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教育という名の罪深き行為に陥る、たくさんの日本の先生。その教え方、そろそろ止めたほうがいい。英語の上達を妨げている、その教え方とは。

毎日、英語に関するライト・タッチなものを書いているので、

今日は英語から離れて、「日本の教育」について。

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学校でどういった教育を行うかで、子どものその後の成長がかなり変わってくるという事実は否めない。

親の転勤に伴い小学校1年生のときに、アメリカのシカゴで小学校に通った私は、帰国後日本の小学校を卒業したが、同じ「小学校」といえども、全く異なる教育システム故、慣れるのにかなりの時間を要した。

単に「英語教育」「日本語教育」の違いかと思っていたが、卒業後、再度親の転勤で滞在したカナダのトロントでの中学校での体験は、さらに異なるもので、ここでの私の考え方の変化はその後の私に大きな影響を与えた。

帰国後、受験戦争の中生き残る自信がなかったため、神戸のアメリカン・スクールにて、高校2年生まで滞在することになったが、同じ「英語教育」といえども、アメリカの地元の小学校、カナダの地元の中学校、そして日本でのアメリカン・スクール、どれも、小職の年齢や英語で知識を取り入れるキャパシティ、教鞭をとっていた先生の国籍や文化的背景、履修科目の内容というのは多種多様であったわけだが、それらいずれの学校でも、共通点として貫かれていたことが二つある。

一つ目は、その時々の社会情勢、経済情勢を取り入れた教育が行われていたこと。そして、二つ目は、生徒の感じ方、考え方というのを最大限引き出すような教育が行われていたことである。

この二つを教えるということは、

常にニュースなので最新の情報やデータを取り入れる ⇒ その最新の情報の内容を理解する ⇒ その情報について、他に自分がどんなことを知っているか思いをはせる ⇒ もう一度読んでみる ⇒ 他の情報とも整合しているかどうか見てみる ⇒ もう一度意味を考える ⇒ その情報に関して自分はどう思うか考える ⇒ その情報と自分の意見について発信する

ということを意味する。 

つまり、

※情報のインプット
※情報のアウトプット
※自分の意見のとりまとめ
※他者の意見のインプット
※自分の意見と他者の意見の比較
※比較して、最終的な結論を出す

ということを常に行っているわけである。

これらを何度も何度も小学生のときから繰り返していると、

自分の考えていることが正しいのか、確認したい
自分はどう考えているか相手に伝えたい
自分で意見を発したい

となっていく。

実は、これらの欲求は、英語の上達に不可欠な3要素


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日本で英語を教えていると、

「なんで、英語をこんなに勉強しているのに、なかなかしゃべれるようにならないんだろう・・」

と尋ねられる。

でも、そもそも「こんなに勉強した」教育から、考え直す必要がある、というのが、私の考え。

よく、中高でしか日本語勉強してないのに、日本語ペラペラな外国人を見ない?つまり、海外の教育システムが、勉強したら話せるようになるようなシステムだということなのだ。

でも、これは海外の教育がすごい!のではなく、日本の教育が、変える必要がある、ということなのである。

「教育」は、数値で測れず、所詮は目に見えないのだからと、教師の「頑張り」「やる気」といったものでなんとか乗り切ろうとする傾向、そろそろ止めよう。

いや、止められなくても、生徒になる側のほうは、今すぐ変えられる。

その学習スタイルを止めて、英語を飛躍的に上達させよう。



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