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叔父さんが遺した将棋ゲーム(シクシク…)

あらすじ

ゆずるの叔父である誠は長い引きこもり生活の果てに病死する。しばらく経ち、ゆずるは祖母幸子から誠が遺した自作ゲームの中身を確かめてほしいと頼まれて…

人物

ゆずる(5)(14) 中学生
誠(31)(41)  ゆずるの叔父
智子(44)    ゆずるの母
幸子(70)    ゆずるの祖母

脚本

○ゆずるの実家・居間

タンスの上に置かれたミニ仏壇。
幸子(70)、ミニ仏壇に小さな花瓶を添える。

幸子「(仏壇へ)誠。お姉ちゃんとゆずちゃんが会いにきてくれたよ」

ゆずる(14)、テーブルに座り込んでswitchの携帯モードで麻雀ゲームをしている。

幸子、ミニ仏壇から離れると智子(44)へ、

幸子「お昼はもう食べたのかい?」
智子「うん。食べてきた」
幸子「うちには夜までいるんだろ?」
智子「そのつもりだけど。お母さん、あれから何か変わりあった?」
幸子「そうだねえ。特にないよ。あんたのほうはどうなの?」
智子「ううん。…あ。関係ないけどゆずるが部活辞めちゃったくらいかなー(と責めるようにゆずるを見る)」
ゆずる「(視線を感じ)…」
智子「中途半端で辞めたら内申書に響くから続けなって散々とめたんだけど」
幸子「そう。せっかく頑張ってたのにねえ。ゆずちゃん、ほんとやめちゃうの? 将棋」
ゆずる「(答えない)」
智子「(幸子へ)で、お母さん、用って何?」
幸子「そうそう」

幸子、タンスの引き出しを開けて何かを取り出す。
幸子、テーブルの上にそれを置く。
テーブルに置かれた一枚のCDR。

幸子「ゆずちゃんにお願いしたいってメールでいったのはこれなの。あれから一段落ついて、あの子の部屋を整理してたら出てきたのよ」
ゆずる「(テーブルをちらと見る)」
智子「これって…」
幸子「そうなのよ。もしかしたらと思って…」

智子、CDRを手にして眺める。
ラベルに「オリジナルゲーム」と書かれてある。

智子「わかった。お母さん、誠の部屋のパソコン使わせてもらうよ」
幸子「いいけど」
智子「ゆずる、ついてきな」
ゆずる「…?」

○同・誠の部屋

物が片づけられた小ぎれいな室内。
机の上にデスクトップパソコン。

智子、先ほどのCDRをパソコン机におくと、カーテンを開ける。
秋の日差しが入ってくる。
ゆずる、部屋の前に立ったままでいる。

ゆずる「(怪訝そうに)…なんだよ?」
智子「お葬式の時も聞いたかもだけど、ゆずる、あんたほんとに誠のこと覚えてないの?」
ゆずる「だから覚えてないって」
智子「そっか。小さい頃にいっぱい遊んでもらったんだけど。寂しいねえ」
ゆずる「(CDRが気になる)何だよ、それ」
智子「…うん。誠が生きてた頃、おばあちゃんが誠から聞いたんだって」

○同・台所(回想・深夜)

誠(41)、だらしのない格好で冷蔵庫を漁っている。魚肉ソーセージを取り出す。
誠、ソーセージをくわえながらコンロの上に置かれた鍋のフタを開ける。
と背後から幸子の声。

幸子「あんた、いい加減働いたらどうなの」
誠「…」
幸子「いつまでも私をアテにされても困るよ。私も歳なんだから」
誠「…ゲームを作ってるんだ」
幸子「何だって?」
誠「ゲームだよ。ゲーム」
幸子「そんなもん作ってどうすんのさ」
誠「別に。ただ、もし俺が死んでも作ったものはずっと残るから」

○(戻って)誠の部屋

智子「だからおばあちゃんね、"そのゲームが寂しい人生を過ごしたあの子の生きた証になるんじゃないか"って」
ゆずる「…」
智子「ってことでゲーム好きのあんたにゲームの中身を確かめてほしいの」
ゆずる「え? 俺?」
智子「お母さん、ゲームとか全然わかんないもん」
ゆずる「(不気味そうに)え、でもこの部屋って」
智子「何よ?」
ゆずる「(口ごもる)いや…幽霊とか」
智子「何いってんの。別にいいでしょ。弟は自分で何かして死んじゃったわけじゃないんだから」
ゆずる「…」
智子「じゃそういうことだから頼んだよ」

智子、部屋を出ていく。

ゆずる「…」

ゆずる、渋々パソコンを起動させる。
ゆずる、CDRを入れ、ファイルを開くとゲームが起動する。

画面にでかでかと将棋の駒が表示される。

ゆずる「…将棋?」

○ゲーム画面

チャチなトップページに以下のテキスト。

●対局モード
●おまけモード

"対局モード"をクリックする。

画面中央に一本の細長い横棒が現れる。

○誠の部屋

ゆずる「…??」

ゆずる、ゲーム画面を凝視する。

ゆずる「(わからない)」

ゆずる、まだ画面を見ている。

ゆずる「(気づく)これって…将棋盤?」 

ゲームから以下のボイスが聞こえる。

vo「対局開始です。あなたは先手です」

ゆずる「いや、この角度はおかしいでしょ」

○ゲーム画面

画面上部から将棋の駒がぱらぱら降ってくる。
将棋盤の中央に駒の山が作られる。

ゆずるの声「…将棋崩し?」

ゆずるの動かすマウスカーソルが躊躇いがちに山へ向かう。

ゆずるの声「だとしても角度おかしいけど」

マウスカーソルが駒を掴もうとするも、駒の倒れる音がする。

vo「先手指し手なし」

ゆずる「いやいや」

後手番のCPUが駒を器用に掴む。
パチッという駒を指した時の心地よい音が響く。

vo「後手8八飛」

ゆずるの声「いやいやいや」

マウスカーソル、また駒を掴みきれず。

vo「先手指し手なし」

後手番のCPUが駒を器用に掴む。
パチッという駒を指した時の心地よい音が響く。

vo「後手3九銀」

ゆずるの声「(戸惑う)何なんだよこれ」

ゲーム設定画面をクリックする。
"アングル設定"の項目を開くと、以下のテキストが出る。

🇨🇲水平(デフォルト)
 真上から
 真下から

ゆずるの声「(ぶつぶつと)デフォルト設定間違えてるだろ。というかそもそもこの設定いらないし。というか何でチェックマークがカメルーンの旗なんだよ」

"真下から"を試しにクリック。

画面に将棋盤の裏面がドーン。

○誠の部屋

ゆずる「…」

智子、部屋にやってくる。

智子「どう? 面白い?」
ゆずる「え? いや、これって」
智子「ほい。おばあちゃんから差し入れ」
     
智子、持っていたファンタグレープを差し出す。

ゆずる「…俺はファンタオレンジが好きだっていってるだろ」
智子「どっちでも同じようなもんじゃん」
ゆずる「…全然違うし」
智子「(ゲーム画面を見て)何? まな板?」
ゆずる「いや…」
智子「おばあちゃんね、何かすっかり張り切っちゃってるよ。もしゲームが面白かったらニンテンドーに持ち込みにいこうかって」
ゆずる「(慌てる)いや、まだちょっとわかんないよ」

智子、出ていく。

ゆずる「(ぼそり)何で俺が慌てなきゃいけないんだよ…」

ゆずる、ゲームを続ける。

○ゲーム画面

"真上から"をクリックする。

将棋盤がやっと見やすい形で表示される。

将棋盤の中央に駒の山。
5九に王将、5一に玉将が配置されている。
そして王将は後手の飛車や銀に囲まれた状態になっている。

ゆずるの声「どんなルールだよこれ。というかいつの間にか俺の王が囲まれてるし」

マウスカーソル、今度はうまく駒を掴む。
掴んだ飛車を1一に置いて王手をかける。

vo「先手1一飛」

CPU、玉将で飛車を取る。

vo「後手同じく玉」

ゆずるの声「え。玉将動けんのかよ。というか玉の移動範囲おかしいだろ」

試しにマウスカーソルで王を掴んでみる。
左半分全体のマスが移動範囲として赤くなる。

ゆずるの声「すごい動かせるくせに左にしか進めないし」

王、9一に移動する。

vo「先手9一王」

○誠の部屋

ゆずる「(ため息)だめだこのゲーム…」

ゆずる、立ち上がる。
廊下に出て、そっと階下をうかがう。
智子と幸子の笑い声。

幸子の声「ニンテンドーよりプレイステーションに持ち込みしようかしら」
智子の声「やだお母さん。プレイステーションは会社の名前じゃないよ(と笑う)」

ゆずる「…笑ってる場合じゃないぞ」

ゆずる、廊下から戻ってくる。

ゆずる、マウスを操作して王将を掴む。
今度は下方向以外の全マスに進めるようになっている。

ゆずる「叔父さん…だか叔母さんだか覚えてないけど、今日、あなたの一生は本当の意味で詰んだ」

ゆずる、掴んだ王将を玉将のいるマスの上に移動させる。

ゆずる「さよなら」

ゆずる、指をマウスボタンから離す。

○ゲーム画面

画面が将棋盤から必殺技演出に切り替わる。
3Dポリゴンで作られたずんぐりむっくりの男が出てくる。

男のvo「くらえっ!」

どこか見覚えのある丸い顔。
どこか聞き覚えのある舌足らずな声。

○(戻って)誠の部屋

ゆずる「(脳裏に稲妻が走る)」

○誠との思い出(フラッシュバック)

ゆずる(5)、誠(31)と将棋盤に向き合っている。

誠、桂馬を動かしている。

誠「これが桂馬の動かし方だ。覚えられるか?」
ゆずる「うん! もう覚えたよ!」

     ×    ×    ×

ゆずる、将棋盤とにらめっこしている。
誠、ジュースを持ってやってくる。

ゆずる「ファンタオレンジだ!」
誠「ゆずるはファンタオレンジ派だもんな」
ゆずる「うん!」

    ×    ×    ×

将棋盤に向かい合うゆずると誠。
脇にうまい棒がどっさり置かれている。

誠「ゆずる! うまい棒全種類かけて俺と勝負だ!」
ゆずる「(嬉しい)おじさん!」

    ×    ×    ×

ゆずる、うまい棒を頬張っている。

ゆずる「僕、おじさんのこと大好き!」

○(戻って)誠の部屋

パソコンのゲーム画面に3Dポリゴンのずんぐりむっくり。

ゆずる「(叫ぶ)叔父さんだァ!!」

○ゲーム画面

ゲーム内の誠、指に挟んだ王将を相手の玉将へ目がけて打ち込んでゆく。

と今度は対戦相手の必殺技演出。
緑のTシャツを着た誠だ。

誠vo「させるかっ!(舌足らず)」

緑のTシャツを着た誠、玉将に念力を送り始める。

ゆずるの声「(絶叫する)色違いのTシャツを着た叔父さんだァ!!」

○誠との思い出(フラッシュバック)

緑のTシャツを着た誠。
縁側でゆずると将棋を指している。

ゆずる「王手!」
誠「ほぅ。そうきたか」

    ×    ×    ×

ゆずる、将棋盤に並んだ駒を食い入るように見ている。
誠、そんなゆずるを横で見ている。

誠「(得意げに)俺の作った詰め将棋、ゆずるに解けるかな?」
ゆずる「うん! 絶対解くんだ!」

    ×    ×    ×

誠の部屋の前。
ゆずる、泣きながらドアを叩く。

ゆずる「おじさん! どうしたの?! 一緒に将棋しようよ! おじさん!」

○(戻って)誠の部屋

ゆずる「思い出した…叔父さんのこと…」

パソコンのゲーム画面。
念力によって宙に浮いた玉将が、打ち込まれた王将の上にぽとりと落ちる。
王将、取られる。

vo「あなたの負けです」

ゆずる、放心状態。

ゆずる「(叫ぶ)叔父さん! 冗談だっていってくれよ!」

ゆずる、アングル変更して将棋盤を真下から見る。
ゆずる、将棋盤の木目をクリックしまくる。

ゆずる「あるんだろ! どっかをクリックすると! 秘密のゲームが始まるんだろ! 桃鉄みたいに!」

が、いくらクリックしても何も起きない。

ゆずる「叔父さんの力はこんなもんじゃないはずだ! 詰め将棋だって簡単に作ってたじゃないか! こんなものを作るために俺を突き放して部屋にこもったのか! 見せてくれよ! おじさんの生きた証を俺に見せてくれ!」

が、いくらクリックしてもやはり何もない。
ゆずる、どかっと床に倒れ込む。

パソコンにはゲームのトップ画面が表示されている。
ゆずる、それを見て体を起こす。

ゲーム画面に以下のテキスト。

●対局モード
●おまけモード

ゆずる「(息をのむ)」

ゆずる、恐る恐る"おまけモード"をクリックする。

ゆずる「(ハッとする)」

○同・居間

ゆずる、階段を下りてやってくる。
幸子と智子、ゆずるを見る。

智子「どうしたの? 何だか騒がしかったけど…」
ゆずる「…プレイしてきた」
智子「どうだった?」
ゆずる「(悲しげに首を振る)」
幸子「そう…」
智子「そりゃそうだよ。お母さん」

ゆずる、何か言いたげに突っ立っている。

智子「ゆずる?」
ゆずる「…でも、俺、おじさんのこと思い出した。それからずっと将棋をやってきて、やっぱり将棋が好きだってことも」
智子「(微笑む)」

○ゲーム画面(おまけモード)

3Dポリゴンで描かれた在りし日の風景。
幸子と智子が見守る中、ゆずると誠が楽しそうに将棋を指している。

(おしまい🇨🇲)

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