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豆菓子と愛娘

近所のコーヒー屋さんへ、愛娘を連れて。

その店はチェーン店。

コーヒーを注文すると、いつも小袋に入った豆菓子もついてくる。

それが、その日はない。

豆菓子のサービスやめたのかな?

経費削減的なやつか。

なんでもかんでも高くなったもんな。

まぁいい。

そもそも、別にいらない。

愛娘は特大サイズのかき氷を嬉しそうに食べている。

いい時間だ。

この一瞬のために、僕は生きている。

それでもそろそろ帰ろうかと、席を立ってレジへ。

おや?

他のテーブルにはいつもの豆菓子の袋があるじゃないか。

やられた。

そういえば、あの若いウェイターさんの胸には研修中のバッジがついていた。

しかし、今更どうする?

豆菓子なんて、本当にいらない。

それなのに、このモヤモヤは何だ。

さすがの僕もそんなことで怒ってるわけじゃない。

あくまでもサービスの豆菓子だ。

だけど、どうしても誰かに伝えたい。

何のために?

あの研修中のウェイターさんのため?

お店のため?

本当は食べたかった?

いや、違う。

いいじゃないか、豆菓子くらい。

わかってる、

それくらいわかってるよ。

ひとりの大人として、その言葉を飲み込むべきか。

だけど、僕はそれをどうしても伝えたいと思ってしまった。

それは事実だ。

損得じゃない。

豆菓子がなかったことを、恥ずかしくてお店の人に伝えられない父親。

そんな悲しい結末だけは、どうしても避けたかった。

豆菓子が欲しいわけじゃない。

ただ、自分の気持ちに正直に行動したかった。

愛娘から軽蔑されようと、胸を張って伝えたかった。

それがどれだけ格好悪いセリフでも、だ。


豆菓子なかったんですけど。


言えた。

もう僕は自由だ。

何でも言える。

何処にでも行ける。

ついに、翼を授かったんだ。

レジの人からは、軽い謝罪の言葉。

僕の手には豆菓子。

隣には、うつむく思春期の愛娘。

帰りの車の中、

ポリポリと

父親の威厳が崩れる音がした。

この豆菓子

こんなに

しょっぱかったっけ?

だけど娘よ

聞いてくれ。

人は

選択を誤ることもある。

大切なのはそこから

何を学ぶかなんだよ。

覚えておくといい。

たとえ

自分が正しくても

言っちゃいけないこともあるんだ。




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