見出し画像

06 U-r-0083の収容記録

前作:「05 U-r-0083の収容記録」


「この浮気者」
「浮気はしてませんっ!」
 翌朝早々、私は0083部署のみんなに昨夜アーティファクトに遭遇したことを報告する。隣には刻浦さんもいる。
「raider性質のアーティファクトに初遭遇して被害を押さえ込んだのだから大したものだよ」
「それは知ってますぅ。じゃなくて! 私の星川さんなのに! 何ちゃっかり気に入られてるわけ!? 信じらんない!」
『あら、いつ貴方の物になったのかしら? 三千と百年前からわたくしの可愛い娘なのだけれど?』
「ああんもうっ」
私を取り合うんじゃない! 刻浦さんはまあまあ、と暗闇さんを宥める。
「r-0120はr-0033のような無機物系のアーティファクトじゃない。0083、君のようにある程度意思疎通が可能だ。だから星川くんにしばらく調査に当たってもらうのは妥当な判断だよ。自ら素性を話してくれるならこれ以上のことはない」
「だからそれが浮気だって言ってんの!」
「も〜! 子供じゃないんですから聞き分けてください暗闇さん!」
「やだ」
「もう!」
「痴話喧嘩?」
「痴話喧嘩ね……」
佐井登さんと雨江嶋さんは私と暗闇さんを見て呆れている。
「星川くんの魔術訓練を疎かには出来ない上に緊急性の高い調査が増えたんだ。そこに君の作業も足すとなるとさすがにこの子過労で倒れるよ」
暗闇さんは椅子の上で膝を立ててむくれている。
「業務外では会いますから、機嫌直してください暗闇さん」
「……むぅ」
納得はしてないけど承諾はしてくれたようだ。私は胸を撫で下ろす。
「予定通り星川くんは朝食後、0120の作業へ向かって。私は先に0120の様子を見てくるから」
「はい、わかりました。暗闇さん、朝ごはん一緒に食べましょう」
「……うん」

 部署のメンバーでテーブルを囲み朝食を口に運ぶ。今日は和定食にした。何だかお味噌汁飲みたくて。
「星川さん……アーティファクトにモテモテね……」
「そうですね……」
会社的にはいいことかもしれないけど嬉しくないです。
「私の星川さんなのに」
「あーもう。そうですぅ、暗闇さんの星川さんですぅ」
『まあ』
「むぅー」
「子供かっつの」
「だって……」
「ナイルさん、ご飯冷めちゃいますよー」
「むー」
暗闇さんは私と同じ定食を頼んでいた。ようやく箸を持って口に運ぶ。
「あら、お箸上手ですね暗闇さん」
「君たちが使ってるの見てるし。……これ何?」
「福神漬けです。大根ですよ」
「ふうん」
暗闇さんはポリポリといい音を立てて漬物を食べる。
「……ピクルスっぽい」
「漬物だから似てるんじゃないですかね? 和食食べたことなかったですっけ?」
「ないよ、基本ここの魔改造欧米料理だもの。地元料理たまには食べたいけど無茶があるし」
「地元……と言うとエジプト料理?」
「うん、まあエジプト国としてはとっくにないんだけどさ」
「エジプトの辺りって今何領ですっけ?」
「何だったか……。ええと、ギリシャ領だな」
「あら、ギリシャに吸収されちゃったんですね」
「ナイル川も随分形変わっちゃったしなぁ……。あーあ、麗しのIteru……」
「……ナイルのいたエジプトって何年だ?」
「紀元前に決まってるでしょ。古代エジプトだもの」
加奈河さんはこっそりバインダーを膝の上に広げる。暗闇さんの口が軽い内に作業する気だ……。
「太陽暦は使ってたのか?」
「使ってたよ。ヒエログリフもとっくに成立してたし。……書き物は机の上でしなよ加奈河」
「げ」
「情報小出しにしてれば君たちも退屈しないだろうと思ってたけどいいや。ぺらぺらっと喋るから勝手にメモして」
「はいはい、そりゃどうも」
加奈河さんはお盆をよけてバインダーを机に置く。
「王様だったんだよな」
「ファラオね。ただの王じゃないよ、神の化身で王だったんだから扱い間違えないで」
「へえへえすみませんファラオ。ファラオとしての名前は?」
「それは秘密。仮に知ったとして調べても出て来ないんじゃないかな。資料が欠けてるって聞いたし」
「肝心なところ喋らねえなお前」
「ミステリーは残しておきたいからねー」
「もう一回聞くが、紀元前何年頃のファラオだったんだ?」
「自分で調べた限りでは紀元前三千年から二千五百年のどこかだね。細かいところは覚えてないし知らない」
「……自分で調べた?」
「この体になってからね」
「ん? つまりファラオ時代とは肉体が別なんですか?」
「別だよ。本来なら元の体で復活するはずだったのに墓を荒らされたかなんかで別の肉体で転生したんだ。全くふざけやがって。だから盗っ人は好きじゃないんだ」
「ま、待て待て。転生? ってことは今喋ったのは前世の記憶か?」
「そうだよ。びっくりしたよ、気付いたら見知らぬ姿の子供なんだもの」
「生まれ変わりって本当にあるんですね!?」
「まあね。て言うか私たちの文明はそれに命掛けてたし成功して当たり前なんだけど。復活の形としては不完全だよ」
「あらぁ、暗闇さんお可哀想に」
「お可哀想でしょ? まあ星川さんに会えたから悪い人生じゃないけどさ」
私は箸を置いて暗闇さんの頭を撫でる。彼は満足そうに微笑んだ。
「それで今日の作業分にはなったでしょ加奈河?」
「え? ああ、まあな」
「じゃあ午前中くらい星川さんにくっついて行動しても問題ないよねー?」
「お前……最初からそのつもりか」
「ちゃっかりしてますね……王……」
「私は計算なしで口滑らせたりしないよ。ね、いいでしょ星川さん?」
「仕方ないですねえ」
「やったぁ」

 朝食後、始業前に私は思いつきでおむすびと緑茶を厨房で作ってもらいお盆に載せて廊下を歩いている。隣にはもちろん暗闇さん。
「ねえーなんでわざわざ食事なんて持って行くのさ」
「見慣れた食事が出てきたら気分が落ち着くんじゃないかと思って。暗闇さんだって昔懐かしい故郷の料理が出て来たら悪い気しないでしょ?」
「そりゃまあ」
0120が収容された部屋の前に差し掛かると刻浦さんや太刀駒さん、イーグルさんに機葉さん。そして五人くらいの警備部隊の姿が目に入る。マジックミラー越しにみんな難しい顔をしている。うわ、委員半分近く揃ってる……。
「おはようございます」
「ああ、星川くんいいところに」
「星川さんおはよう〜!」
「おはよう。今日も可愛いわね、ラッキースター」
「あ、ありがとうございます。暗闇さんがどうしてもと言うので一緒に来ました」
「そうなるだろうなとは思っていたよ」
「えっと、いいところにってどうしたんですか?」
「目覚めた0120が部屋で暴れててね。手が付けられないんだ」
「えっ!?」
私はお盆を目の前の警備員に押し付けマジックミラーを覗く。椿折さんは部屋の中でめちゃくちゃに刀を振り回していた。特殊な壁なのでアーティファクト相手にもびくともしないはずなのに壁は傷だらけだ。
「■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」
「ひいー!」
あまりの剣幕に私は体の芯から震え上がる。
「うわ、あれダメだ。まともな意思疎通は無理だよ」
「気が動転してるだけですよね!?」
「違うよ。人じゃない奴が人の真似を覚えたんだか人が人じゃなくなったんだか知らないけど、“こっち側”の言葉を使ってる時点で精神振り切れてるよ」
「きょえ……」
「私みたいに人間と交流可能でわざとはぐらかしてるのとは根本的に質が違う。馴れ合いは無理と思って接した方がいい。つまりほどほどにね」
「わ、かりました。あの! これ中に私の声届けられませんか!?」
「マイクあるよ〜」
「ありがとうございます!」
太刀駒さんから奪うようにマイクを受け取りスイッチを入れる。
「椿折さん!」
私の声を聞いて彼はピタッと動作を止める。
「ふむ、やはりね」
「私たちじゃ反応すらしなかったの」
「げえ、最悪。モブと星川さんの区別はついてるってこと?」
「椿折さん、おはようございます! あの、今部屋の前にいるので入りますね!」
r-0120は音源を探して天井を見回している。警備員からおむすびのお盆を受け取り扉を開けてもらう。ひい、部屋中刀傷だらけ。
「お、はようございます。朝ごはんどうですか?」
緊張しながら部屋に入る。椿折さんは私を見ると刀を置いて土下座した。
「姫、申し訳御座いませぬ!」
「え!? あ、あの! 星川です! 姫ではなく!」
「姫の言いつけを守らなかった此の長岡をどうか御許しくださいませ」
「……長岡さんって言うんですね?」
頭を下げている彼の目の前に座り、側へ盆を置く。私の言葉に椿折さん、もとい長岡さんは顔を上げた。
「まさか此の長岡の事を御忘れで……?」
「わ、忘れてませんよ! 昨日会ったばかりじゃないですか! あ、朝ごはん用意したんですよ。おむすび、どうですか?」
「何と、姫自ら持って来てくださるとは……かたじけない。頂きまする」
ダメだ、どうも彼の中では私イコール思い出のお姫様らしい。マジックミラーの方を振り返る。多分、引き出した情報を委員と暗闇さんがこの場で調べてると思うんだけど……。長岡さんはおむすびをもぐもぐしている。ご飯食べられるんだ……頭ないのに……。
「……お味どうですか?」
「美味でする。焼き鮭が入っているとは豪勢でありまするな」
「口に合ったのならよかった」
「其れにしても、某が居ない間に随分城の中が変わりましたな?」
「え? あ、え〜っと、そうね」
ここ貴方の住んでたお城じゃないですぅ、とは言えない。勘違いはしてるけどお城の中と思えば酷く暴れないだろう。……いや、さっきまで暴れてたっけ。
(うーん)
『わたくしの可愛い娘に仕えると言うなら赦してあげても好くてよ?』
(あら、クイーンは賛成ですか?)
『女帝の方が嬉しいわ、愛しい子』
(あ、はい。女帝さま)
『好い子。そうね、ナイルだの刻浦だの言う輩よりは余程貴女に忠実でしょう。好いでしょう、仕えることを赦します』
(よかったですね椿折さん……。いや、よくないですよね!? それって私の周りうろうろするの許可することになりません!?)
『この男はそのつもりでしょう』
(困ります! 暗闇さんで手一杯なのに!)
『あら、あの天の邪鬼よりこの男の方が余程扱いやすいわ。堂々と王女らしく振る舞いなさい。この者も立派な兵として振舞うでしょう』
(そんなー!)
「……姫?」
「えっ? ああ、すみませんぼうっとして!」
「何処か具合でも悪う御座いますか? 医者を御呼び致しますか?」
「だ、大丈夫! 考えごとしてただけ!」
「左様で御座いまするか。……む、もしや」
「え、な、何ですか?」
「また許婚殿の事で御悩みに?」
「えっ!?」
そう言う絶妙な現実との被り困るんですけど! 暗闇さん許婚じゃないけどちょっといい関係だし!
「べ、別にそう言うことは! ないです……」
「全く、某に隠し事は出来ませぬぞと申し上げましたでしょうに」
(この人鋭いんだか現実見えてないんだかわかんない……)
「本当に何でもないの」
「……仰いたくないなら無理には聞きませぬが、溜め込む前にこの長岡に御話しくださいませ。宜しいですね?」
「え、えーっと……はい、そうします」
長岡さん歳の離れたお兄さんみたいなこと言う……。ん? もしかして本当にお姫様との関係がそんな感じだったのかしら? ええと、時代劇だと何て言ったっけ。うば……乳母兄弟?
「あの、長岡さん」
「は」
「お姫様と長岡さんの関係って乳母兄弟、とかですか?」
「姫!? まさか御自分の事まで御忘れに!?」
長岡さんは焦って私の肩を掴む。
「えっ!? ええとだから私は姫じゃなくて……」
『この男に正常な認識を持たせるのは不可能です。お止しなさい、不毛ですよ』
「でも勘違いしたままじゃ……」
「■姫は某と■■■■■■ではありませぬか! 殿も奥方も其れは■■■■■■■■■■……」
だ、ダメだ半分以上理解出来ない……。
『ですから、お止しなさいと言ったでしょう? 顔を伺うより主として振る舞った方がこの者は制御出来ます』
(うう、女帝さまの言う通りかも……)
「■■■■……■■■■…■■」
「長岡!」
ぶつぶつ呟きながら自分の世界に入ってしまった長岡さんに呼びかけると彼はびくっと体を硬直させた。
「少し興奮しすぎですよ」
「も、申し訳御座いません……」
長岡さんは私の肩から手を離した。
「ほら、お茶が冷めますよ」
「は、はい」
私は一旦外の職員と話そうと考え立ち上がる。あと正座そろそろつらい。
「長岡、しばらくゆっくりしていなさい。用があれば呼びます」
「は、畏まりました」
長岡さんは座ったまま私に頭を下げた。カードキーを使ってそそくさと外に出る。刻浦さんたちは立ち位置を変えず見ていたようだ。
「あ〜……緊張した」
「姫っぽい言い回し上手じゃない」
「休日とかに資料室の時代劇とか借りて見てたんですけど役に立ちました……」
「資料室ちゃんと使ってるなんて偉いじゃない星川さ〜ん!」
「うーん、目的としては暇つぶしだったんですけど……」
「暇つぶしがてら資料を頭に入れられるように工夫してあるんだよ。年齢に関係なく古いドラマや劇が好きな人間は一定数いるからね」
「ああ、じゃあその目論見が上手く適用されたんですね私……」
「星川さんお疲れ様」
「ありがとうございます。長岡って名前はわかったんですが、どこの誰だか特定出来ました?」
「さすがに城に勤めていた武士のナガオカだけで個人の特定は出来ないけれど、0083が昨日の報告書を読んである程度推察出来たようだからそちらを話し合っていたよ」
「暗闇さん何か心当たりがあったんですか?」
「私も暇でアーカイブには目を通していたからね。日本の怪談とか読んでたんだよ。で、多分これかなと」
暗闇さんは誰かに借りたタブレットを見せてくれる。絵巻物、だっけ? 古い紙に縦書きの文章と絵が添えてある……。
「辻斬り?」
「日本の古近世、江戸時代に多く見られた怪異だよ。大体は人がやった事件だけど一部“本物”が混ざっててね。0120、自称ナガオカはこれでしょう」
「残ってた一部の資料と手口が似てるんだよね〜。夜道に現れて声を掛け、相手が背中を向けるとバッサリ斬るって言うー」
それを聞いて私は思わず固まる。
「……昨日、長岡さんに背中向けてたら私死んでたんですか?」
「その可能性はあったね」
「うわ……」
考えたくない。
「さて、ある程度情報は引き出したから所長に報告をしてこようか」
「そうだね〜! 今日忙しくなるよ〜!」
「はあ、やだやだ」
「本当にね〜!」
委員たちは溜め息をつく。太刀駒さん声のトーンは高いけど半泣きみたいな顔してる。こんな時でも面白いのこの人……。
「お疲れ様です……」
「あら、人事(ひとごと)じゃないのよ?」
「え?」
「うん、そうだね。マニュアル新規作成しないといけないから君も我々と仕事だよ」
「えーっ!」
私と暗闇さんが同時に叫ぶ。
「まさか半日、いや一日お姫様役ですか!?」
「一日で収まればいい方だね」
「うげーっ!」
思わず上品さから程遠い声を出してしまった。
「やだ私の星川さん連れて行かないで!」
「無理を言わないでください0083。ラッキースターが居ないと0120の制御は難しいのは見てわかったでしょう?」
暗闇さんは私を抱き寄せる。
「やだ! それこそ彼女過労で倒れちゃうよ! 程々を要求する!!」
「星川くんが辛そうと判断したら都度休憩入れるよ」
「……わかりました、今日一日死ぬ気で頑張ります」
「星川さん既に目が死んでるよ!?」
「ただし要求があります」
「何だい?」
「暗闇さんも一日中私のそばに置いてください。愚痴をこぼせる相手がいないとメンタル死にます」
「星川さん……!」
「……どうする?」
刻浦さんはちらっと太刀駒さん、機場さんイーグルさんに目配せをする。
「まあ、いいでしょう」
「構わないよー。警備部隊も引き連れての行動になるけどねっ」
イーグルさんも親指を立てる。
「やったぁ! 私の星川さんさすが!」
「今回は“私の”暗闇さんです。嫌って言っても連れ回しますよ」
その言葉を聞くと私に抱きついていた暗闇さんはさっと体を離す。顔が赤い。
「何ですか?」
「ふ、不覚にもときめいた……」
「あら」
『この天の邪鬼もある程度振り回した方が言う事を聞きそうね?』
(そうですね、今後はそうしようかしら)


「とまあ」
「そう言う訳で」
 始業直後。私と暗闇さんと刻浦さんで0083部署のみんなに説明をした。マニュアル作成の仕事のことも正式に話して、今日から本格的に私を採用するしかなくなったと。
「報告書が終わったら残りの書類、それでも時間が余ったら早上がりしていいよ」
「やったー!」
「では……王も今日はオフですか……?」
「いや、星川さんの補佐だから仕事と言えば仕事」
「なるほど……」
「サポーターよろしくお願いします暗闇さん」
「まっかせて」
「では行こうか」
「はい」
「いってらっしゃーい!」
「いってきまーす」

 0083部署から遠ざかり三人で廊下を進むと刻浦さんがちらりと腕時計を確認する。
「星川くん、0083と先に0120の部屋の前で待機しててくれるかい?」
「え、はい。わかりました」
「もう一箇所連絡を入れないといけなくてね」
(ああ、監査の方かな)
「わかりました、先に戻ります」
「ありがとう。悪いね」
刻浦さんはたったと走って廊下を曲がり見えなくなってしまった。私は息をついて歩き出す。
「刻浦はどこ行ったの?」
「別部署に報告行ったんだと思います」
「ああ、監査か」
「お気付きでした?」
「うん、加奈河が監査だからそうだろうなって」
「あ、そっちもお気付きで」
「加奈河分かりやすいから。抜けてるし」
「うっかりなところを見られちゃったんですね加奈河さん……」
「ちょろいよね全く」
 0120の収容部屋に戻るとイーグルさんと警備部隊が待機していた。軽く頭を下げて合流する。
「刻浦さんは後から来ます」
イーグルさんはオッケーと右手で示す。
「しかし相変わらず新入りの時は物々しいね。番号増えたの久しぶりじゃない?」
イーグルさんはぱっぱと手を動かす。うーん、相変わらずハンドサイン速くてわからない。
「だよね」
「イーグルさんは何と?」
「“数少ないraiderな上に番号の更新も半年振り”だそうだよ」
「半年前ってことは新卒の私たちが来るほんの少し前ですね。新規の収容って普段はどうしてるんですか?」
イーグルさんはまた手早くハンドサインを作る。
「“外でアーティファクトを専門に狩ってる連中がいてそいつらから買う”らしいよ。へえ、そう言う仕組みなんだこの会社」
「外注なんですね」
イーグルさんは何か言葉を追加する。
「“捕獲に特化した奴らに任せるのが一番安全”なんだって」
「なるほど、専門の業者と専門の収容施設って関係なんですね」
話を反芻しながら、私は言葉を続ける。
「さすがに百二十体全部頭に入ってないんですが、raiderって暗闇さんとハサミと長岡さんくらいしかいませんよね?」
「片手に収まる範囲しかいないよ。それがどうかした?」
「いえ、raiderが極端に少ないの何でだろうと思って」
「それは簡単だよ星川さん。名前の通り移動者だもの。勝手に入って来れたら勝手に出て行けるでしょ?」
「え? そう言う理由?」
「0033と自称ナガオカは捕獲にたまたま成功したパターン。それ以外は遭遇しても捕獲出来ずに放逐。私は暇つぶしに玄関から入って来た変わり者」
「そ、そんなに堂々と入って来たんですか?」
「まあね」
「大胆ですね暗闇さん」
「面白かったよ当時の慌てる職員たち」
「全くもう」
話していると刻浦さんたちが戻って来る。太刀駒さんは総務の伊志田さんや他のマニュアル作成班も連れて来た。ああ、これからマニュアル作るんだなぁと実感して私は遠い目をする。
「さて、星川くんは初めてだから改めて説明をするよ。これから0120を連れて実験棟に向かう」
「実験棟……」
駿未さんのいるコンクリスペースにあったな、と思い出す。メモを取るため私はタブレットに刻浦さんの説明を打ち込む。
「今回は一番広い実験室Aを使う。それで、彼の戦闘能力を測る。脱走時どのくらい被害が出るかの予想を出すためにね」
刻浦さんの顔を見つつ頷く。
「動きを見ながら並行して0120の素性を詳しく調べる。今回は0083がある程度割り出したからより細かい調査だ。で、それを円滑に行うために星川くんには適宜0120へ指示を出してもらう」
「彼のご主人様になりきって、ですね?」
「そう。今回は0083も側に置くけど基本は直接の上司の私が星川くんをサポート。残りのメンバーは調査しながらマニュアルを即座に作成していく。わからないことがあったら星川くんは都度私に聞いて」
「わかりました」
「うん、では移動させようか。警備部隊はすぐ武器を構えられるようにして」
緊迫した雰囲気になる。私は深呼吸をして、マイクを取る。
「長岡、入りますよ」
毅然とした振る舞いで足を踏み入れる。長岡さんはお辞儀をして私を待っていて、ややあって頭を上げた。私は彼の正面に一度座る。
「長岡、よく聞いてちょうだいね」
「は」
「貴方久方ぶりに城へ戻って来たでしょう? 城の中も案内(あない)したいし、腕がどのくらい立つか他の者が見たいと言うの。だからこれから稽古場へ向かいます」
「稽古場で御座いますか」
「そうです」
マジックミラー越しに私たちのやりとりを見た暗闇さんは感心している。
「すごい、お姫様になり切ってる」
「思ったより演技が上手いみたいだね星川くん。いいね、その調子だ」
「私と父上にお仕えしている方々と皆で稽古場に向かいます。よいですね?」
「は、畏まりました」
「では共に参りましょう」
長岡さんは言うことを聞いて難なく部屋を出て来る。私は周りの人たちを手の平で示して彼に紹介をした。
「貴方がいない間に新たに加わった方々です。先ほども言いましたが父上の配下ですから無礼のないように。いいですね?」
「は、宜しく御願いします。皆様方」
「よろしくお願いします」
私は先導して長岡さんを連れて行こうとするが、暗闇さんが静かにそれを片手で制する。
(どうしたんですか?)
(ちょっと試したいことがあるから待って)
(わかりました)
「星川さん、彼のこと見たまま立ってて」
「はい」
暗闇さんは声を落として私に指示を出した。言われた通り長岡さんの前に立って彼を見上げる。暗闇さんは長岡さんの耳元で指を鳴らした。長岡さんは……反応しない。暗闇さんはさらに両手を使って長岡さんの頭の周りで指を鳴らしたり、私の後ろに立って長岡さんに背中を向けたが……彼は一切反応を示さなかった。刻浦さんや他の人たちはその様子を見てメモを取る。
「不思議だな。何も聞こえていないみたいに見える」
「見えてないし聞こえてないんだよ」
「ほう、詳しく聞こう」
「こいつ、少なくとも星川さんが近くにいる場合は意識がそっちに行っちゃって他のことはわかってない。他のアーティファクトにもこう言う奴いるんだ、見たいものと聞きたいことしか頭に入らない奴。珍しい話じゃない」
「普段の凶行も同じ理屈で動いているんですかね?」
「多分そう。きっと自分で話しかけた相手しか見えてないし目の前の光景を都合のいいようにしか解釈してない。背中を向けてる人間全てに斬りかかるわけじゃないと思うよ。予想だけどね」
「その予想だけでも随分な収穫だよ」
話を聞きながら長岡さんを見上げる。この人、こんなになるまで追い詰められてしまったんだ。そう思うと悲しかった。私は微笑んで長岡さんの手を握った。
「ねえ長岡」
「は」
「雪の日のことを覚えていて?」
昨日、彼が錯乱する直前に私が口にした雪の日と言う言葉。彼の思い出の一つだろうと考え聞いてみる。
「嗚呼、懐かしゅう御座いますね。姫がまだ幼い時に……ええと…彼れは……」
「雪の日にほら、こうして手を繋いだでしょう?」
「ええ、ええ。雪遊びに行く前に某の手が冷たいからと姫が温めてくださった……。“雪の日に水を触るからですよ”、と仰って」
(なるほど、それで昨日あんなに反応したのね)
「懐かしいわね」
「はい、懐かしゅう御座います。姫も大きくなられました……。いや、姫は……確か……」
「! 忘れていたわ。稽古場へ行きましょう」
「は」
それ以上何かを思い出させないように私は彼の言葉を遮った。そのまま長岡さんの手を引く。
「こっちですよ長岡」
「姫、そう急がずともちゃんと付いて参りまする」
「だって貴方が道に迷ったら困りますから」
「はは、姫に其の様な事を申されるとは。某も焼きが回りましたかな?」
さっきまでご機嫌だった暗闇さんは歩いている私たちの後ろで不服そうにしている。
「私の星川さんなんですけどぉ」
「まあまあ」
「この様子だと元は人間でしょうか?」
「どうだろうね。0120が人じゃないこっち側の生物だった場合、自分を人間だと思い込みたくて思い出を作ってる可能性もあるよ」
「自分で自分を偽っていると言うことですか?」
「人間だってそう言うことあるでしょ」
「ええ、まあ」
「たまにだけどいるんだよ、こっち側の生き物なのに何故か人間社会で育っちゃった半端な奴。大概は人間と交配しちゃったとか人間に召喚されて使役されたとか。あ、そうかこいつ半分人間半分こっちの可能性もあるな」
「人間とアーティファクトの間に子供が出来るんですか!?」
「ごく稀にね。でも大概きちんと生まれてこないよ。奇形児だったり死産だったりあとは母胎が……」
暗闇さんは言葉を続けようとして刻浦さんをちらりと見た。刻浦さんは不思議そうに暗闇さんを見つめ返す。
「いや、この話はいいや。でも自分を人間と思い込んでるならどこかで話に無理が出るよ。元人間で本当に江戸時代に生きてたなら細かい話聞いても大概答えられるはずだし、そっちから切り込んだ方が賢明じゃない?」
「今アーカイブから江戸時代の資料を集めているよ。“稽古”が終わったら休憩がてら質問しよう」
「そうだね」

 高い天井、打ちっぱなしのコンクリート。実験室Aに入り、長岡さんは周りを見渡す。
「あれまあ随分と広い稽古場が出来たものですね」
「貴方がいない間に色々変わったのよ」
「其の様で御座いますね」
「長岡、これからここで稽古ですが普段とは勝手が違うから気を付けなさい」
「と、仰いますと?」
「ただの的に稽古するのではなく、幻術も使います。妖のような見た目の物も出て来ますから驚かないようにね。いえ、驚いても構いませんが慌てず対処するように。あくまで稽古ですから」
「むむ、妖退治も視野に入れるようになったのですね殿は」
「ええ、そうです。私はあそこ、窓が見えますか? あそこから貴方を見ていますから、安心して」
「はっ、畏まりました」
「では私は上へ向かいますから、いい子にしててね」
「はい」
長岡さんの手を離し、マニュアル班に合流して私は指示部屋に上がる。マイクやスピーカー、色々な機材が揃っている部屋はまるで洋画に出て来る作戦司令室のようだった。
「おおー、すごいですね」
「星川くんは私と窓の方へ。他の者はいつも通り机で作業ね」
「承知しました」
「了解です」
「私は?」
「0083は椅子を持って来て星川くんのすぐ近くに待機」
「りょーかい」
それぞれ配置につく。私と刻浦さんはヘッドセットを着けて長岡さんの様子を窓から伺う。今のところちゃんと大人しくしてるみたい。
「目の前のスイッチで下に声が入るようになっているよ」
「スイッチ入れない限り声は届かないんですね?」
「そうだよ」
「わかりました。ええと、最初はどうするんですか?」
「稽古と称しているからね、人形を出してみよう。星川くんは0120にその旨を伝えて」
「はい」
スイッチを押す。サーと空気が流れる音がして無音になる。
「長岡、聞こえますか?」
長岡さんは首を動かして私の方を見た。
「は、聞こえまする」
「よかった。ええと、これから稽古用の人形を出します。いつも通り動いてちょうだい」
「畏まりました」
スイッチを切る。刻浦さんと頷き合って刻浦さんは別のスイッチを押す。すると床が動いて下から木製の人形が出て来る。魔術部署で使ってるのと同じだ。ってことは自力で動く? 私の予想は当たり、人形たちはのろのろと長岡さんに向かって歩き出す。彼は驚いたのか、左足を半歩下げて刀に手をかけた。私は再びスイッチを入れる。
「姫! こやつら独りでに動いておりまするぞ!?」
「それは絡繰りです。大丈夫よ稽古用ですから。切り伏せてしまっていいの、思いっきりやってみて」
「な、何とも面妖な……」
うーん、この戸惑い方まるで人間みたい。私が近くで見てるせい? しかし人形の一体が長岡さんの横から覆い被さろうとすると彼は素早く動いて人形を一閃、人形の胴体を真っ二つにしてしまった。
「その調子ですよ長岡」
「少しやりにくう御座います!」
と言いつつ、動きに迷いはなく彼は近付いて来る人形を簡単にバラしていく。人形が全て斬り倒されると刻浦さんは私のマイクを切って次の指示を出す。
「もっとわかりやすく襲う人形に変えるからその旨伝えて」
「はい。……長岡、次の人形は先程以上に人のように動きますよ。気を付けてね」
「はっ!」
次の一軍は壁から出て来る。人形たちは手に棍棒を握り長岡さんに襲いかかる。彼は先ほどより滑らかに動き次々に人形を斬り伏せていく。
「すごい」
「今出しているのがCランク職員と同じ動きをする人形だよ。Cランクじゃ抑え込めないようだ。つまり今の時点でKingクラスだね」
「なるほど」
「Bランク相当の人形も立て続けに出そう。彼に伝えて」
「わかりました。……長岡、より強い人形が増えますよ」
「はっ!」
壁に埋め込まれていたシャッターが稼働し、銃火器を持った人形たちが出て来る。
「うわ、強そうですね」
「Bランクだからね。魔術士もいるよ」
確かに杖を持った人形もいる。
「人形が魔術使えるんですか?」
「いや? 一定の魔術を体に仕込んであってまるで自分で打ち出してるように振舞うだけ」
「ああ、そうなんですね」
人形たちは容赦無く長岡さんに発砲する。しかし彼は何と飛んで来る銃弾を刀で斬り落とした。
「ひえ、何あれ」
「おっと、意外。太刀駒くん見て」
「どうしたの〜? うわ! すごいねあれ! 映画みたい!」
「Bランクと対等に渡り合ってるよ。いや、これだとBランクも負けるかな?」
「長岡さんとんでもない強さですね……」
「辻斬りって異様に腕の立つ侍か人斬り大好き侍がなるらしいけど、0120は前者だね」
「詳しいですね暗闇さん」
「アーカイブの受け売りだよ」
長岡さんは私たちが喋る間も銃弾を斬り続け、弾切れを起こした人形が装填に気を取られた瞬間懐に踏み込んで首を飛ばした。
「おっ」
「おお」
「わあ」
彼は銃相手の感覚を掴んだのか銃弾を弾きながら距離を詰める方針に切り替え、Bランク相当の人形たちも次々に倒してしまう。魔術士には手こずっていたが銃持ちの人形を盾にして結局は全て倒してしまった。
「Aランクも投入するよ」
「はい。長岡、そのまま続けて。さらに強いものを出します」
「承知!」
壁が再び動いてさっきと似たような人形たちが出て来る。
「さすがに長岡さん疲れて来ましたかね?」
「疲れてくれないとこちらとしては困るんだよ。実際の鎮圧もこんな感じだからね」
「そうですよね……」
部屋に転がっている人形たちを見る。もしこれが実際の騒ぎだったら、百人は軽く死んでいる。
「死んだのが人間だったらと思うと、ぞっとしますね」
「そうだね。だからこそ工夫して対策しているんだよ」
Aランク相当の人形たちは連携して防御と攻撃を繰り返し長岡さんを追い詰めていく。
「押されてますね」
「そのようだね。Aceクラスで確定だな」
刻浦さんはタブレットに戦闘経過を書き込んでいく。
「姫、そろそろ辛う御座いまするっ……!」
「わかったわ、ではそこまで!」
刻浦さんが操作盤をいじり、人形たちの動きが止まる。彼らは歩いてシャッターの向こうに帰って行った。長岡さんは膝をついて肩で息をしている。
「長岡、大丈夫ですか?」
「いや、久し振りに、こんなに動きました……」
「そのまま休憩していて。私はええと、他の者と貴方の稽古の結果を詳しく査定しますから」
「は、畏まりました……」
長岡さんは壁に寄りかかって座り込む。ヘッドセットを置いて私や刻浦さんは後ろで作業していたメンバーに戦闘結果を持っていく。太刀駒さんを筆頭にメンバーは動いていて、大きな画面には書きかけのマニュアルが映し出されていた。
「すごい。もうこれだけ書いたんですか?」
「テンプレートがあるからそこへ情報を追加するだけだよ」
刻浦さんは机にタブレットを置くと、入力した画面を指で弾いて大きな画面に挿入する。マニュアルは勝手にデータを読み込んで情報を自らに加えていく。
「おお〜、優秀なAIですね」
「専用のAIだからね。さて、Aceクラスと言うことは判明したから次は素性だ。どの辺りまで絞れた?」
「江戸時代に全国で城に仕えていたナガオカ姓の武士はざっとこのくらいです」
アーティファクト管理部門の珠川(たまがわ)さんが大画面に資料を提示する。古い地図と共に掲示された文字は細かくやたらに長い。
「こんなにいるんですか!?」
「江戸時代は西暦1603年から1868年まで。265年続いた統治の末解体された武家政権です。地域が絞れていないのでヒットするだけ全て上げるとこうなります。加えて同じ名前を代々継いでいる家系もあるため個人の特定は難しいです」
「や、やっぱり本人に話を聞いた方がいいですね」
「少なくとも地域と年代は絞らないと辛いだろうね。いっそ本人にフルネームを聞くのも手だが、トラウマを刺激する可能性もある。質問は慎重に行こう」
「は、はい」
 ヘッドセットをつけた私と刻浦さんの二人で下に降り、長岡さんに近付く。彼は膝を立てて座っていて眠っているようにも見えた。
「長岡、大丈夫ですか?」
「む、姫。多少疲れましたが大丈夫で御座います」
「よかった。別室に移動しますから一緒に来て」
「は」
立つのを促すと長岡さんは私の手を使わずに立ち上がる。彼の動きを封じる意味も込めて私は彼の右手を握って次の実験室に移動する。長岡さんには見えないところで他のマニュアル班も移動する。

 実験棟の別室、面談室のような小さな部屋。次は長岡さんと対面しながら事情を聞いていく。基本的には画面の写真や映像を見せながら質問、答えられれば次へと言う順序だ。この部屋にはマジックミラーがあり、他のマニュアル班と暗闇さんはそちらに待機している。つまり、取調室だ。
(こんな部屋もあったんだ……)
私と刻浦さんはうっかり長岡さんに斬られないように円卓で向かい合わせに座り、間に長岡さんを座らせる。椅子は初めてだったのか若干戸惑っていたが座ることには成功した。壁掛けの画面に刻浦さんが城の写真を映すと、長岡さんは不思議そうに画面を見た。
「窓でもないのに景色が……」
「これは外国の技術で写真と言います。絵とは違うのよ。長岡、これからいくつか城の写真を見せます。ええと、城の改築を検討しているの。見たことがあったりよいと思う見た目の城があったら指差してちょうだい」
「改築で御座いますか」
「中はこんな感じだけど外には堀もあるし城の見た目のままなのよ」
「左様で御座いまするか」
堀があると言うのはあながち嘘ではない。この会社は世間からは隔絶された僻地に存在しているため建物の周辺には部外者が簡単に入れないよう、崖や水路などで物理的に隔離しているらしい。と言うのも、私も見たことはないから。この会社に来てから一度も外には出ていないのだ。
「じゃあ、一枚目はどう?」
「美しい城で御座いまするが、見たことは御座いませぬ」
「そう。では次ね」
見せるのは江戸時代に存在していた城の再現写真と実際の写真、そしてAIが精巧に作った存在しない城だ。彼が実際、江戸時代に生きていたなら見慣れた城を選ぶはずなので様々な物をランダムに見せる。長岡さんの口からは綺麗や格好いいと言う感想は出るが、見たことのある景色はないようで十五枚の写真が候補から消えていく。十六枚目、白い壁の小ぢんまりした天守と周囲の景色が写っている写真が出ると長岡さんは画面を指差す。
「どの城も美しく思えまするが、やはり我らの城が一番美しゅう御座いまする」
「ええ、そうよね」
私と刻浦さんはマジックミラーの向こうのメンバーに顔を向ける。ヘッドセットに珠川さんの声が届く。
「越後国古志郡(えちごのくに・こしぐん)長岡の長岡城の再現画像です。築城は1616年。廃城は1868年、江戸時代最後の年まで存在しています」
私はマイクを塞いで小声で刻浦さんに話しかける。
「苗字と城の名前が一緒なんですか?」
「地名だからあり得なくはないよ。苗字は地名を当てることが多いから」
「む? 何か?」
「いいえ、何でもないの」
手元のタブレットに長岡城の資料が送信される。越後国、現在の新潟県だ。再現模型には堀が三つあり、町としては広めだ。目を瞑って長岡さんがいたであろう景色を想像してみる。冬は雪が深く、春には様々な花が芽吹く白い壁のお城。姫に仕えていたであろう彼なら天守から遠くない場所に住んでいたはず。お姫様はまだ幼い。彼女と長岡さんの歳の差はどうだったのだろう? そこまで考え現実に戻ってくる。
「ねえ長岡」
「は」
「雪遊びもしたわよね?」
「ええ、懐かしゅう御座いますね。手足がかじかむまで二人で遊んで奥方に怒られましたな」
「ふふふ、あの時の母上怖かったわ」
「はっはっは某も肝が冷えました」
適当な話題で長岡さんの気を私に向けておいて刻浦さんに目配せをする。刻浦さんは私の意図に気付きマニュアル班に指示を出す。
「築城から廃城までの間、藩主直系の姫君に仕えたことのあるナガオカ姓は?」
「……いません」
「何?」
「姫君に仕えていた武士は何人もいますが“資料では”その中に長岡姓はいません」
「では抹消された人物がいないか探してくれ」
「はい」
刻浦さんは机の上の資料とタブレットをまとめる。
「星川くん、一度彼を部屋に戻そう」
「はい。長岡、話をありがとう。一度部屋に戻りましょう」
「は」
 手を繋いで長岡さんを元の収容部屋に送る。そのまま部屋を出ようとすると、長岡さんに呼び止められる。
「姫」
「なあに?」
「是非、日が暮れる前に灯りをお持ちください」
明かり。彼が常に欲しがっている物だ。きっとお姫様と無関係ではないのだろう。
「ええ、灯りね。わかっていますよ、必ず持ちます」
「……どうかお気を付けて」
「ありがとう。では、また用があったら呼びます。ゆっくり休んでいてね」
「はっ」
部屋を出てすぐ、待機しているマニュアル班に合流する。暗闇さんも本格的に協力したのか全員でタブレットを睨んでいる。
「地味〜! もっとぱっと探せないの!?」
「抹消された記録を探すには地道な手段しかないよ」
「ええと、0120を収容しました。私もお手伝いしますか?」
「お疲れ様。休憩時間までこれから資料室に行ってさらに情報を漁るよ」
「了解しました。ええと、消えた記録ってどう探すんですか?」
「不自然に途切れた血筋を探るんだってさ」
「わ〜大変」
「大変だよ〜!」
……さっきの話も言っといた方がいいよね。
「あの、追加情報なのですが」
「うん」
「長岡さん、私に“日が暮れる前に灯りを持って行け”と言いました。ヒントになりませんか?」
「灯りか……彼の行動の起因だね。その線でも探ろう」
「じゃあ移動しようか〜!」
「はーい」

 資料室のアーカイブから江戸時代長岡藩のデータと長岡藩に仕えた人物の大量の家系図を引っ張り出し、作業机兼大画面に表示する。机をマニュアル作成班で取り巻いているので作戦会議感が半端ない。
「では、改めて情報を整理しよう。Ace-r-0120『辻斬り』、自称ナガオカは江戸時代の越後国古志郡長岡に存在した長岡城にいたと証言している。しかし藩主直系の姫君に仕えた長岡姓の武士はいない。これから長岡姓の家系図と移住記録を探るメンバー、そして記憶が混濁している可能性から長岡姓ではなく藩主直系の姫君に仕えた世話役や側役を洗い出すメンバーに別れよう」
「はい!」
「そして、星川くんは0120と話していて受け取ったニュアンスも含めて体感したことを紙でもタブレットでもいいからまとめて欲しい」
「はい、承知しました」
「では各自作業開始」
刻浦さんの号令で全員作業に別れる。私は暗闇さんと一緒に大画面から離れたところに椅子を置いてまずは彼にだら〜っと寄りかかる。
「お疲れ様星川さん」
「ウェー」
「ああ、もう語彙力も死んだのね」
「……まあそれは冗談なんですけど、本当に疲れました」
「そうだねえ」
「うーん、長岡さんとお姫様の関係性の洗い出しってことですよね私の作業」
「そうだろうね。書く前に私に話してみたらどうかな? 整理しやすいんじゃない?」
「そうします。ええと、まず長岡さんの思い出の中ではお姫様は幼いです。五歳か七歳……大きくても十二歳くらいでしょうか」
「ふむふむ?」
暗闇さんは念のためか私から聞いたことをメモしてくれる。ありがたい……。
「お姫様より長岡さんの方がいくつか年上です。少なくとも三つから五つは違う印象。お姫様には早い段階で許婚がいて、あまり仲が良くなかったのか喧嘩しやすかったのか、逆に仲が良すぎたのか長岡さんによく相談していたようです」
「ふんふん」
「長岡さんとお姫様は幼少期からよく一緒に遊んでいます。遊びに夢中になって母親……つまり藩主の奥様に二人でいっぺんに怒られたことがあると。お姫様との関係は兄と妹の感覚ですね。お互いを大事にしていたけど恋愛感情は感じませんでした」
そこまで話して、私も自分のタブレットにわかったことを入力する。
「あとは……灯りの話ですね。お姫様に夕方になる前に必ず灯りを持っていくように言っていました。暗い場所で何かあったのかな……」
「0120自体は“辻斬り”だから、刃傷沙汰でもあったんじゃないかな?」
私は直感のように鮮明なイメージが湧く。自分の頭で考えたことなのに思わずゾッとした。
「……まさか、長岡さん自分でお姫様を殺してしまった?」
「ありそうだね」
私はタブレットに推測も書いて刻浦さんの元へ戻る。
「大体まとめました」
「ん、ありがとう。画面に出してくれるかな」
「はい」
刻浦さんは私のメモをよく読んでなるほどと頷いた。
「この推測、星川くん自身は事故と故意のどっちだと思う?」
「事故だと思います。だって長岡さんお姫様のこと本当に大事にしていたんです。彼越しに受け取るお姫様の印象は本当に周りの人に愛されている可愛い方なので……」
「そうか。この情報他のメンバーにも共有するよ」
「はい」
刻浦さんは机兼画面をタッチして、向こうで長岡藩の世話役と側役を洗い出しているメンバーに送信する。データを受け取った職員がこちらに向かって了解の意味を込めオッケーサインを出す。刻浦さんはよろしく、と片手を上げた。
「この部屋にはいて欲しいけど、息抜きしてていいよ星川くん」
「ありがとうございます。のんびりしますね〜」
「うん」
私は資料室の一番大きなソファに暗闇さんを座らせ、彼の膝を枕にして寝転ぶ。
「あー、大変」
「お疲れ様」
暗闇さんの顔を下から見上げる。彼はにこりと微笑んだ。
「男の人に膝枕されるのもなかなかいいものですね」
「そう? 私の膝は星川さん専用だけどね」
「贅沢ぅ」
暗闇さんは嬉しそうにしている。そう言えばここのところ一緒に仕事してないもんね。
「嬉しそうですね暗闇さん」
「まあね。久しぶりに仕事中の星川さん見てるし」
「デートの時より嬉しそうに見えます」
「えっ!? さすがにそれはないと思う!」
「ふふ、冗談です。からかいました」
「もぉー星川さんたら」
「いました!」
暗闇さんとの和やかな時間は突如中断された。長岡藩の武士を洗い出していたアーティファクト管理部門の貴橋(たかはし)さんが声を上げ、全員作業を止め中央の机に集まる。貴橋さんは画面に資料を数枚移動させる。
「長岡藩■代目藩主の正室と友人の文通の中におかしな点がありました。この代の藩主は家系図上では男児四人と女児四人がいるのですが、手紙の内容と子供の年齢が合わないんです。ここです」
彼は画面の文章を指差す。
「この手紙は鑑定の結果17XX年に書かれています。手紙の中では数えで六歳の女児について話しているのですが当時の長女の年齢は数えで八歳から九歳、次女は側室の子で同じ八歳から九歳。三女はまだ二歳です。そして、手紙の内容です。星川さんが聞いた通り娘がお付きの子供と雪遊びに夢中になりすぎて城の中で迷子になり困ったと友人にこぼしているんです」
「なるほど」
「まだあります。これも正室の手紙ですが婚前に藩主ではなく別の人物に懸想していたようで友人とその話をしています。その後赤ん坊を生んで……およそ16XX年から17XX年の間の出来事だと思いますが、自分の家で育てたとも書いてあります。藩主との子供、長女より出生が先の子供がいるはずなのに名前すらないんです」
「……異父兄弟か」
「お兄さんと妹の関係ですね!」
「はい。ただ、そうなるとやはり長岡姓ではない。苗字があったかすら怪しいので記憶が混濁しているか自分で記憶を補填したと予想されます」
「この正室の子供がそのまま生きていたら姫君との歳の差は最低五つか六つ……。およそ間違いないだろう。みんな、よくやった」
職員たちは喜びと安堵の表情を浮かべる。私も長岡さん自身の証明が出来てほっとした。
「じゃあ、長岡さんは江戸時代にいた人間なんですね?」
「そうだね」
「人じゃなくなった方のタイプかぁ……そうなるとやっぱり精神まともじゃないよあいつ。星川さんと喋ってる間だけ人間の頃の反応を取り戻してるだけでしょ」
「えっ、でも昨日私を姫様と勘違いする前も受け答えは出来てましたよ? ちゃんと自分の頭で考えて喋ってましたし……」
「うん。それは昨夜星川くんと0120のやり取りを聞いていた本部の職員も確認している」
「いやそれも怪しいよ。そもそも何故こんなに人間がいる施設でピンポイントに星川さんをチョイスしたの?」
「偶然じゃあ……」
「偶然にしては出来すぎてるでしょう」
暗闇さんは刻浦さんと目を合わせた。何だろう?
「最初から星川さんに惹かれてふらっと入って来たんだと思うよ」
「えーと、その根拠は?」
「星川さん、昨日魔術の訓練してるはずでしょ?」
「しましたけど……。あっ、最大出力の魔術を測定するために大きなイグニス撃ちました」
「それだ。炎の気配に惹かれて来たんだよ、あいつ灯りが欲しいんだから」
「わぁ〜私でよかった」
学校と同じチャイムの音色が昼の休憩を知らせる。マニュアル班全員が息をついた。
「休憩後、各自再びここへ集まるように」
「はいっ」
「0083は好きにしたまえ。部署に戻ってもいい」
「やだ。星川さんがまだこの仕事するなら横にいる」
「そうか、わかった」
「じゃ、お昼行こっか星川さん」
「行きましょう〜、お腹ペコペコ〜」
「頑張ったもんねえ」

 みんなでぞろぞろ食堂へ行き、それぞれのテーブルに散っていく。私は暗闇さんと一緒にご飯を買って0083部署と駿未さんがいるテーブルに顔を出す。
「星川さ〜ん! こっちでーす!」
「えーん、午前終わるの早すぎますぅ」
「忙しそうだな」
「いやぁもう、すごいですよ」
「確かにすごいとしか言いようがないね。私となりで寛いでただけだけど」
「と言いつつ暗闇さんも相当協力してくれました。おかげでかなり進みましたよ」
「さすがです……王……」
「そ、それほどでも?」
私に褒められて暗闇さんは照れ臭そうだ。お昼はスパゲッティにした。トマトソース美味しい。私はふと駿未さんを見る。あれ? マニュアル作成班なのに駿未さんは来なかったよね。同じことを思ったのだろう、暗闇さんがハンバーグを口に運びながら駿未さんを睨む。
「君は何で召集されなかったわけ?」
「シフトの問題ですう。今日僕ともう一人しかいないんだもの」
「あれ? 駿未さんの部署四人くらいいませんでしたっけ?」
「一人は休日。もう一人は怪我」
「あらまあお大事に」
「全くお大事にして早く復帰して欲しいよ。そもそもねー、あのチームが全員揃うことなんて滅多にないんだ。だって誰かしら休日になるはずだもの」
「ああ、そうですよね。ちなみに0083部署の方は今朝刻浦さんに説明されてマニュアル作成班のことはご存知です」
「ええっそうなの!? 早く言ってよ加奈河くん!」
「言ったら野暮だろ」
「そんなことないよ!?」
「あ、あと星川これ」
「ん?」
加奈河さんに職員カードを渡される。え、まさか。
「昇級?」
「昇級」
「ぎえー」
新しいカードを確認する。Cプラス!?
「私の査定甘くないですか監査の方!?」
「甘くはない」
「甘くないでしょうねえ……。素手で新しいアーティファクト捕まえたんでしょ?」
「捕まえたのは刻浦さんです! ってほとんど昨日の今日なんですけど昇級!」
「僕の体感なんだけど、CプラスからBマイナスってなかなか上がりにくいからそろそろ落ち着くと思うよ」
「そうだな。俺もそう思う」
「それならいいんですけど……」
「星川さん昇級欲本当にないね」
「ないです」
「もったいないなー」
「こんなに昇級続いたら立勝田(たかだ)さんがまたちょっかい出しに来ますよ」
「芋のことは置いときなよ」
「新卒を芋呼ばわりしないでくださいっ」
 みんなの食事が終わると0083部署のメンバーは早々に席を立つ。
「ん? もう戻るんですか?」
不思議そうな顔をした私に佐井登さんがにんまりした顔を見せる。
「実はですねー、お昼を切り上げる代わりに今日さっと仕事終わらせちゃおうって言う加奈河さんの提案なんです」
「そ。業務後に自由な時間増えた方が楽だろ?」
「なるほど。残り頑張ってくださいね」
「星川さんも頑張ってください! ではー!」
「失礼します……王……」
「いってらっしゃい」
駿未さんと私と暗闇さんが残り、何となく全員で顔を合わせる。
「この三人の組み合わせ珍しい気がします」
「そうかな?」
「そうですー」
「私と星川さんとか私と駿未の組み合わせはあるけど三人は珍しいかもね」
「そうですかねえ?」
「そうですよー」
私たちの間にのんびりとした空気が流れる。私は思い出したことがあって「あ」と口を開く。
「あの、実戦経験のある魔術士見習いって私だけらしいんですけど」
「ん? ああ、そうだね。新卒の魔術部署職員は最初の半年は徹底して研修だから」
「魔術部署の方の話聞いてたら魔術省から引き抜きとか占い師の中途採用とかあるんですよね。魔術士にも戦闘に特化した人いると思うんですけど、そう言う人たちは中途採用しないんですか?」
「あー、即戦力の採用ってこと?」
「はい」
「その話ねえ……ちょっとエグいんだけど大丈夫?」
「やっぱり血生臭いですか?」
「まあね」
「気になるので聞きたいです」
「うーん、じゃあぼかして話すけど。僕らが新卒の頃はまだ採用してたんだよ、戦闘特化の手練れの魔術士も。でもなまじ腕が立つせいで自らアーティファクトに突っ込んで行く人も多くてね。あんまりにもぽこぽこ死んじゃって、結局中途採用は止めたみたい。魔術部署、収容してるアーティファクトの数の割には人数が少ないでしょう?」
「言われてみれば……」
魔術部署の職員は既にいる先輩たちの人数と新卒の数がほぼ同じ。魔術部署に収容されているアーティファクトは十体を越える。新人が来る前は割合的には一体につき2、3人で担当していたことになる。比較的手のかからない暗闇さんを二人で担当していた0083部署と同じ人数と考えると明らかに人数が足りていない。
「ごっそり職員を失った時期があるんだ。人数がいないのはそのせい。魔術が使えるって言うのは確かに魔術士じゃない職員より有利に動けるんだけど、なんて言うかな……何でも出来るゆえに何にでもなってしまったとでも言うかな」
「何にでもなってしまった?」
「……星川さんがショック受けそうだから詳細は言いたくないんだよね」
「嫌な予感がしますけど、聞いておきたいです」
「……その顔は腹を括ってるね。職員の喪失はね、死傷だけじゃなくアーティファクトに取り込まれるってパターンもあるんだよね」
「取り込まれる、ですか」
「色んな意味でね。細かいことは敢えて言わないよ。大体予想付いたでしょう?」
人だったものがアーティファクトになったのか、アーティファクトの一部になってしまったのか。
「星川さんが最近一生懸命仕事してるの見てて、成長してるなって喜ぶ自分と危なっかしいなと思う自分が両方いてね。危険に突っ込むなら突っ込むで、上司やらナイルさんやらに頼って欲しいんだよね正直なところ。僕でもいいんだけど。とにかく他の人と行動を出来るだけ共に、ね」
「心配されてるとは思ってませんでした……。すみません、今後は無鉄砲はやめます」
「うん、そうして。でもね、君が突っ込んでいく気持ちも分かるんだよ。星川さん優しいからさ、人が怪我するの見ていられないんでしょう?」
「はい」
「止めろって言ってるんじゃないんだ。自分も大事にして欲しい、それだけ」
「わかりました」
「うん」
駿未さんは困ったような顔で微笑んだ。一方暗闇さんは何だか不服そうにしている。
「私の言いたいこと全部取られた」
「ヤキモチ焼かないでください暗闇さん」
「妬くよ」
「あら、僕お邪魔かな?」
「邪魔ではないです……」
「いーや邪魔だね」
「それならさっさと退散しよっかなー」
「もー暗闇さん!」
「ふーんだ。もうちょっと構ってください」
「拗ねるか甘えるかどっちかにしてください!」
戯れていると、全体向けの放送が入る。
「職員の呼び出しをします。アーティファクト管理部門、魔術部署職員星川光はU-r-0083と共にA-r-0120の収容室までただちにお越しください。繰り返します。アーティファクト管理部門、魔術部署職員……」
「え? 呼び出し?」
「0120に何かあったのかな」
「暗闇さん行きましょう!」
「あ、僕食器下げとくよ。すぐ行っといで」
「ありがとうございます! お言葉に甘えていってきます!」
暗闇さんの手を掴んで私は食堂を飛び出した。

 私たちが0120の収容部屋の前に着くとイーグルさん含む警備部隊と太刀駒さん、機葉さんと刻浦さんがスタンバイしていた。
「ごめんね! 内線より全体放送の方が確実だと思ったから!」
「いえいえ! 何かありました?」
「うん。まずこの録画を見て欲しい」
タブレットを受け取ると収容室の中での刻浦さんと長岡さんが映っている。
「星川さんがいない間に接触を試みたの? バカだね〜」
「刻浦さん大丈夫だったんですか!?」
「この通りピンピンしているよ。再生するね」
刻浦さんの指示で収容室内の照明が薄暗くなる。刻浦さんの手にはランタン。彼はランタンを掲げ長岡さんに近付く。
「長岡、灯りを持ってきた」
長岡さんは反応しない。
「灯りを持ってるのに反応しない……?」
「うん」
映像の中の刻浦さんはランタンをさらに長岡さんに近付ける。見えていない距離ではないのに長岡さんは一切反応を示さない。
「長岡、灯りだよ」
「………………」
「ギリギリまで暗くして」
「はい」
照明がさらに落とされる。
「長岡」
刻浦さんはその状態でしばらく待ったが長岡さんは反応を一切せず、部屋は明るくなる。刻浦さんはランタンを部屋に置いて出ていく。映像はそこで終わり。タブレットを返すと刻浦さんは頭を傾けて部屋の中を示す。覗くと映像と同じ位置で放置されたランタンと立ち尽くしたままの長岡さんがいた。
「うーん何で動かないんでしょう長岡さん」
「擬似的な夕暮れと闇では反応しないのか、自分から声を掛けない限り相手を認識しないのか判別が付かなくてね。星川くん相手ならまず間違いなく反応するだろうから、その前に0083に私と同じことをやってみてほしい」
「はぁ!? 私!? 人間でやんなよ!」
「君も見た目は人間だろう?」
「いやぁそうだけど根本的に違うでしょ!」
「イーグルくんは声が出せないから警備員の中から一人選んで、そちらの場合も撮影するよ。でもその前に0083、君にお願いしたい」
「人使い、いやアーティファクト使い荒すぎ」
「報酬は出すよ」
「……私と星川さんの休み一日増やしてくれるなら考えてもいい。デートさせろ。星川さん! デートして!」
「いいですよ」
「よし!」
「ではそれで」
「本気〜? 全くもう仕方ないな」
0120部屋の扉が開けられる。ヘッドセットをつけた暗闇さんが部屋に入ってランタンを持つと扉が閉じられる。
「こちら太刀駒、0120収容部屋の照明一段階落としてー」
太刀駒さんは無線でどこかへ指示を出す。本部かな、と思ったけど電気系統をいじってるなら整備部の方かも。部屋が薄暗くなる。長岡さんは今のところ反応しない。
「おい長岡、灯り持って来たぞ」
長岡さんは無反応。
「かーっ、不毛。全く持って不毛でしょこれ。おい刻浦もういいか!?」
「ダメダメ、もっと暗い状態で同じこと言ってみて」
「げえ」
太刀駒さんの指示でさらに部屋は暗くなる。二人とも一応姿は見えている。
「真っ暗にはしないんですか?」
「完全な闇にすると脱走するだろうと言う予想だから、真っ暗にはしないよ」
「ああ、なるほど」
「おい長岡、灯り。私にこんなことさせるなよお前」
長岡さんはやっぱり反応しない。暗闇さんはランタンを長岡さんの顔の前でブラブラさせるが、それすら見えていないようだ。
「ダメっぽい」
「明かり点けて」
暗闇さんが出て、次は警備員が同じことをする。やはり長岡さんは反応しなかったので私の出番となる。出て来た警備員からランタンを受け取ろうとすると刻浦さんに止められる。
「星川くんは今度、0120に一切話しかけず目の前をうろうろしてみて。灯りもなしで」
「え? はい、わかりました」
指示通り無言で0120部屋に入り、長岡さんの前に立つ。長岡さんは微妙に頭を動かした。見えてるみたい。私は彼の顔を見たまま右へ左へ歩いてみる。長岡さんは首を動かして──首から上ないんだけど──私を目で追いかける。マジックミラーの向こう、暗闇さんは刻浦さんにこそりと話しかける。
「反応してる」
「ふむ、やはり星川くんへの認識だけ特別みたいだね」
「やっぱり彼女自身の気配に反応してるんじゃない?」
「そのようだ」
「うわムカつく。私の星川さんなのに」
「まあまあ、感覚としては妹なんだから障害にはならないだろう?」
「兄貴面ってのは恋敵より厄介だよ。場合によっちゃ砦どころか戦車だもの」
「その辺り私はわからないな」
「末っ子でも君は男だし、奥さんが一人っ子じゃわかんないだろうね」
私はある程度反応が見れたのでマジックミラーの方を見る。刻浦さんはマイクを使って私に追加の指示をする。
「星川くん、そのまま声は出さないでね。一段階暗くするよ」
私は頷く。部屋が薄暗くなると、長岡さんはぱっと天井を見上げた。さっきより反応してる。何だろう?
「星川くん、同じように部屋の中を歩いてみて」
ミラーを見て頷いて、長岡さんの周りをチョロチョロしてみる。彼は同じように私を目で追うがさっきより落ち着きがない。
「星川くん、さらに暗くするよ」
さらに暗くなって、私の顔の識別が怪しくなった途端長岡さんは急に動き私を抱き寄せて刀に手をかけた。その状態で彼は動きを止める。
「おっと?」
「ちょっと! 私の星川さん!」
(びっくりした……)
長岡さんの腕の中で体勢を整えしっかり立つ。長岡さん、見えない何かに敵意を向けてる?
「何だあれ、まるで守ってるみたい」
「……なるほど」
「いや一人で納得してないで共有しろ」
刻浦さんは太刀駒さんと顔を合わせる。太刀駒さんもわかったのか肩を竦める。
「ねえってば」
「彼女と一緒に説明するから待って。……星川くん、明るくするよ。彼が反応したら適当に誤魔化して部屋から出て来て」
部屋が明るくなると長岡さんは懐に私がいたので不思議そうに辺りを見回す。
「……?」
「あのね、急に停電になったの」
「ていでん」
「部屋の明かりが消えたの。長岡は私を守ってくれたのね、ありがとう」
「いえ、ええと……左様で御座いましたか。此れは失礼を……」
彼は私から離れて正座をする。私は笠越しに彼の顔を覗き込んで微笑む。
「お腹空いてない?」
「いえ、減っておりませぬ。其れに毎度姫に持って来てくださる訳にもいきませぬので……」
「それは気にしなくていいのよ長岡。奉公人から膳を横取りしているのは私なんですから」
「は、左様で……」
「お腹が空いたら言ってね」
「はい」
「じゃあ、またね。用があったら呼ぶから」
私は部屋から出る。暗闇さんと委員たちが録画した映像をタブレットで見比べている。
「どうですか? 結果」
「星川くんだけ認識が別のようだね。それから、暗くなった時守るような動作をしただろう?」
「はい、守ってくれたみたいです。でも何から?」
「おおよその推測が出来たから太刀駒くんが調べてるけど……どう?」
「ビンゴじゃないかな」
太刀駒さんはタブレットを見せてくれる。えっと……ダメだ、文字が古くて読めない。
「何て書いてあるんですか?」
「これはねー、いわゆる辞表」
「辞表ですか。ええと、どなたの?」
「長岡藩の一人、藩主に仕えていた武士なんだけど突然辞職してるんだよねー」
「突然? 理由なくですか?」
「そう。こう言う突然の解雇って藩主に都合の悪い場合がほとんどなんだ。でね、正室の手紙から女児とお付きの子供に関する記述が消えた時期でもある」
顔から血が引く。
「そ、れって」
「長岡は妹を殺したのではなく、殺された現場に居合わせたか共に殺されてしまったのだろうと言う予測だ」
「そんな!」
「酷いよね。でも星川さん、冷静に考えてご覧。正室に世継ぎより年齢が上の男の子がいたら藩主にとっては目の上のたんこぶなんだよ」
「だからって殺すんですか!?」
「この時代だと珍しい話ではないよ。その子供の父親が武家ですらなかったら尚更だ。それで、藩主の命令でこの男は幼い長岡を殺そうとした。人が人を襲うのは大概夜だ。長岡と姫君は仲が良かった。その日運悪く同じ布団に入っていた可能性がある」
「長岡さんを殺そうとして間違えてお姫様を殺した……?」
「と言う推測を立てた。このまま資料室で……ああ、丁度鳴ったね。推測の裏付けを取ろう」
視界がにじむ。ひどい、そんなことってある? 父親が違うから? ちょっと先に生まれた男の子だったからって理由で殺されるの?
「星川さん」
「ひどい……そんなのひどい……あんまりです」
暗闇さんは私の肩を抱く。私は暗闇さんの懐にすがった。
「私と星川さんは後から行くよ。いいね?」
「……わかった。では我々は先に向かっている」
「はいはい、さっさと行って」
 私は泣いて泣いて泣きまくって、顔をぐしゃぐしゃにした。自分のと暗闇さんのハンカチを両方濡らし、ようやく気分が落ち着く。
「……化粧全部落ちました」
「仕方ないよ。直してから行こう」
「はい」
マジックミラーの向こうで座っている長岡さんに後ろ髪を引かれながら、私たちは資料室へ向かった。

 資料室へ向かうと、メンバーは今まで揃えた資料と睨めっこしながらデータを集めていよいよ本格的なマニュアルに組み立て始めていた。
「星川くん、ここへ」
「はい」
今回のマニュアル班が勢揃いし、刻浦さんはみんなの顔を見渡して頷く。
「幼い姫君と長岡が死んだであろう月に人事が大きく異動している資料が出て来た。先程立てた推測通りだろう。姫君の死を受け長岡は怨霊や妖怪の類いになった。その後全国を彷徨って逸話を各地に残しつつ、今日まで誰にも捕まらずに済んでしまった。辻斬りの怪談とも照らし合わせた結果、長岡は本物の夕暮れに動くと推定される。このまま日暮れまで待ち、どう動くか見張ろう。警備部は0120の収容部屋近辺で待機。我々マニュアル班も同行する」
「了解です!」
マニュアル班のメンバーは気を引き締めて一斉に頷いた。


 警備部、それからマニュアル作成班とAクラス職員たちは各自指定された持ち場で明かりを点けたままその時を待った。
そして……七時丁度、長岡さんの姿が部屋から一瞬で消える。
「やはり本物の日暮れに動いたな」
施設内に警報が響き渡る。即座に放送が入る。
「脱走、一体。A-r-0120『辻斬り』。場所は実験棟主塔E-4区画。E-4付近のAマイナス以上の職員は速やかに再収容を試みよ。Bプラスランクの職員はAランク職員の補佐に当たること。Bランク以下の職員は早急に明るい場所へ退避してください。繰り返す。脱走、一体。A-r-0120『辻斬り』。場ショ破Zi◎※■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……」
「!?」
「えっ!?」
放送にノイズが混じり、だんだんと長岡さんらしき声になる。
「あいつ放送乗っ取りやがった!」
「本部! 本部無事!?」
太刀駒さんは無線ではなくスマホで連絡を試みる。
「無事です! 放送の電源が落とせなくなりました!」
「整備部に連絡して施設内の放送系統全部切って!」
「はい!」
「■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■…………」
独特の抑揚、腹の底を抉り出すような響き。大きな音ではないのに周りの人たちは思わずといった感じに耳を塞いだ。暗闇さんもだ。
「うわ何これ私でもしんどい!」
「この感じ……お経ですかね?」
「星川くんっ……平気なの?」
「何ともないです」
「ああそっか妹だから……」
「■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■…………」
「ああもううるさい!」
「私、先に長岡さん探しに行きます」
「ダメだ星川くん、誰か一緒に……」
「皆さん待っててください!」
私は廊下を走り出す。後ろで暗闇さんの叫び声がした。
「星川さん! ああもう! 私の拘束具外せよ今すぐ!」
「拘束を外したところで鎮圧出来る保証は?」
マニュアル班の通常職員はお経を聞き続けたせいで白目を向いてバタバタとその場に倒れる。それを見た暗闇さんは舌打ちをする。
「もうコントしてる場合じゃないよ! どうするの!? 星川さんも行ったし!」
「ナイル単体で行けると思うか? 太刀駒」
「二、三人は行かないと厳しい気がする〜!」
「■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■■■■■…………」
「これだけ倒れてしまえば目撃者は少ないだろうが……。しかしうるさいな」
とうとう耳栓をしていた警備部隊も倒れていく。太刀駒さんは倒れかけたイーグルさんを慌てて抱き寄せた。
「うわーっ! ボクのイーグルくんが! えーん!」
機葉さんがその場に魔力防壁を張る。刻浦さん、太刀駒さん、機葉さん、暗闇さんだけが意識を残したままその場に残った。
「……防壁は効きますね」
「なら魔術部署は生きてるはずだ。太刀駒、手隙の魔術士全員駆り出して」
「オッケー!」
「私星川さんのところ行くよ!?」
「待て、拘束具を外す」
「えっ外してくれるのこのオモチャ!? 自分で外すけど!?」
「自分で外してバレたらどうする」
「ああもうじゃあ早くして……」
ガチャン。暗闇さんの拘束具が外れて地面に落ちる。
「ナイルは星川くんのところに向かいながら駿未に連絡。合流して0120を鎮圧」
「くっそ人使い荒いな本当に! わかった! おい駿未聞いた!?」
暗闇さんは独り言のように空間に向かって叫ぶ。仮眠室で寝ていた駿未さんが彼の声に反応して上体を起こす。
「聞いた〜!」
「さっさとこっち来い!」
「僕寝てたのに〜」
「いいから早く!」
「わかったよー!」
暗闇さんもその場から走り去る。
「ノア様、あの男Ace級で足りますか? クラス」
「ナイルの隣に椅子を増やす気はないよ」
「……そうですか」
「魔術部署やっぱり無事だった! でも運悪く食事休憩中だから半数以上いないよ!」
「わかった。なるべく彼らにやらせよう。我々は……走りながら考える。機葉」
「はい」
「君はこのままイーグルたちを保護して」
「わかりました」
「行くぞ太刀駒」
「了解ですボス!」
「今のボス君だろ」
「書類上ねっ!」

 私は走って中央塔、D-4区画の食堂へ向かった。夕食で多くの職員が休憩に来ていたこの場所は悲惨なことになっていた。食事をしていた人、食堂から逃げようとした人。調理をしていた人、トレーを受け取ろうとした人。全員が気を失いその場に突っ伏していた。
「っ……」
あまりの光景に私は言葉が出ない。放送は聞こえなくなった。空気の流れる音も聞こえてこない。放送系統の制圧には成功したのだろう。一番近くの職員に駆け寄り、脈と呼吸を確認する。よかった、生きてる……。
食事に顔から突っ込んでいる職員が窒息しないよう身体を起こしつつ、私は周りを見渡す。起きてる人誰もいない……。
「長岡ーーーっ!」
私の声は食堂と繋がっている廊下に響き渡る。でも返ってくるのは静寂だけ。
「長岡ーーーーーっ!!」
職員を助けながら食堂内を移動し、厨房の火を全て止める。このまま火事になったら危ない。厨房を出て食堂に戻り、口の横に手を当て大声を出す。
「長岡ーーーーーっ! いたら返事しなさい!!」
静寂だけが答える。
「長岡さん……どこにいるの……」
このまま見つからなかったらどうしよう。不安な気持ちに襲われた瞬間、背後に気配を感じ私は振り返る。音もなく長岡さんが立っていた。
「長岡さ……」
「■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■■■■■■■■■■……」
彼は私を見ていない。前を見て何かぶつぶつと唱えながら、あるはずのない目から血の涙を流している。私は彼の正気を取り戻したくて体を揺さぶった。
「長岡さん!」
「■■■■■■■■■■■■■■■……」
「長岡さん!!」
「星川さーん!!」
拘束具のない暗闇さんが食堂に駆け込む。続いて駿未さんが。私は二人に振り返る。
「今来ないで!!」
「いいから離れて!!」
「嫌です!!」
私は長岡さんをなおも揺さぶる。
「長岡さん! 長岡さんしっかりして! お兄さんなんでしょ!? 貴方は妹思いのいいお兄さんじゃないですか!」
私の目に涙が溢れると彼はゆっくり頭を動かして視線を合わせた。
「もうこんなことしないで! 貴方悪い人じゃないの! 貴方はいい人だったの! 思い出して!」
「……ひめ、なぜないておられるのですか」
「長岡さ……っ」
私は耐えきれず泣き出す。長岡さんは膝を落として私の顔を見上げた。血の涙は止まっている。
「ひめ、どうなされたのですか。また姉君にいじめられたのですか?」
「長岡さん……もういいの……。ここに貴方の妹さんはいないの……貴方のお姫様が二度と傷付くことも二度と怖い思いをすることもないの……」
「ひめ、姫。泣かないでください。■■■はここにおりますよ。大丈夫です、大丈夫。何にも怖くないですから。ね、■■■がここに居ますから何にも怖くないですよ」
「うっ……うっ……」
私は長岡さんに抱き付く。彼は私の背中を優しくさすった。
「■姫泣かないで。何にも怖いもの居ませんよ。大丈夫ですよ」
「ううっ……うっ…ひっ……」
「また明日、寺子屋の子供と遊びましょう。ね、意地悪な姉君は放っておいて。そうしましょうそうしましょう。大丈夫、抜け出しても母上には■■■が叱られておきますから。■姫様は何にも悪くないですよって言いますから。ね?」
私たちが抱き合っているところに刻浦さんと太刀駒さんも合流した。私は彼らを確認する余裕もなくただ長岡さんに縋っている。
人は、どうしてこんな悲しい怪物を生んでしまったのだろう? 私はただただ泣いた。
魔術部署の職員も駆けつける。A-r-0120は食堂の端っこで一人の職員を抱擁していた。

 私はA-r-0120を鎮圧するため、その夜は0120の部屋に布団を敷いて横になる。0120は隣に寝ている私を撫でながら意識を手放す。薄明るい照明を感じながら私も目を瞑った。


次作に続く。

===

補足。
※念のための記載ですが、長岡藩の御家騒動は史実のものではありません。あくまでフィクションです。悪しからず。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?