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167 ももの香り、夏の音

雨を忘れてしまったような空。
きれいな青色はいつ見てもやさしい気持ちになる。

姪が遊びに来た。私が冷やしていた桃をむいている間、姪は椅子に座って床まで届かない小さな足をぱたぱた動かしている。

「このお家の近くにはセミがたくさん暮らしているのね」
姪がそう言い、私は驚いた。セミ?

その瞬間、窓の外からセミの合唱が聞こえ始めた。

「ほんとうね。びっくりした」
私がそう言うと、姪はくすくす笑った。

7月の初めだろうか。
セミの声が聞こえはじめて、あぁ、今年も夏がきたなぁと思ったのは。
それからも、時折りセミの声が聞こえては外の暑さを思い、命の最後の音に耳をすませていた。
いつの間に、日常の音として意識しなくなったのだろう。

「いいにおい!」
手をべたべたにしながら桃の皮をよけていると、姪が鼻をふくらませながら言った。
私は早く食べたい一心で手を動かしていたので、においに気づいていなかった。
姪の言葉を聞いた途端、桃の甘くみずみずしい香りがした。

桃はハズレがある果物なので、スーパーマーケットで真剣に選んでいた。産地や大きさや香り、お財布との相談…。すると、青果コーナーで品出しをしていたおじさんが「今年は和歌山の桃が香り良くて甘かったよ」と教えてくれた。

甘いだけじゃなくて香りもいいなんて!と嬉しくなって買った桃だった。

もしかしたら、この世に生まれて数年しか経っていない姪の方が、ものの楽しみ方を知っているのかもしれない。

当たり前になったことに気づくのは、きっとこういうゆったりした時間。目の前の人との時間を愛おしむときなのかもしれない。
急いでいると、香りも音もわからなくなってしまう。

「桃、ちょっとゆっくりむいてもいい?」
私が聞くと姪はにこにこして
「いいよ!」
と言ってくれた。

外は明るく、窓から見えるのは植物と青空だけ。
聞こえるのはセミの声。
桃のしあわせな香りに包まれるやさしい時間を過ごした。

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