンラ~~イがあまりにも有名で、ビートルズのオリジナル曲と思われがちですが、これはDr. Feelgood & The Internsというグループが62年にリリースした曲のカバー。トロピカルなサウンドもなかなか面白い楽曲ですが、ビートルズはデビュー前からライブ・レパートリーとしてよく演奏していたとのこと。もしかしたら『For Sale』制作のための数合わせで、以前のレパートリーから引っ張り出されてきた楽曲に過ぎなかったのかもしれないけいど、この曲のジョンの歌唱が音楽史の1ページに刻まれた意義はホント大きいと思います。
で、実はビートルズよりも少し前にホリーズもこの曲をカバーしていて、1stアルバム『Stay With The Hollies』に収録しています。原曲はシングルのB面曲ながらも、ブリティッシュ・ロック勢にはきっと人気の高いナンバーだったのでしょうね。

7. Kansas City
A面ラストに収録されたのは、このアルバムに6曲あるカバー曲のうちの一つ。同年のEP盤収録の「のっぽのサリー」同様に、ポールのアイドルであるリトル・リチャードのカバー。ストレートなロックン・ロールですが、厳密には「Kansas City」自体はリチャードがオリジナルというわけではなくて、♪Hey, Hey, Hey, Hey~の部分をくっ付けて、メドレー仕立てにしたのがリトル・リチャードということになります。もちろんビートルズはそのバージョンを参考にしたのでしょう。リチャードのカバーとくれば、ここでのボーカルはもちろんポール!後半の掛け合いコーラスもビートルズのカラーに合っていて最高ですね。

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SIDE 2
1. Eight Days A Week
いきなりフェイド・インしてくるイントロが印象的なナンバー。このフェイド・インのアイディアが活かせるのは、やはりB面の1曲目というこの位置しかないでしょう。イギリスではアルバム『For Sale』の収録曲の一曲に過ぎませんが、アメリカでは歴としたシングル曲で、全米チャートでNo.1も獲得しています。このアルバムでレノン・マッカートニーの楽曲の作風がかなり変わってきたことは明白ですが、この曲に関してはちょっと例外的に、今までの作品の流れを汲んだキャッチーで明るくポップな路線のナンバーとなっています。手拍子の入れ方も初期の彼らを思わせます(といっても「抱きしめたい」でのビートルズ旋風からまだ1年も経ってないんですけどね)。

2. Words Of Love
バディ・ホリーのカバー。イントロや間奏などで聞かれるギターリフ、そしてジョンとポールのボーカルの雰囲気まで、全体的にかなり原曲に忠実にコピーしています。そんなこともあってか、他の曲に比べて“ビートルズ色”がやや薄いように感じるのですが、アルバム『For Sale』のフォーク・ロックっぽい雰囲気にはよくマッチしていると思います。ジョン・レノンはかなりのバディ・ホリー・フリーク。『アンソロジー1』で聞くことのできる、デビューより遥か前の時代に吹き込んだ「That'll Be The Day」は、まんまバディ的歌い方だし、後のソロ作でも「Peggy Sue」をバディっぽいボーカルでカバーしていましたね。

3. Honey Don't
シャッフル・リズムに乗せたカール・パーキンスのナンバー。ビートルズはそれまではジョンのVoでこの曲を演奏していたのですが、アルバム『For Sale』では、リンゴがリードVoを担当。前作『A Hard Day's Night』にはリンゴのVoが一曲もなかったので、『For Sale』でこの曲をリンゴ・バージョンで収録したのは、彼のファンに対する配慮もあったのかもしれません。BBCライヴのCDで、この曲のジョンがVoのバージョンが聞けます。すでにリンゴのVoで耳慣れたこのナンバー、ジョンが歌うのを聴くとかなり新鮮だったりしますが、このアルバムの流れの中では、リンゴがこの曲のVoを担当するので正解だったと思います。このナンバーの持つご機嫌な曲調が、ジョンよりもリンゴのカラーに合っているんじゃないでしょうか。

4. Every Little Thing
12弦ギターによる、短いけど印象的なイントロ。続いてジョンがアコギを弾きながら ♪When I'm walkin' beside her ~ と歌い出す。このエレキ+アコギの組み合わせが、このアルバム全体のギター・サウンドのキモになっていますね。ジョンの弾き語りが主体となるフォーキーな曲かと思いきや、サビではポールが主旋律となり、ジョンは下のパートに。こういうさりげないボーカル・パートの変幻自在さもこのアルバムの魅力の一つと言えるでしょう。サウンド面ではリンゴの叩くティンパニーも印象的で、サビの部分にメリハリをつけています。そしてタイトルをリピートするエンディング。これはファーストの「There's A Place」を思い出します。

5. I Don't Want To Spoil The Party
邦題は「パーティーはそのままに」。うん、この邦題は悪くないですね。この時点での彼らにしては珍しい、2本のギターのアンサンブルによるストーリー性のあるイントロ。今までのビートルズ・ソングとはまた違ったワクワク感で曲がスタートします。続くボーカルのハモりは、ジョンともう一人(下パート)は一体誰なのか。よく議論になっていた箇所で、ジョン+ジョージ説も願望としては捨てがたいのですが(笑)、やはりジョンのダブル・トラックによるハーモニーと考えるのが自然でしょうね。そのほうがサビのパート(上ポール、下ジョン)への流れがしっくりくるし、この曲でのジョージの活躍は間奏のギター・ソロ!というほうが、曲としてスマートにまとまる感じがします。実際このギター・ソロ、卒がなくてめちゃめちゃカッコいいですよね。

6. What You're Doing
ドッドドッ・タカタッってドラムだけで曲が始まります。これも、それまでにない新しいパターンの始まり方で新鮮。そしてフォーク・ロック的な12弦ギター・リフのイントロに導かれて歌い出されるこの楽曲は、ポールっぽさもあって、もちろん悪い曲ではないけど、全体的にはやはり「ポールはまだまだこんなもんじゃないだろう」と思わずにはいられないのが率直な印象。間奏のリード・ギターもまだまだ12弦を弾きこなせてないなぁという感じもありますが、バックで鳴っているジョージ・マーティンのピアノの6連リズムが効果的で、アンサンブルを味わい深いものにしています。曲の終盤でまたドラムだけになって、そこから再びベース、ピアノ、ギターと重なっていくのも面白いですね。すぐにフェイド・アウトしてしまうのが残念ですが。

7. Everybody's Trying To Be My Baby
アルバムのラストを飾るのはジョージが歌うカール・パーキンスのロックンロール・カバー。邦題「みんないい娘」(笑)。セカンド収録の「Roll Over Beethoven」同様、リード・ボーカルとリード・ギターを一手に引き受けるジョージの姿が目に浮かぶようで、かっこいいです。実際この曲はリリース後もシェア・スタジアムでのライブで演奏されるなど、ジョージにスポットが当たる重要なレパートリーでしたね。ビートルズのアナログ盤は(特に初期の作品は)モノラル盤で聴くのが真骨頂だとは思うのですが、ステレオ盤にももちろん捨てがたい魅力があります。例えば、この曲では左右に振り分けられたギターのそれぞれの役割をしっかり感じることができ、特に右チャンネルのグレッチの音がかなりエグくて好きなんですよね。
アルバムのラストをスタンダードなカバーで締めくくるのは、初期ビートルズのアルバム(『A Hard Day's Night』は除く)の鉄板パターン。毎回新しいことに果敢にチャレンジする彼らですが、一方で、こういうパターン化された一面も持っているのは面白いですね。そして以降のアルバムではそういった型すらをもどんどん破っていく様が本当に興味深くて、一曲たりとも聞き逃せまない展開がこの後も続いていきます。

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この『Beatles For Sale』は、カバー曲を含めてアルバム通して全部聴くのと、オリジナル曲だけをピックアップして聴くのとで、だいぶ印象が違ってくると思います。『With The Beatles』の頃からわずか1年で、オリジナル楽曲の作風にすでにこれだけのバリエーションがあるのは驚くばかりですが、今後のビートルズ・ストーリーから見ればまだまだ序幕にすぎないとも言えます。
私も含めた後追い世代は、その後の彼らのモンスター・アルバムをすでに知っているので、初期のエネルギッシュな彼らともちょっと違うこの『For Sale』の雰囲気は位置づけがなかなか難しい面がたしかにあると思います。アーチストや楽曲を「アルバム単位」で評価しようとすると、どうしてもそういったバイアスがかかってしまいがちなので、ここはやはり一曲一曲の素晴らしさにじっくりと耳を傾けていきたいですね。そのほうがこの『For Sale』に収録された楽曲たちの魅力がスッと入ってきやすいということを今回あらためて感じました。

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