きらきらは、いらいら。

 ヨーロッパ情緒残る温泉歓楽街で不意打ちの狐の嫁入り。醤油の湯気が笑みを浮かべる登り坂のアーケード商店街。ジャズ喫茶店の看板には古い時代の前衛映画のポスターと先々月のイベント告知。昔、テレビで紹介されたらしい名店パン屋には、あの芸能人の若い頃のサイン色紙と日に焼けた写真。大型チェーンのこじんまりしたスーパーマーケットが未だに新参者という顔ですこし隅で愛想笑いしてます。

 ぽつりと抜けたら、赤茶けたレンガの路地の飲み屋街。もちろん、ずっとあの頃から続く喫煙可能店。今夜もいつも通り提灯に灯りがが灯ってる。ふらりと雨宿りで入った立ち飲み屋にはぎっしりと壁掛けのメニューオンリーで、字面からのイマジネーション広げてみる。読み方わかんない漢字とか、文学的すぎて伝える気ないやつとか、想像つかないものもたくさんある。ちょっと冒険してみたいような、そんな気分に乗り込んで。

 とりあえずの生と野球中継ぼんやり見上げてあんまりよく知らないけど、どっちか応援してるようなフリもしてみる。隣の知らないおじさまとちょっと目が合った、なんだかいい試合みたい、知らんけど。なんだかそんなのがいいような気がした。

 お出ましたのは、読めない魚編のカマ焼きとエスニックな目玉焼き料理に野菜たちをチャチャっと炒めましたみたいなの。お祭りみたいな漢字のお酒と一緒に。グルーヴが合ってるかどうかは知らない、そんなことは、もうどうでもよくなってきたのです。長居したい気持ちよりも少し飽きてしまいました。

 店を出るとザァザァ降りになりました。どうやら狐の宴も満杯に終わったのでしょう。これは誰かの涙なのでしょう。

 にぃちゃん、綺麗な顔しとんで こっち来んか?
 こんなかわいい若娘と 知らんぐらいええことあるで?
 震える唇、知らんふりして通り過ぎる
 身体のなかの血の記憶の霧に濡れて もうやめようよ
 心の痛みをこんなにまで酔い潰すような暮らし向き

 それを肴に一杯やるために次の飲み屋の灯りに舞い彷徨います、贅沢にも我儘にもこんなに雨に濡れないように。こんな雨さえ無ければ、今頃、露天風呂の空酒で白紙の人生に何か落書きでもしてる頃でしょう。どちらにせよ、親族などに合わす顔も持ち合わせていない僕は盆休みの墓参りも正月休みのこたつも望郷してることでしょう。クリスマスなどは大嫌いです。優しい心をおもちゃに換えてもらったことなど、思い出せば堕落した人生の罪も追いつめてくるので。

 地下鉄の改札口の向こう側で手を振るあなたの顔と改札を抜けた後のぬるい風が吹くあの街は、暗闇が深いほどに陽射しもとても眩しくてムカついてました。あの言葉のやさしさの意味など、なにひとつ知らぬままに。

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