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092 落ちていく時間

朝、勇気を出して窓をあけたら空きれいに晴れていて、ちょっとうれしい気持ち。
でも、空気はぐんと冷たいです(さむい朝に窓をあけることは、ちょっとした覚悟が必要なのです)。

すいっと冷えた空気が私を包んで、鼻から体の中まで冷やします。
さむい。でもなんだかいい気持ち。

そう思って見上げると、思っていたよりもずっと速く雲が流れていました。
いつもはどちらかというと止まっているように見える雲がふいふいと流れていきます。

あ、きちんと時間は流れている。
こんな風に、あたりまえのことを不意に発見することがあります。
時間は流れている。止まることはきっとない。

人生ではじめて時間の流れを感じたのは、砂時計を見たときでした。
母がお茶をいれるときに砂時計を使っていたのです。

きらきらしたガラスの中にきらきらした細かい砂が入っていて、きれい。
母が上下をひっくり返した途端、砂は我先にと落ちていきました。
待って、と言っても止まることはありません。砂たちは容赦なく落下していきます。
最後の砂が落ちたとき、私は若干の恐怖を覚えました。
おわった、という感覚。取り返しがつかない、というようなやるせなさ。

母が料理をするときに使うキッチンタイマーも時間をはかるものですが、印象が全く違っていて、驚きました。タイマーは、けたたましい音とともに時間が来たよ!と知らせる感じ。砂時計は、静かに、でも確実に終わったよ、という感じ。

砂時計の砂がすべて落ちたあと、私はもう一度上下をひっくり返しました。また砂は落ち始めます。音も立てず、さらさらとひと粒ひと粒おちていきます。
一度落ちた砂は、砂時計をひっくり返すまで戻りません。
そして、ひっくり返せば砂は戻りますが、時間は戻りません。

常に流れ続けている時間の中を生きているんだ、と感じました。

母は、今ではキッチンタイマーは使いません。自分の時間感覚で料理をします。
それでも、紅茶を入れるときには砂時計を使います。
「その方が紅茶を待つ時間が楽しいから。」
と言いながら。

長い時間が流れたと感じたとき、多かれ少なかれ後悔の思いは出てきます。
でも、短くても時間を見つめる瞬間があれば、自分にとって良い時間を過ごそうという気持ちになります。そして、そんなひと時ひと時を重ねれば、人生をふりかえったとき落ちた砂たちが光って見える気がします。

砂が落ちることは止められないから。
自分が持っている砂があとどのくらいあるのかもわからないから。

時間を感じる瞬間は、「いま」を大切に過ごそうと思える瞬間でもありました。
雲が形を変えては目の前を横切っていくのを見つめながら、そう感じました。

今回も、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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