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182 目に見えない宝物

中学生の頃、英語の教科書で『星の王子さま』を知った。
当時、英語は苦手だったのだけれど、シンプルでありながら考えさせられるストーリーとかわいらしい挿絵に魅了されて、何度も読み返した。文章をきちんと訳したくて、一所懸命辞書をひいていくうちに、他の国の人が使う言葉を知るのはおもしろいと気づいた。

あとで『星の王子さま』はフランスの作家の作品と知り、いつかフランス語も勉強してみたいと思った。

物語は、ときどきこういう力を発揮する。

『星の王子さま』の中で印象的だったのは、「大切なものは目には見えない」だが、それとセットで英語の教科書の文章も忘れられない。

それは、章の最後の一文「あなたの目に見えない宝物は何ですか?」。
これは、今も私の中で時々聞こえる問いの一つだ。

その後、高校生で読書にハマり、手当たり次第に本を読んだ。
その中で時々「目に見えない宝物」についての記述と出合うことができた。

―私の日々のほんとうの収穫は、朝や夕方の淡い色のように、触れたり語ったりできない何かです。それは、小さな星くずをつかまえたり、虹の一部をつかんだりするようなものです。(ヘンリー・デヴィッド・ソロー)

―世界で最もすばらしく、最も美しいものは、目で見たり触れたりできない。それは心で感じなければならない。(ヘレン・ケラー)

これらを読んで学んだのは、心を鈍感にしないことの大切さだ。
例えば、一日の終わりに少しの時間でもその日に思いを馳せる。
お風呂に入っているときでも、歯磨きをしているときでも、眠る寸前でもいい。
その日どんな天気で、何をして、何を感じた一日だったか。

それを想うだけで、一日たりとも同じ日はないことに気付く。

私にとっての目に見えない宝物はなんだろう?
そう思いながら、日々をきちんと感じるよう意識して過ごした。

そんな風に暮らしていくうち、さまざまな人に出会った。
その中で特に親しくなった数人に、中学の教科書と『星の王子さま』の話をして、あの問いを投げてみたことがある。

あなたにとっての目に見えない宝物は何ですか?
これを訊くと、大体の人は戸惑う。

それでも、私が訊いた人たちは「難しいな」と言うことこそあれど、考えるのはやめなかった。
そういう人たちに出会えたことは、とても喜ばしいことだった。

OLをしている友人は「吹奏楽を知ったこと」と答えた。
15年以上フルートを続ける彼女は、その時その時の所属している楽団であらゆる曲を演奏してきた。

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一人で練習する時間も大好きだし、みんなで音を合わせる瞬間も大好き。この前、念願の全国大会に出られたことは大きな経験になった。でもね、一番しみじみうれしいのは、コンクールの課題曲や定期演奏会で過去に演奏したことのある曲をもう一度吹くことになったとき。初めて大学生の時に演奏したときはこんな風だったなとか、この部分に苦戦したなとか。昔の自分に会うような気持ちになる。だから恥ずかしくて懐かしくてうれしい。

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医師をしている年上の友人は「自分なりに生きることを考えるようになったのこと」と言った。
彼は海外留学をして難病を研究し、今は大学病院に勤めている。

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どんなに手を尽くしても治せない病気というものは存在する。それを知ったとき、僕は絶望した。なんのためにアメリカまで来たんだってね。難病にかかって苦しんで亡くなっていく人たちはなんのために生まれてきたんだ?そう思うととても苦しかった。そして、死を待つ人たちを直視することができなかった。それでも患者さんや、そのご家族と接していくうちに、どんな命にも意味があると思った。

例えば、ある患者さんが僕に涙を流して「つらい」と話してくれたことがある。僕は彼の肩に手を乗せて、話を聞くことしかできなかった。そのとき、ご家族が「来たよ」と言って部屋に入ってきた。その途端、彼はご家族がベッドに来るまでに涙を拭いて、笑顔になったんだ。「今日はなんだか調子がいい」って言って。その姿を見て僕の心は震えた。彼は数ヶ月後にいなくなったけれど、僕の心に確かに刻まれた。

もちろん、ヤケになってご家族や僕に八つ当たりする人もいた。ずっと苦しみながら泣いている人もいれば、穏やかな人もいた。色んな死の待ち方があった。

でも、どの人も僕の心に影響を与えた。
君は、さっきの患者さんの話を聞いてどう思った?
もし何も思わなくても、こういう人がいたことを知ったことになるよね。

うまく言えないんだけれど、人は誰かに影響を与え続けている。
それは身近な人かもしれないし、全く知らない人かもしれない。
でも、その影響は広がっていくこともある。影響は死んでも消えない。
だから、何か大きなことを成し遂げなくても、病気になってしまっても、自分はつまらないと思わなくていいんだ。生きているだけで意味があるんだ。そう、思えるようになってきた。

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これらの体験で彼らが得たものを言葉で表すのはとても難しい。
でも、この話を聞いて(読んで)心が何か感じたのであれば、彼らの宝物に心で触れられたことになると思う。

私の目に見えない宝物は何か?
彼らのようにうまく話せない。

それは星のようなもので、確実にあるけれど、それが実際にどんなものなのかは説明できない。
空のように色が変わり、花のように季節を巡り、湯気のように沸きたっては消える。

それでも少しずつ感じられてきたような気がする。

目に見えない宝物は何か?
もしかしたら、この問いを持つことができたことかもしれない。


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