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なんでも屋さんの鶏

 いろいろなことがコロナでがらっと変わってしまった2020年だった。でもそのおかげでチェンラーイ県のカレンの村に行く機会にたびたび恵まれたことは、私にとってうれしいことだった。

 その村には電気は通っていない。家によっては小さなソーラーパネルが1枚あって夜の数時間は明かりが使えるが、テレビや冷蔵庫はなく、昔ながらの暮らしや風習が色濃く残っている。村人は土着の精霊信仰と仏教を信仰していて、いつも宗教リーダーの次男のタナカさんから、暮らしや価値観などいろいろなことを教えてもらった。ちなみに、日本人みたいな「タナカ」という名前は、カレン語で「小柄」という意味らしい。

 その日は、私を村に連れて行ってくれた日本人の先生が、東京の大学とタナカさんとをZOOMで繋いで講義をするという、コロナ禍ならではの用事があった。谷間にある村までは携帯電話の電波が届かないが、村人の畑で「True」というタイの電話会社の電波が拾えるはずだった。

 ところが、あいにくの雨模様となり、畑まで舗装されていない山道を行くのは大変だということで、Wi-Fiのある近所の商店まで車で行くことになった。

 近所と言っても、山道を30分は下る。田んぼが広がる北タイ人の集落の一角にその店はあった。「なんでも屋さん」と呼ばれていて、日用品のほとんどは揃っている。

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 店に入ると、人懐っこい犬と猫と鶏が迎えてくれた。店主はガイさんという30代くらいの元気のよい女性で、両親と3人で店を営んでいる。

 ガイさんは、困っている人には後払いでもいいよと言っちゃうような優しい人で、おかげで店は近所の村人たちから絶大な信頼を得ていた。タナカさんのカレンの村も、その「近所」の範囲である。

 一見したところ、タイの田舎によくあるタイプの商店だが、入り口付近には村人が持ち込む旬の野菜や魚など土地の食材が並んでいる。コンビニでも売られている袋菓子のそばには、少ないお小遣いでも満足できる量のクッキーやキャンディを詰めた、1袋5バーツの小さなビニール袋が子供の目の高さにぶら下がっている。奥には、石鹸や歯ブラシ、シャンプー、洗剤、ライター、文房具などが無造作に並んでいて、その上に猫が寝ていた。

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 お店の壁は、ガイさんがピンクやグリーンのペンキでカラフルに塗り直したばかりで、めっぽう明るい。商店の横にテーブルとイスを置いた、ささやかな憩いのスペースの壁には、絵心のあるカレンの知り合いが描いてくれたという鶏や人の絵がおどっていた。

 ガイさんは誰にでも店のWi-Fiの暗証番号を教えてくれるので、電波が届かない村の人たちが毎日やってくる。はっと気づくと、タナカさんの姪っ子が友達とスマホをのぞき込んでいた。あれ? この人もあの人も、気が付くと知った顔の村人がたくさん来ていて、なんだかまだ村にいるみたいだ。みんなはここで流行りの歌をダウンロードするらしい。そういえば、田植えの時も稲刈りの時も、若い人はイヤホンをして音楽を聴きながら作業をしていた。

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 心優しいガイさんは、動物たちのこともそれは可愛がっているようで、犬も猫もよく懐いていた。なかでも「ジョイ」と名付けられた鶏は、ガイさんが商品の補充で裏に回ると、トコトコ後をついていく。その様子がなんともいじらしい。ちなみに、ガイさんの「ガイ」とは、鶏という意味だ。

 ZOOMでの講義が無事に終わった後も、わたしたちは店でお茶を飲んだり、買い物をしたりしてくつろいでいた。学校帰りの子供たちや仕事帰りの人たちの買い物ラッシュもひと段落着いたころ、何がきっかけだったか忘れたが、鶏のジョイが宝くじの当選番号を当てられる、という話になった。そもそもしゃべることができない鶏が、一体どうやって番号を伝えるのだろう。ガイさんにその方法を聞いてみると、実際にやってみせてくれるという。  

 ガイさんは、白い紙を小さく切ってそれぞれに番号を書き込んだら、くるくるっと丸めた。棒状にまるまった紙を鶏ジョイの前にぱらっとまき、「ひとつ、つまみなさい」と声をかける。一瞬、どこかに行きそうになるジョイに、ガイさんは根気よく話しかける。ついにジョイは1本くわえて、ぽいっと離すと、「クウェー! クウェ、クウェ!」と雄叫びをあげた。

 その誇らし気なことといったら。まるで、ボールをつかんで投げた人間の赤ちゃんが親に褒められて喜んでいるみたいだった。

「もうひとつ!」とタナカさんが言ったが、2つめは気が向かなかったのか、いつまで待ってもついに選ばなかった。

 ジョイが選んだ巻紙をほどくと、そこには9と書かれていた。6とまちがえないように数字の下に線が引いてある。タイには公の宝くじ以外に、信頼のある個人が胴元になった非正規の宝くじがある。安価なので庶民に人気があり、娯楽として黙認されている。私はどちらも賭けたことがなかったが、せっかくの鶏ジョイのお告げを無下にはできないと思い、9の番号に20Bをかけてみることにしたのだった。間髪入れずに、タナカさんも20B札を差し出した。
「なんでも屋さん」でガイさんに鶏ジョイの特技を見せてもらい、ほんわかした気分を胸に、また、もと来た山道を戻った。
    あれから3カ月が経つが、当選の連絡はまだない。

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※おまけの動画です。


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