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【読書記録】春のこわいもの(川上未映子)

ねえ、戻れない場所がいっせいに咲く時が、
世界にはあるね。

(作中より引用)

川上未映子さん、大好き。
しかし、川上さんの文章は自分の根幹を
揺るがすものである場合が多いので、
まとまった冊数を読めません。

ちみちみと、時折思い出したように読み
その鋭さに打ちひしがれる。

〝チャーリーとチョコレート工場〟に
出てくる一生溶けない飴のように
何度も口に入れたり眺めたりして、
言葉の意味やその時々の自分の輪郭を
確かめる。

私の中ではそんな作家さんです🗣


こちらの作品は、コロナ禍真っ只中の
2022年2月に出版された作品。

『春のこわいもの』というタイトルも、
出版のタイミングも、緻密に練られていたんだろうなあ。すごいなあ。

誰かにとっての〝こわいもの〟は
コロナかもしれないし、単純に〝他者〟かも。
大き過ぎる自意識かもしれないし、
ある夜の思い出かもしれない。

或いは、絡み合う母娘の縁かもしれないし、
迫り来る〝死〟や 老いに伴う〝忘却〟かも。


過去に読んできた作品は長編でしたが、
今回は短編ということもあってか
鋭さは控えめな印象を受けました。

でも、だからこそ、
怖いのかもしれない。

鋭くなくて、直接的な言葉もないから
読書は油断して読み進め、無事読み終える。

ゆるゆると読み終え、何となくわかったような気持ちで本を閉じ、普通の生活に戻っていく。

そして、ふとした瞬間に
「あれ?こんな荷物あったっけ?」と
自室のピンクの袋を開ける。そのとき。
息を潜めていた〝こわさ〟が実体を持ち
暴走し始めたとしたら……

そんなこわい妄想を巡らせてしまう、
柔らかめの読み口ながらも不気味な作品でした。

わたしはきみが大好きです。きみに会えたことは、わたしの人生に起きた、本当に素晴らしいできごとでした。わたしを見つけてくれてありがとう。わたしを好きになってくれてありがとう。ねえ、戻れない場所がいっせいに咲くときが、世界にはあるね。ずっと、ずっと元気でいてください。お元気で。

じっさいに、美人はいるしブスもいる。そんなの当たり前の話だった。自分で決められる価値もそりゃあるにはあるだろうけど、同時に他人が決める価値も、あるに決まってるじゃんか。

ただ歩いているだけのことが何かどうしようもないものを、宛のないものをひきずっているようにしか思えない。しかもそれは自分のものでもない荷物なのだ。これはいったい誰から預けられたものなのだろう。いつか誰かに返すのだろうか。

(いずれも作中より引用)

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