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【BookReview】:これを読まずに死ぬな!:立花隆『宇宙からの帰還』


こんにちは。先日読んだ立花隆さんの自伝的執筆書の総まとめ書『知の旅は終わらない』を読んだ直後、とにかく立花書の中で、非常に社会的評価の高い書の一つ『宇宙からの帰還』を読むことにしました。

とにかく最初に一言言います。「この本を読まずして死ねません」です。

大袈裟かもしれませんが、私のように宇宙にも、社会にも、そして宗教にも興味を持つものとしては、この本で立花さんが丁寧にインタビューして歩いたと言う宇宙飛行士たちの経験談は、貴重です。私にとっては、40云年の人生で、なんとなくぼんやり考えていたことや、私はこう信じている的なものに対して、ある意味「間違った考えではなかった」と言われているような部分も多くありました。

これは全体的にこの書の中で、立花さん自身がこの本や、先述の『知の旅〜』の中でもおっしゃっていますが、宇宙飛行士たちの精神状態や、宗教的な考えの変遷などの視点でインタビューをしたジャーナリストはおそらく後にも先にも立花さんしかいなかったのではないか、と言うことです。むすびに「<こんなことを聞かれたのははじめてだ>と話す宇宙飛行士が多くいた」と書いています。

理系+体育系を兼ね備えた米国でもトップの人たちが、宇宙飛行士になってきた中で、まさに文系的・哲学的視点で質問され、それについて書かれているこの書はとにかく面白いのです。

特に書末に載せられたエドガー・ミッチェル(アポロ14号のパイロット)の考えに、私は自分の考えを重ねることができました。ミッチェルは、立花さんの「あらゆる宗教の神は、本質的には同じということか」という質問に対して、

「そういうことになる。つまり、宗教はすべて、この宇宙のスピリチャルな本質との一体感を経験するという神秘体験を持った人間が、それぞれにそれを表現することによって生まれたものだ。その原初的体験は本質的に同じものだと思う。しかし、それを表現する段になると、その時代、地域、文化の限定を受けてしまう。しかしあらゆる宗教体験が本質的には同じだということは、その体験の記述自体をよく読んでいくとわかる。宗教だけに限定する必要はない。哲学にしても同じことだ。真にスピリチャルな体験の上に打ち立てられた哲学は、やはり質的には同じものなのだ。」

カトリックの学校で学び、仏教の家庭で育ち、イスラムなどを扱った世界の映像や書物に対しても分け隔てなく触れてきた上、様々な宗教を持った人が住む米国で生活してきた身として、過去20年くらい感じてきたことがこのミッチェルの返答に集約されていると感じました。

なお、ジーン・サーナン(ジェミニ9号、アポロ10号、17号)もまた、ミッチェル同様、神の名において次のように話しています。立花さんが宇宙体験によって得た内面の点について一番大きかったものについて聞いた質問について、

「神の存在の確認だ。神の名は宗教によってちがう。キリスト教、イスラム教、仏教、神道、みなちがう名前を神にあてている。しかし、その名前がどうであれ、それが指し示している、ある同一の至高の存在がある。それが存在するということだ。宗教はすべて人間が作った。だから神に違う名前がつかられた。名前はちがうが、対象は同じなのだ。〜」

私にとって、テレビドラマで流れるコーランになんとも言えない魅力を感じ、クリスマスは教会のミサに出席したくなり、大晦日はお寺で除夜の鐘をつき、正月には神社に挨拶にいく。こういうことがとても自然な自分にとって突き詰めて考えた感覚が、「すべての宗教は同じ」と思うことだったからです。

しかしここにきて、「宗教の専門家」である住職や神父であっても、同じ考えを持っている人がこれだけいると感じさせてくれたのが、このツイッターでした。

今のこの状況下で改めて、宗教、宗派の壁を越えたところにある「宇宙感覚(コスミック・センス)」を持ち、「地球」という単位でものごとを考え、感じていくべきなのではないか、と改めて思いました。そんなことを、この書をきっかけに考えることができました。

あともう一つ、環境問題に関しても、この書をきっかけに考えたのですが、それは次のブログで書きます。

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