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078 紅茶党、ハーブに浮気する

朝。
水道から出る水のつめたさにおどろき、いつもよりきりっと冴えた紅茶のいろにうれしくなって、確実に冬に向かっていることを知りました。気がついたら部屋着も七分袖です。

大好きなあたたかい飲みものがさらにおいしく感じる季節。
実家の方が茶葉の種類が豊富なので、紅茶を飲みに帰ることにしました。
普段はひと月からふた月に一度の実家帰りも、紅茶目当てに帰る回数が増えます。

私が「きょう、紅茶を飲みに帰ってもいい?」と母にメールしたら「もちろん(きらきらの絵文字)(落ち葉の絵文字)(爆弾の絵文字)」と返信がありました。

爆弾の絵文字?
母は超がつくほどの天然なので、そんなにおどろくことではありません。
どうせぶどうの実と間違えたのでしょう。

ふらふらと歩きながら、夏とはあきらかに違うすっきりしたつめたい空気と色を変えつつある葉っぱを楽しみながら歩きます。この季節はブーツで歩けるのもうれしい。

川沿いの道にある、季節の果物をたっぷりと使う人気のケーキ屋さんで、お土産にぶどうのムースとりんごのシブーストを買いました。

やわらかい昼下がり。
日曜のせいか、街を走る車もとことこ歩いているひとものんびりしている気がします。

家に着くと、やっぱり鍵がはずしてありました。
がちゃっとドアをあけると、ぱたぱたぱたという足音とともに母登場です。
「おかえりなさい、思ったより時間がかかったのね」
私はケーキの箱を差し出しながら
「鍵は閉めておかなくちゃ危ないじゃない」
と言うと
「物騒よねぇ」
と世にも適当な返答をされケーキ箱をひょいと受け取られました。

猫も靴箱の角から顔を出しており、私が「おいで」と手を差し出すと、指先をすこしふんふんと嗅いだらくるりと方向転換をして、どこかへひょこひょこと歩いて行きました。

母は
「さぁさぁどのお茶にする?」
と言いながらダイニングに入っていきます。

ダージリンオータムフラッシュ、アッサム、オレンジペコ、アールグレイにりんごのフレーバーティー、それからハーブティー。

ハーブティー?
だいぶ意外でした。
母がハーブティーを飲むのは稀で、飲むときは庭のハーブティを摘んでそのままワイルドにポットでいれて作ったフレッシュなものしか飲まないイメージだったからです。

「ハーブティーを買ったの?」
と私が訊くと母はころっと笑って
「そう!ハーブティー。結構おいしいわよ」
と言いました。私はもともとハーブティーが好きなのですが、母からそう言われる日がくるとは…。なにがブレンドされているのか見てみると、「りんごの果皮、ローズヒップ、オレンジピール、ブドウ、リンデン、カシス、バラ」とのこと。なんだかフルーツティーのようなラインナップで、おいしそうです。
しかし、紅茶を飲みに帰っている身としては、ここで浮気をしてはならない、初志貫徹、と思い
「アッサムでミルクティーにする」
ことにしました。

お湯がわくまでの間、ティーカップを選んだり、ケーキをお皿に乗せる作業をします。
母はフォークを出しながら
「お父さんは、お兄ちゃんとお酒が飲めてうれしいみたいだけど、私はあなたと紅茶が飲めるのがうれしいわ」
と言いました。
「えぇ?私は中学生か小学生のころから紅茶は飲んでいるじゃない」
私はすかさず答えました。私の紅茶党はきちんと歴史があるのよ、と言いたかったのだと思います。母はこう言いました。
「ちがうの。ちがうのよ。あのころはあのころで楽しいお茶会だったけどね、今、あなたは学校を無事に卒業して、働いて、ちょっと大変なことも乗り越えて落ち着いたところ。私は四人も子どもを産んで、ときどき働いて、お父さんとけんかをしたりおばあちゃんに頼ったりちょっと大変なことも乗り越えて落ち着いたところ。ねぇ、わかる?あのころは私もあなたも日々に必死で、その合間に飲んでいたの。もちろんそれは良い息抜きになったし、素敵な休憩だったけれど、常になにかに追われていた。今は、紅茶の色が季節によって違うことを感じられるくらい、落ち着いたのよ」
そこまで言うと、母はわいたお湯を静かにポットに注ぎます。
ポットふたつぶん。私のアッサムティーと母のハーブティー。
紅茶の香りが広がる中、私は
「秋みたいに?」
と訊きました。母は
「秋みたいに」
と答えてくれました。

私も母も二種類のケーキのうちひとつを選ぶなんてことはできないので、それぞれ半分こしました。ぶどうのムースはなめらかでみずみずしく、中からぶどうのジュレが出てきました。りんごのシブーストは香ばしくてしっかりと甘く、紅茶とよく合いました。

隣を見ると、母のハーブティーは透明なオレンジ色。とてもきれいです。
がまんできなくて
「ハーブティー、すこしちょうだい」
と言うと、母はにこりと笑って、ポットの中身を他のカップに入れてくれました。
ハーブティーはえぐみがほとんどなく、すこし酸味がありましたが、とても飲みやすいものでした。鼻を抜けるローズヒップと果物たちの香りでしあわせな気持ちになりました。秋にハーブティーを飲むのもいいね、と思いました。

気がついたらひざに猫がのっていました。
ひざに猫が乗るようになるのも、秋のしるしです。


「ね、メールでどうして爆弾の絵文字をつけたの?」
尋ねてみました。母は目を丸くして
「どれのこと?」
と訊きました。私は、携帯電話の画面を見せて、爆弾の絵文字を指さしました。
母はそれをみて、ころころと笑い
「いやだ、あなたそれ花火よ。きょうは近所のえびすさんのお祭りだから」
と言われました。
えぇ⁉でもこれどう見ても爆弾なんですけど…と思っていたら
「あなたは昔から、ちょっとぼけているところがあるもんねぇ」
と笑われてしまいました。まったくもって解せないことです。

でもあまりにも母が楽しそうなので、花火でいっか、と思いました。
実家から帰る途中、ハーブティーを買いました。
ラベンダーカモミールと、レモンやオレンジが入ったさっぱりしたブレンドと。
紅茶もいいけれど、たまには浮気してもいいよね。
そんな風に思った日曜日でした。


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おまけー猫がひざに乗るタイミングについて

猫がひざに乗るときって、どうしてこうタイミングが悪いのでしょう。
私が戸棚から何かを出そうとしたり、トイレに行こうと思ったときなど、席を立とうとした瞬間にささっと乗ってきます。

ちょっと後にしてくださいませんか、と思うのですが、猫の無邪気なかわいさともけもけの毛のあたたかさとやわらかさに、まぁ席をたたなくてもいっかとひざを貸してしまいます。

しかし、トイレに行きたいときは結構悩みます。
もうちょっとがまんするか、と思って紅茶を口にするとさらにトイレに行きたくなるので大変。

猫は私を試しているのかしら、なんて思ってしまうほどいつもへんなタイミングでひざに乗ってくるのですが、やっぱりかわいいし、なによりふとももがほかほかになるので良しとしましょう。


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