見出し画像

オーラスの彼方へ前編|脚本

※この話は去年書き始めたので時代設定が2020年になっています。

あらすじ

名も無き麻雀プロの大石晴彦(36)は株に手を出して300万の借金を背負ってしまう。
実家に帰省する晴彦だったが、折り合いの悪い母親へ借金の相談を切り出せずにいる。

ブルームーンが浮かぶ夜だった。
晴彦は30年前に死んだ父が使っていた古い携帯電話を見つける。使えるはずのない携帯電話に電波が入ったことで晴彦は不審に思う。

晴彦は冗談半分で父の携帯電話を使って父の電話番号へかけると、電話口から聞こえてきたのは死んだはずの武雄(31)の声だった。

30年前もブルームーンが出ていた。

武雄が幼い晴彦(5)に優勝の約束をして出場した麻雀大会。その決勝戦のオーラス。
武雄はゲンが悪いとの理由でブルームーンに似たイーピンを切ったことで優勝を逃す。

その夜、武雄はやけ酒が原因で車に轢かれて帰らぬ人となる。

電話の相手が30年前の父であることを確信した晴彦は、武雄に自分の正体を明かし「オーラスはイーピンで待て」と忠告する。

武雄が大会に優勝したことで運命が変わる。
ブルームーンの光がオーラスの彼方へと彼らを導くのだった。

人物

大石晴彦(5)(36) 麻雀プロ
大石武雄(31)    晴彦の父

桜庭翔一郎(28)(58) 投資家
大石優子(28)(58)  晴彦の母
大石あけみ(29)    晴彦の妹
大石陸(5)      晴彦の甥

奈良原(35)(65)  武雄の友人
垣内 (35)(65)  武雄の友人

その他

脚本

○雑居ビル・外(夜)

夜空に浮かぶ満月が青白い光を放っている。

○同・雀荘・店内

カーテンで閉ざされた室内。
大石晴彦(36)が客1、2らと卓を囲んで麻雀をしている。
晴彦の足下に雀荘客にしては不釣り合いな大きなボストンバックが置かれている。

テレビからニュースが流れる。

アナウンサーの声「日経平均今日の終値は17120円。2015年に発生したギリシャショック以来の下げ幅を記録しています。連日続く厳しい下げ相場。ダウは本日も大きくマイナスからスタートしており…」

晴彦「…」

客1、ちらとカーテンを覗き、

客1「不気味な夜っすね」
客2「ブルームーンだとさ。30年ぶりだよ」
客1「俺まだ生まれてないすよ。チー」
客2「ちょうどバブル全盛期の頃だ」
客1「マンション麻雀の時代すか? ポン」
客2「さっきからよく鳴く人だね」
客1「鳴かないと勝てないすから。ポン」
客2「(煙草をふかす)マンション麻雀か。俺も昔はドでかいレートでやったよ。それに比べると今の若者は真面目だよねえ…リーチ」

晴彦、イーピンをツモる。

晴彦「…(考える)」

手牌はこうだ。
11336688万33筒55索北 ツモ1筒(イーピン)

晴彦、イーピンをツモ切りする。

客2「ロン。12000」
晴彦「…」

晴彦、点棒を支払う。

晴彦、青い月のようなデザインのイーピンをじっと見つめる。
そのイーピンと重なるように…

○夜空に浮かぶブルームーン

○大石家・玄関(翌日)

晴彦、ボストンバッグを手に立っている。
母優子(58)、呆気にとられて立っている。

優子「何よいきなり。お盆でもないのに」
晴彦「…(ばつが悪い)」

○同・リビング

晴彦の甥の陸(5)、プラレールで遊んでいる。
晴彦、陸の遊ぶ姿を何となく見ている。
その晴彦をキッチンで優子が不機嫌そうに見ている。

玄関の開く音がする。

声「ただいまー」

妹あけみ(32)、買い物袋を両手にやってくる。

あけみ「お母さん、ネピアのトイレットペーパーシングルしか……」 

あけみ、晴彦に気づく。

晴彦「(あけみへ)…よぅ」
あけみ「お兄ちゃん…」
晴彦「(何となく気まずい)」
あけみ「(優子へ)え? なんでいるの?」
晴彦「…」
優子「急に帰ってきたのよ、ずっと連絡もよこさないで」
晴彦「…」
あけみ「(陸へ)おやつにするからそれ片付けちゃいな」
陸「やだ!」
あけみ「やだじゃないでしょ。じゃおやつ抜きだよ」
陸「やだ!」
晴彦「(やりとりを見ながら)…」

○同・廊下(夜)

陸、物置と化した押し入れをごそごそ漁っている。

陸「(何かを見つける)」

○同・リビング

晴彦、あけみ、優子、テーブルを見下ろしている。
視線の先に一台の古い携帯電話。

○大石家・リビング(夜)

あけみ、古めかしい携帯電話に充電器を差し込んでいる。

優子、携帯電話を見て、

優子「またずいぶんと懐かしいものを引っ張り出してきて。とっくに処分したと思ってたけど…」

晴彦、携帯電話の白茶けた説明書を何となしに読んでいる。

あけみ「(優子へ)何年前の携帯?」
優子「いつだったかしら」
あけみ「使えるの?」
優子「まさか使えないでしょ」
あけみ「(携帯の裏を見て)げ。1990年製じゃん。30年前?」

陸、隠れていたテーブルの下から顔を出す。

陸「(じれったい)まだ?!」
あけみ「もう使えないってよ」

あけみ、適当にいじくるが、電源すらつかない。

あけみ「(あきらめる)」
優子「(晴彦へ)あんた見てあげれば。説明書読んでるんだから」
あけみ「ほい(と晴彦に携帯を渡す)」
晴彦「…」

晴彦、携帯を適当にいじくる。
陸、そばでその様子を見ている。

あけみ「てか誰の携帯なわけ?」
優子「お父さんのよ。あんたたちの」
あけみ「あーでも古い割には綺麗だけど」
優子「そうねえ。買ったはいいけどほとんど使わないまま死んじゃったから」

晴彦、携帯を色々いじるが、だめ。

晴彦「やっぱ無理だ(と陸へ携帯を渡す)」

陸、携帯をいじくる。が、

陸「(飽きる)つまんない!」

陸、古い携帯を放り投げる。
携帯電話が晴彦の足下に落ちる。
陸、リビングを飛び出す。

あけみ「(陸へ)寝る前に歯磨きしちゃいな!」  

○夜空に浮かぶブルームーン

○大石家・リビング

優子、台所で皿を洗っている。
つけっぱなしのテレビからニュースが流れる。

アナウンサー「…連日夜空を賑わすブルームーン。一方で株式市場は大きな混乱に見舞われています。日経平均の終値は16800。本日も大幅マイナス。ブルームーンショックと名付けられた世界同時株安はアメリカ市場でも…」

○同・晴彦の部屋

晴彦、スマホ片手に勉強机に座っている。
机の上に父の携帯。

晴彦、スマホ画面を見いっている。

晴彦「…」

スマホ画面に証券会社のサイト。   
以下の文字。
「評価損益額-1958000円」
「3営業日以内に追加保証金が振り込まれない場合は強制決済となります」

晴彦「(顔が歪む)」

晴彦、サイトを閉じると、電話をかける。
相手、出る。

晴彦「俺だけど…」
声「おう晴彦。悪い今忙しいんだけど…」
晴彦「…例の株のことだけど」
声「あー。あれか」
晴彦「聞いてた話と全然違うんだけど」
声「え? いや大丈夫だって」
晴彦「大丈夫っていうか」
声「笑っちゃうよ。買った途端にブルームーンショックで大暴落。俺もお前もツイてねえよな」
晴彦「俺はお前が間違いないっていうから」
声「そんなガチなトーンになるなって。俺だって損してんだから」
晴彦「…」
声「晴彦。俺たちは仮にも麻雀プロだろ? 麻雀打ちが損得のことでとやかくいうなよ。最後はお前が得だと思ったから俺の話に乗ったんだろ?」
晴彦「…」
声「もうちょいしたら暴落も終わるよ。そしたら一気だよ。昇竜拳だよ」
晴彦「…今日証券会社から追加保証金の連絡がきた。3日後までに30万払えなきゃ強制決済で借金だ」
声「だからここは我慢のし時だ。あとは握力勝負だ」
晴彦「(キレる)我慢する金がもうないんだよ。レバレッジかけて信用買いしろっていったのは誰だよ」
声「…あ、悪い…知り合いきたから切るわ」
晴彦「おい。待てって」

電話、切れる。

晴彦「……」

  ×   ×   ×(時間経過)

晴彦、眠っている。

勉強机の上に父の携帯電話。
カーテンの隙間から差し込むブルームーンの青白い光に照らされる携帯電話。
突然、携帯電話の画面が明るくなる。
画面に電波マークが表示される。

○同・晴彦の部屋(翌日・昼

晴彦、勉強机に座っている。
握りしめたスマホの画面に以下の文字。
「評価損益額-2238000円」
さらに膨らんだ株の損失額。

晴彦「(ため息)」

晴彦、父の携帯電話が目に入る。
いつの間にか電源が入っている。

晴彦「…?」

晴彦、父の携帯をいじる。
キーを押すとちゃんと音がする。
電波アイコンも出ている。

晴彦「…」

試しに「090××××」と自分のスマホの電話番号を入力し、発信キーを押してみる。
晴彦、父の携帯に耳をあてる。

「(ノイズ音)…は現在…使われ…おり…」

晴彦「(驚く)」

背後から声がする。

優子「帰らなくていいの?」
晴彦「(振り返る)」

ドアの前に不機嫌な顔の優子が立っている。

晴彦「びっくりした。ノックくらいしろよ」
優子「したわよ」
晴彦「(父の携帯を見せ)…なんかこれ使えるみたいだけど」
優子「何いってんのよ」
晴彦「今自分のスマホにかけてみたら…」
優子「(聞いていない)あんた今日もここに泊まる気なの? 仕事は?」
晴彦「(やや逡巡して)…あのさ」
優子「…」
晴彦「ちょっと頼みがあるんだけど」
優子「いやよ。お金のことなら」
晴彦「…」
優子「何があったかしらないけど急に帰ってこられてもね。ろくに連絡もよこさないで」
晴彦「…別に金のことじゃないよ」
優子「(疑う)そう?」
晴彦「(黙り込む)」
優子「あけみもそうだけど。ニートみたいに二人して家に居つかれてごらんなさいよ。たまったもんじゃないんだから(と愚痴る)」
晴彦「…」

○同・リビング

テレビから昼のワイドショーが流れている。
あけみと優子、見ている。 

晴彦、やってくる。

晴彦「(父の携帯を見せ)これの電話番号って知らない?」
優子「何?」
晴彦「この携帯の電話番号」
優子「そんなの知ってどうすんのよ」
晴彦「いや別に」
優子「どっかに書いてないの?」
晴彦「書いてないから聞いてるんだけど」

晴彦、テーブルの脇に置かれた携帯の説明書を手に取る。
よく見ると、説明書の裏面に数字の走り書きがある。
040 12 89112ーー

晴彦「…」
優子「あの人なら知ってるかもね。お父さんの知り合いだった奈良原さん。ラーメン屋の」
晴彦「ああ…」
優子「顔見せにいってあげたら喜ぶんじゃない?」
晴彦「…ねえ。昔の電話番号って10桁?」
優子「え? そうかもね」
晴彦「…」

○同・晴彦の部屋

晴彦、自分のスマホを使い、父の携帯番号を入力していく。

晴彦「040 12 89 112…ペンチャン地獄だな」

晴彦、発信ボタンを押す。
スマホから以下の音声。

「こちらはNTTです。お客様がおかけになった電話番号は現在お取り扱いしておりません。番号をお確かめになって…」

晴彦「(馬鹿馬鹿しくなる)」

晴彦、スマホを机に置く。
晴彦、父の携帯を机の引き出しにしまおうとするが、手がとまる。

晴彦「(考える)」

晴彦、今度は父の携帯を使って「040」と父の電話番号を入力していき、発信ボタンを押す。
呼び出し音が鳴る。

晴彦「…?」
幼い声「(電話口から)もしもし」
晴彦「(絶句する)」
幼い声「もしもし」
晴彦「…もしもし」
幼い声「お父さんに用ですか?」
晴彦「…えっと…君は?」
幼い声「大石晴彦。5才です。好きな食べものはシュークリームです」
晴彦「…」
幼い声「…」
晴彦「もしもし?」
幼い声「もしもし」

晴彦、動揺する。
電話口から男の声がする。

男の声「(代わって出る)もしもし」
晴彦「…」
男の声「もしもーし。どちらさんですか?」
晴彦「…」

晴彦、思わず電話を切る。

晴彦「…」

晴彦、呆然とする。
その手に握られた携帯電話と重なって…

○大石家・リビング(30年前)

携帯電話を握る男のいかつい手。
武雄(31)、携帯をテーブルに置く。

武雄「(首をかしげる)」

晴彦(5)、武雄を見上げて、

晴彦「だれ?」
武雄「きっとイダズラ電話だ」

○ラーメン屋・外(現在・昼)
 
『發王軒』の看板。

○ラーメン屋・中

がらりとした店内。

主人の奈良原(65)が厨房で暇そうに雑誌を読んでいる。
カウンター席で垣内(65)がラーメンをすすっている。

入口のドアが開く。
晴彦、やってくる。

奈良原「…らっしゃい」

と晴彦を見る。

奈良原「(意外な顔になる)」
晴彦「(頭を下げる)」

     ×    ×    ×

カウンターに垣内と晴彦。

垣内「リーグ戦ダメだったか。まァまた次があるよ。麻雀なんて運試しみたいなもんだ。いくら腕があっても負けるときは負けるんだ。大事なのはメンタルだよ。俺が若い頃は現担ぎで毎朝…」
奈良原「お待ちどうさん。ネギ大盛りサービス」

カウンターにラーメンが出される。

晴彦「(どうも)」
奈良原「垣内さん。素人のあんたが現役麻雀プロに能書き垂れてどうすんのさ」
垣内「いや、こりゃ失敬(と笑う)」
晴彦「(気弱に笑う)」
奈良原「(晴彦へ)それで? 突然どうしたんだい?」
晴彦「…」

○大石家・晴彦の部屋(フラッシュバック)

晴彦、父の携帯で電話している。

男の声「もしもーし。どちらさんですか?」

○(戻って)店内

晴彦「…死んだ父のことで」

    ×     ×     ×

カウンターの上に一枚の古い写真。
30年前の武雄と晴彦が映っている。
写真の隅に日付が書かれている。

奈良原「1990年4月2日。ちょうど30年前の今日だった」
垣内「(しんみり)もうそんなに経つのか」
晴彦「…」
奈良原「よく覚えてるよ。あの日もブルームーンが空に出てたんだ」

○ホテル・外観(30年前・夜)

建物の上空に浮かぶブルームーン。

○ホテル・ロビー

入口に『梅書房主催第3回麻雀大会最強選手権』の看板。

○ホテル・フロア

『麻雀大会最強選手権』の横断幕。
室内に全自動麻雀卓がずらりと並んでおり、出場選手とギャラリーで溢れかえっている。

奈良原(35)、カメラを構えている。
レンズの中に武雄と晴彦の姿。

奈良原「はいチーズ!」

シャッターが切られる。
それを垣内(35)と優子(28)が見ている。

優子「さ。晴彦、帰るよ」
晴彦「えー」
優子「お父さん見ていったら遅くなっちゃうから」
垣内「(晴彦へ)大丈夫。奴さんは必ず優勝する」
晴彦「(武雄へ)シュークリーム!」
武雄「(笑う)シュークリームか。優勝賞金で山ほど買ってきてやるから家でお利口さんにしてろ」
晴彦「約束だよ」
武雄「男の約束だ」

晴彦と武雄、指切りげんまんする。

    ×     ×     ×

静まり返った室内。
武雄、卓についている。
それぞれの卓に審判役の運営スタッフが配置されている。
司会、マイクを手にし、

司会「それでは只今より一回戦をはじめます!」

武雄、麻雀を山から牌を取り始める。

    ×     ×     × 
 
武雄、手牌を倒す。

武雄「ツモ!」 
スタッフ「大石武雄選手! 一回戦勝ちあがり!」

観戦していた奈良原と垣内、笑顔になる。

    ×     ×     ×

武雄、手牌を倒す。

武雄「ツモ!」
スタッフ「大石武雄選手! 準決勝勝ち上がり!」

    ×     ×     ×

武雄、手牌を倒す。

武雄「ロン!」
スタッフ「大石武雄選手! 決勝勝ち上がり!」
武雄「(大きく深呼吸)」

○ラーメン屋・店内(現在)

奈良原「そして決勝。迎えたオーラスだった」
垣内「奴さんはチートイツの聴牌だ。上がれば優勝の局面。待ち選択は1筒か北…」
奈良原「2筒が序盤で4枚見ていたことから1筒は絶好の待ち牌だった。残り3山はほぼ確実。一方、字牌の北は2枚切れの地獄待ちだ」
晴彦「…」
奈良原「タケちゃんが選んだのは…」

○出版社・室内(30年前・夜)

武雄、大きく息を吸う。
対面には桜庭翔一郎(28)。

奈良原と垣内、固唾を飲んで見守っている。

武雄、手牌を睨んで考えている。

武雄「リーチ!」

武雄、1筒を捨てる。
選択したのは北の地獄待ちだった。
が、次巡、1筒をツモる。

奈良原、垣内「(あっ)」

武雄、1筒をツモ切る。
桜庭、手牌を倒す。
1筒でマンガンの上がりだ。

瞬間、ギャラリーから拍手が起こる。 

司会者「優勝は桜庭翔一郎選手!」

武雄、うなだれる。

奈良原の声「1筒で待っていれば一発ツモで優勝。それが運命の分かれ道だった」

○夜道

武雄、泥酔して歩く。

武雄、シュークリームが並ぶケーキ屋の前を通り過ぎる。

武雄、赤信号の横断歩道をわたる。
猛スピードでやってくるトラック。
大きなクラクションが鳴り響く。

武雄「!!」

○ラーメン屋・店内(現在・昼)

三人、沈黙する。

垣内「…馬鹿だよな。地獄待ちで地獄にいっちまったんだから」
奈良原「(諫める)垣内さん」
垣内「おっと。すまねえ」
晴彦「…」
奈良原「皮肉なもんじゃないか。負けたタケちゃんは死に、優勝した桜庭は今じゃ株の投資家として大金持ちだ」

奈良原、雑誌を広げて見せる。
雑誌の記事に『空売り王桜庭翔一郎 ブルームーンショックで資産倍増!!』の文字が踊る。

晴彦「でも、何で父は1筒で待たなかったんですか?」
奈良原「ああ」
垣内「ブルームーンだよ。ブルームーンにそっくりの1筒で待つのはゲンが悪いって。それであのザマだ…(寂しく微笑む)」
晴彦「…」

○大石家・晴彦の部屋

勉強机に父の携帯。

晴彦「(じっと見つめる)」

晴彦、父の携帯を手にとる。

○大石家・晴彦の部屋(現在)

晴彦、父の携帯で電話をかける。

武雄の声「もしもーし」
晴彦「…もしもし」

○大石家・リビング(30年前)

武雄、煙草をふかしながら電話している。

武雄「おい。さっきの奴だろ? 俺の携帯番号からかかってきたぜ。どんなイカサマ使ってる?」
晴彦の声「…何年?」
武雄「あ?」
晴彦の声「何年の何月何日?」
武雄「(怪訝に)お宅、何いってんだ? イタズラなら切るぞ」
晴彦の声「2020年4月2日」
武雄「?」
晴彦の声「2020年4月2日から今そっちに電話をかけてる」
武雄「…そうか。ご苦労なこった。悪いがお前のような奴の相手をしてるヒマはない。こっちは仕事休んでまで今日の大一番に賭けてんだ。じゃあな(と電話を切る)」

○大石家・晴彦の部屋(現在)

晴彦「…」

晴彦、父の携帯でまた電話をかける。

武雄の声「(出る)おい、いい加減に」
晴彦「(ぽつりと)1990年4月2日」
武雄の声「日付の当てっこか? 聞こえなかったのかこれから俺は」
晴彦「(遮って)俺はあんたの息子だ。2020年から電話をかけてる」
武雄の声「…さっきから何をわけのわからねえことを。うちは病院じゃねえぞ。かけ間違えなら…」
晴彦「こっちだって信じられない。だけど、俺は大石晴彦だ。あんたの息子の」
武雄の声「…」
晴彦「そして電話の相手、つまりあんたは30年前に死んだ俺の父親だ」
武雄の声「…ちょっと待て。俺が死んだって?」
晴彦「…あんたは1990年4月2日に死ぬ」

○大石家・リビング(30年前)

武雄「死ぬ? 俺が死ぬって? それも今日だと?(と笑い出す)」
晴彦の声「事実だ」
武雄「イタズラ電話もここまでくると清々しいぜ」

晴彦、やってくる。

晴彦「誰から?」

晴彦、電話を代わりたがる。

武雄「(そんな晴彦を制し)よし。お前が俺の息子で、しかも未来人だとする。だったら教えてくれ。1990年4月2日現在時刻14時。これから世の中で何が起こるか。縄文人にもわかるようにな」

○大石家・晴彦の部屋(現在)

晴彦、スマホで検索。
「1990年 出来事」

武雄の声「どうした?」 
晴彦「(記事を見て)ちびまる子ちゃんがアニメ化される」
武雄の声「ちびまる子ちゃんだと?」
晴彦「千代の富士が1000勝達成する」
武雄の声「そりゃ先月のことだ」

晴彦、記事を漁るがめぼしい出来事が見つからない。

武雄の声「俺も暇じゃないんだ。切るぞ」
晴彦の声「(焦って)じゃあ、これならどうだ。1990年4月2日の日経平均株価。今から1時間後、前日から1978円下げた2万8002円が終値になる」

○大石家・リビング(30年前)

武雄「…それは未来人の証明にはならないな。デタラメで当たることもある」
晴彦の声「デタラメじゃ当たりっこない…よく聞いて。今日の麻雀大会であんたは負ける。オーラスでゲンが悪いからと1筒を切ったせいで。その帰り道やけ酒を飲んだあんたはトラックにひかれて死ぬ! そのせいで息子は約束したシュークリームを食べられなかった!」
武雄「とにかく切るぞ。イタズラ電話ならべつの相手を探すこった」
晴彦の声「1筒だ! オーラスは1筒で待て!」
武雄「(電話を切る)」

○大石家・晴彦の部屋(現在)

晴彦「…」

○大石家・リビング(30年前)

武雄「(舌打ち)ったく何なんだ…」

武雄、携帯の電源を切る。
優子、赤ん坊のあけみを抱えてやってくる。

優子「どうしたの?」
武雄「たちの悪いイタズラ電話だよ」
優子「何時に出るの?」
武雄「ああ。早めに出るつもりだ」
優子「じゃあ私もそろそろ支度しようかしら」
武雄「会場まで遠いんだぜ。勝ち残れば帰りも遅くなる。お前までくることァねえだろ」
優子「私だって家にいたいわよ。でも晴彦が見にいきたいっていうんだもん」
晴彦「いきたい!」
武雄「(無邪気な晴彦を見て)そうか、俺の麻雀打ってるとこ見たいのか」
晴彦「うん!」
武雄「(微笑む)」

○ホテル・外観(30年前・夜)

夜空に浮かぶブルームーン。

○ホテル・ロビー(30年前・夜)

入口に『梅書房主催第3回麻雀大会最強選手権』の看板。

○ホテル・フロア

『麻雀大会最強選手権』の横断幕。
ずらりと並ぶ全自動麻雀卓。
出場選手とギャラリーで賑わっている。
その中に、武雄、晴彦、赤ん坊のあけみを抱いた優子の姿。

優子「さ。帰るよ晴彦」
晴彦「(武雄へ)シュークリーム!」
武雄「(笑顔で)シュークリームか。優勝賞金で山ほど買ってきてやるから家でお利口さんにしてろ」
晴彦「約束だよ」
武雄「男の約束だ」

晴彦と武雄、指切りげんまんする。

優子、晴彦らを連れて帰っていく。
武雄、晴彦の小さな後ろ姿を見送る。

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、祈るように父の携帯を握りしめている。

○ホテル・フロア(30年前・夜)

静まり返った室内。
武雄、卓についている。
それぞれの卓に審判役の運営スタッフが配置されている。
司会、マイクを手にし、

司会「それでは只今より一回戦をはじめます!」

武雄、麻雀を山から牌を取り始める。

    ×     ×     × 
  
武雄、手牌を倒す。

武雄「ツモ!」 
スタッフ「大石武雄選手! 一回戦勝ちあがり!」

観戦していた奈良原と垣内、笑顔になる。

    ×     ×     ×

武雄、手牌を倒す。

武雄「ツモ!」
スタッフ「大石武雄選手! 準決勝勝ち上がり!」

別の卓で、

桜庭「ツモ!」
スタッフ「桜庭翔一郎選手! 準決勝勝ち上がり!」

    ×     ×     ×

武雄、手牌を倒す。

武雄「ロン!」
スタッフ「大石武雄選手! 決勝勝ち上がり!」
武雄「(大きく深呼吸)」

別の卓で、

桜庭「ツモ!」
スタッフ「桜庭翔一郎選手! 決勝勝ち上がり!」

司会「(マイクで)決勝進出者が決定しました。決勝戦は15分後に行います」

○同・ロビー

武雄、煙草を吸っている。
窓の外にブルームーンが浮かんでいる。
武雄、ブルームーンを見上げる。

武雄「…」

桜庭、やってくる。

桜庭「(外を見る)妙な月ですね」
武雄「…ああ、気味が悪いな」
桜庭「僕は綺麗だと思います」
武雄「…」

着信が鳴る。
桜庭、携帯を取り出す。

桜庭「失礼」

と電話に出る。

桜庭「もしもし…出来る限り売ってくれ…いや、売りで継続だ。日経平均がマイナス1978円。この下げだ、今夜のダウも下がり続けるだろう」
武雄「(はっとして)」

○大石家・リビング(フラッシュバック)

晴彦との電話。

晴彦の声「1990年4月2日の日経平均株価。今から1時間後、前日から1978円下げた2万8002円が終値になる」

○(戻って)ロビー

桜庭、電話を切る。

桜庭「(武雄へ)決勝戦、お手柔らかにお願いします」
武雄「…ああ」

○ホテル・フロア

決勝卓に座る武雄と桜庭。

司会「優勝賞金300万は誰の手に! 決勝戦の開始です!」

銅鑼の音が響く。

    ×     ×     ×

桜庭「ロン。3900」

桜庭、手牌を倒す。

    ×     ×     ×

武雄「ロン。8000」

武雄、負けじとあがり返す。

奈良原と垣内、息を呑んで見守る。

     ×     ×     ×

奈良原「…いよいよオーラスだ」

武雄、山から牌をとる。

垣内「テンパった!…」

武雄、チートイツの聴牌。

1筒か、北か…

武雄、大きく息を吸う。
武雄、1筒を手にとるが、捨てきれずにいる。

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、じっと目を閉じている。

○ホテル・フロア(30年前・夜)

武雄、手牌を睨んで考えている。 

桜庭「…」

武雄、覚悟を決めたように牌を一つ掴む。
その牌を場に捨て、

武雄「(叫ぶ)リーチ!」

○タイトル オーラスの彼方へ

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、脳裏に衝撃が走る。

晴彦「!!」

○ホテル・フロア(30年前・夜)

捨て牌から武雄の指が離れる。
見えたのは北だ。
武雄が選んだ待ちは1筒。
手牌にブルームーンのような1筒が残っている。

そしてツモ番。
武雄、山に手を伸ばす。
武雄が手繰り寄せた牌は…

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、電流を浴びたように全身を震わせる。
  
※以下フラッシュバックが続く。

○大石家・晴彦の部屋(30年前・夜)

明かりの消えた室内。
晴彦、布団で寝ている。
階下からバカでかい声が響く。

声「晴彦! 晴彦っ!」

晴彦、目を覚ます。

○同・玄関

晴彦、寝ぼけ眼をこすって階段からおりてくる。
玄関に武雄が立っている。

武雄「(晴彦を見て)晴彦!」

晴彦、優勝トロフィーを手にしている。
やってきた晴彦を抱きかかえ、

武雄「会いたかったぜ! 俺の天使!」
晴彦「?」

○同・リビング

パジャマの晴彦、皿に山盛りにされたシュークリームを食べている。
優子、台所からやってきて、

優子「(晴彦へ)いい加減おしまいにしなさい。虫歯になってもしらないよ」

武雄、晴彦の隣でビールを飲んでいる。

武雄「(機嫌よく)今日は特別な日だ。晴彦。虫歯になるまで食え」
晴彦「(頷く)」

男二人、シュークリームをむさぼる。

優子「(呆れる)」

○同・リビング(別の日)

室内に優勝トロフィーが飾られている。
武雄、晴彦、奈良原、垣内、麻雀を打っている。
奈良原、牌を捨てる。

晴彦「ロン」

晴彦、ぎこちなく手牌を倒す。

奈良原「参ったね。この調子じゃ点棒全部もってかれちゃうよ」
武雄「麻雀が強いのは俺に似たな(と自慢げ)」

晴彦、渡された点棒を数えている。
そんな晴彦を見て、

武雄「(微笑む)」

フラッシュバック、終わり。

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、天を仰いている。

晴彦「勝った…父は勝った」

机の上の父の携帯が鳴る。
晴彦、電話に出る。

武雄の声「…俺だ」

○ホテルの外(30年前・夜)

武雄、携帯で話している。

武雄「(戸惑いつつ)不思議だよ。俺の携帯番号にかけてみたら」
晴彦の声「いっただろ。イタズラじゃないって」
武雄「…ほんとに晴彦なのか?」
晴彦の声「…うん」
武雄「(噛みしめる)そうか」
晴彦の声「…勝ったんだよね」
武雄「お前のいった通りだった。1筒一発ツモで優勝だ。お前のおかげだ」
晴彦の声「じゃ、道草くってないで早く家に帰ってくれ。酒を飲まずにね」
武雄「(笑う)」
晴彦の声「シュークリームを買うのも忘れずに」
武雄「…せっかく繋がったんだ。もっと話そう。電話を切ってもし繋がらなくなっちまったら」
晴彦の声「大丈夫。きっとブルームーンのおかげだよ」
武雄「ブルームーン?」
晴彦の声「ブルームーンの光が僕らを導いたんだ」

○大石家・晴彦の部屋(現在・夜)

晴彦、窓からブルームーンを見上げる。

○外(30年前・夜)

武雄、ブルームーンを見上げる。

○大石家・リビング(30年前・深夜)

寝静まった家の中。
武雄、煙草を吸いながら電話している。

武雄「36か。俺が31だから俺より先輩ってわけだ」
晴彦の声「何か妙な気分だよ」
武雄「子供は?」
晴彦の声「結婚してない。子供はいない」
武雄「(意外そうに)そうか…仕事は何やってる? 待て。当ててやる」

武雄、考える。

武雄「サッカー選手。お前の将来の夢だ」
晴彦の声「違う」
武雄「ケーキ職人だろ」
晴彦の声「違うよ」
武雄「降参だ」
晴彦の声「…麻雀プロだよ」
武雄「(大声で)麻雀プロ?!」

武雄、笑い出す。

武雄「俺の息子は麻雀プロか。こりゃ傑作だ。そうか。麻雀プロか」

     ×    ×    ×

灰皿が煙草の吸い殻で満ちる。

以下カットバック。

武雄「よくわかんねえが、そのインターネットって奴で顔を合わせずに麻雀が打てるってわけか。イカサマし放題じゃねえのか」
晴彦の声「できないようになってるんだ」

○大石家・晴彦の部屋(現在・深夜)

晴彦「麻雀は変わったよ。今じゃ老若男女がMリーグで大盛りあがりだ」
武雄の声「お前もそのMリーガーとかいう奴なのか?」
晴彦「俺は違うよ。Mリーガーはプロでもトッププロしかなれない」

○大石家・リビング(30年前・深夜)

晴彦の声「父さんが決勝で戦った桜庭って男、30年後の今じゃ日本一の投資家として名を馳せてる」
武雄「奴はいい麻雀を打っていた。麻雀が強い奴ってのは何をやらせても勝てるんだ」

カットバック終わり。

○大石家・外観(現在・翌朝)

朝日が差し込む。

○同・晴彦の部屋

晴彦「うん。また今夜…」

晴彦、電話を切る。
父の携帯を勉強机におく。
晴彦、疲れているが、どこか満足感がある。

晴彦、思い出したようにスマホを見る。 

スマホ画面に証券会社のサイトが表示される。以下の文言。
"評価損益額-2208000"

株の負けはそのままだ。  

晴彦「(笑う)そううまくはいかないか…」

晴彦、ベッドにもたれる。
やがて深い眠りにつく。

○同・リビング(夕)

晴彦、やってくる。
誰もいない室内。

晴彦「…?」

晴彦、テレビをつける。
テレビからニュース映像が流れる。

レポーター「現在山菱証券会社のビル内にて立てこもり事件が発生しています!」

ビルの前に報道陣と多くの野次馬。

晴彦「…?」
レポーター「犯人の名前が判明致しました! 犯人は桜庭翔一郎。職業不明。えー。犯人の要求など詳しいことは未だわかっておらず…」

現場のカメラがビルを映す。
窓から顔を覗かせる桜庭を捉える。

晴彦「(あ然とする)」

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?