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162 夏におすすめの小説6選

日に日に暑さが増してきました。
梅雨が明けたら、明るい夏が待っています。

今年の夏はどのように過ごしますか。太陽を思いっきり浴びて、汗をかくのも夏らしい過ごし方ですが、涼しい室内で本の世界に入るのも良いものです。

本は旅です。空間も時間も超えて、他の人のフィルターを通した別の景色を見にいくことができます。自分一人だけでは体験し得ない人生を知ることは、心潤う時間です。

今回は、夏の読書におすすめの小説を六冊ご紹介します。
作中の季節が夏だから選んだものもありますし、季節にとらわれず、怖さを感じる作品や暑い時の読書に合うさわやかなイメージから選んだ作品もあります。

さぁ、この夏はどこへ行きましょうか。
お気に入りの飲み物を用意して、心の旅のガイドブックをお楽しみください。

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『日の名残り』 カズオ・イシグロ 著/早川書房

-人生を振り返りたい時におすすめの長編小説-

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執事スティーブンスは、新しい主人の勧めで小旅行へ出かけます。かつて、ともに働いた女中頭ミス・ケントンに会いに行くために。それは、自らの人生を振り返る時間旅行でもありました。

物語は、1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての「過去」を行き来しながら進みます。心から敬愛する前の主人ダーリントン卿がまだ健在で、ミス・ケントンとともに屋敷を切り盛りしていたころ。彼が経験してきたこと、そして失ったものとは-。

夏の美しい英国の田園風景を背景に繰り広げられる、スティーブンスの半生。執事の「品格」を常に考え、誇りを持って従事した日々。嬉しいことも辛いことも後悔もたくさんあったダーリントンホール。この旅行を通して、スティーブンスは自分の記憶と向き合い、そして未来へ向かっていきます。その姿は、読む人の心にじんわりと寂寥感を広げたのち、希望を感じさせてくれます。

最後に、スティーブンスの隣にたまたま居合わせた男が言った言葉が印象的だったので、引用します。

「人生、楽しまなくちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ」


夕方、移りゆく空を感じながら読みたい一冊です。


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『レキシントンの幽霊』 村上 春樹 著/文藝春秋

-いくつもの奇妙な世界をのぞきたいあなたに-

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レキシントンにある古い屋敷で起こった不可思議な出来事。それに出くわした「僕」が見たもの、あるいは感じたものを淡々と綴る表題作「レキシントンの幽霊」。

専業主婦の前に突如現れた心が読める緑色の獣。ナイフを使っても倒すことができないこの獣に、彼女がした残酷な仕打ちとは-。「緑色の獣」

そのほか、氷男と結婚した女性の顛末をひやりと描く「氷男」など、不思議でぞっとする話から、「沈黙」や「七番目の男」など人の心に潜む魔物を浮き彫りにした作品まで、底知れぬ恐怖を感じる七つの物語が詰まった短編集です。

彼らの体験は闇から生まれたモノなのか、それともヒトの心が生んだモノなのか-。

「レキシントンの幽霊」の主人公の友人ケイシーはこう言います。

「ある種のものごとは、別のかたちをとるんだ。別のかたちをとらずにはいられないんだ」

どっぷりと不思議な世界にひたりたい夜におすすめです。


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『異人たちとの夏』 山田 太一 著/新潮社

ー失ったものと向き合いたいときに読みたい小説-

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主人公原田はシナリオライター。離婚をして孤独に過ごす彼は、ある日死別した両親に出会います。
両親が交通事故に遭ったのは、原田がまだ十二歳の時でした。両親は亡くなった時の年齢のままなので、すでに原田の方が年上になっていましたが、原田は子どものころのように両親を求め、会いに行きます。

はたから見れば、奇妙だったかも知れません。それでも原田は、込み上げる懐かしさと安らぎに包まれるために何度も両親のもとへ行き、徐々の衰弱していきます…。

木造アパートの雰囲気や手作りアイスクリームなど、昔ながらの日本の夏を背景に、すでにこの世のものではなくなっている人々とのふれあいを描いた、少しひやりとするお話です。

すき焼きをかこんだ場面では、父親が中居さんに「こいつはよくやった」と言います。「一人で頑張った」と。この時の照れくさいような嬉しさ、そして寂しさ…。悲しいけれど、じんわりと優しい気持ちになれる作品です。


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『ぬるい眠り』 江國 香織 著/新潮社

-昼と夜の間の曖昧な時間にぴったり。切なさとおかしみの詰め合わせ-

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「たよりなくて、センチメンタルで、そうしてばかばかしい。」

表題作「ぬるい眠り」の中で、主人公は夏のことをこんなふうに表現していますが、この短編集に収録された九遍はまさにそんなイメージ。「ばかばかしい」という言葉はマイナスの意味ではなくて、一種の明るさを表現した言葉です。

離婚の危機が夫婦の歴史そのもの-。そんな両親をもつ「私」が見た、少し変わった愛情の形を描く「ラブミー・テンダー」。

表題作「ぬるい眠り」は、主人公雛子が大切な愛を埋葬するまでのお話。雛子が見て見ぬふりする悲しみに胸がきゅっと締め付けられます。それは、誰もが同じタイミングでスパッと別れられたらどんなに楽だろう…と願ってしまうほどでした。かけがえのない人との別れが起こす、心の停滞から再起までを描いています。

そのほか、思い出話をしない規則をもつ学生時代の仲良し三人組が織りなす中途半端な時間の再会を描いた「放物線」から、見知らぬ人の葬式に参列する趣味をもつ夫婦の物語「清水夫妻」まで、さまざまな人間模様を垣間見ることができる短編集です。

少しずつ歪んだ、愛すべき人たちに会いたいときにどうぞ。


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『異邦人』 アルベール・カミュ 著/窪田 啓作 訳/新潮社

-当たり前とは何か考えたい時間に-

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主人公はアルジェリアで暮らす青年ムルソー。「きょう、ママンが死んだ。」という有名な書き出しのとおり、母親の死から物語は始まります。女と遊んだり、アパートの住民と話したり、友人を助けたりして暮らすムルソー。ある夏の日、友人のヴィラに遊びに行き、衝動的に一人の男を殺してしまいます。

ムルソーは犯行動機を「太陽のせい」と話しますが、裁判では母の葬儀で涙を流さず、その翌日に女と遊んでいたことを理由に、計画的な犯行だと決めつけられてしまいます。ムルソーの近しい人間は彼をかばう証言をしますが、それを加味されることなく、極刑が下ります。

たしかに人の命を奪うことは罪ですが、ここで問題なのは、裁判が本人の言葉を理解せず、検事など周囲の人間が用意した筋書きでムルソーの人間性と刑罰の決定を進めようとしていることです。

母親の死に対して涙を流さなければ、悲しんでいないことになるのだろうか?
全ての人間が神に救いを求めるべきなのだろうか?

身内の死をわかりやすく悲しむことが常識。
その固定観念が、演技をしないムルソーを「異邦人」としてしまう-。

淡々とした文体ですが、話が進んでいくうちに一文一文が心に響いていきます。物語自体はそれほど長くはないのですが、読み応えは抜群。時間をたっぷりかけて読みたい作品です。


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『月の砂漠をさばさばと』 北村 薫 著/おーなり 由子 絵/新潮社

-日常にあふれる愛が詰まった絵本のような一冊-

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小学校三年生の女の子さきちゃんと、お話を作る仕事をするお母さんの日々の物語が詰まった一冊です。

お母さんがする子どもの想像力を広げるような質問や、さきちゃんの大人顔負けの考え方は、忘れかけていた大切なことに気づかせてくれます。

愛にあふれたやさしいお話でありながら、すでに一緒に暮らしていないお父さんの影が時折見えて、二人の心の奥にある複雑な感情も描いています。

十二のお話の中で、さきちゃんのお父さんの名前が出るのは「ふわふわの綿菓子」のみですが、「くまさん」で苗字が変わることについて、「猫が飼いたい」で住んでいるところについて書かれてあり、母娘の背景にあるお父さんとの別れを暗に示しています。

さきちゃんは、空気を読んで寂しさを上手に隠します。読者がそれに気づくのは、お母さんと同じタイミング。だから、お母さんがぽろぽろと涙をこぼす同じタイミングで、読者も言葉を失い、涙が滲むのです。

タイトルの「月の砂漠をさばさばと」は、お母さんのお父さんが一度だけ歌った歌。たった一度でも、お母さんの心には刻まれています。同じように、さきちゃんにもお父さんとの思い出が刻まれているのでしょう。

作中の季節すべてが夏ではありませんが、ふわふわの綿菓子やさそりの井戸、こわい話など夏を想起させるお話が多く、夏以外の季節のお話もどこかさっぱりとしているので、この本を選びました。

おーなり由子さんの愛らしいイラストが物語をよりやさしく彩ります。目次部分やひとつひとつのお話のタイトル部分にさりげなく入った小さなイラストも楽しめます。

言葉ひとつひとつ、1ページ1ページを大切にしたくなる、目も心も喜ぶ一冊です。


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いかがでしたか。
隙間時間に読みやすい短編集から、じっくり物語を味わう長編小説。また、少し怖いお話から、考え方を広げるような小説、心温まる作品まで幅広くご紹介しました。

この夏を豊かにする心のお出かけリストにぜひ加えてくださいね。
素敵な夏を。

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