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酸素同位体比による気候復元の注意点

中塚武さん(名古屋大学環境学研究所)が中心になって開発を進めている「酸素同位体年輪年代法」は、最も信頼できる科学的年代測定法の1つです。この記事では、年代測定とともに、「酸素同位体比年輪年代法」でもう1つ期待されている、気候復元の役割について紹介します。


酸素同位体比はデータ公開

酸素同位体比年輪年代法は、樹木年輪の1年ごとの「酸素同位体比」(酸素16と酸素18の比率)を測定します。湿度により乾燥期は軽い酸素16から蒸発するので酸素18の比率が高く、湿潤期は低く、酸素同位体比が変化します。その変化を利用して、試料の実年代を特定します。

写真AC

酸素同位体比は、紀元前600年まで1年ごとのデータが公開されていて、誰でも自由に利用できます。トップ写真は、僕がグラフ化した2600年間の標準パターンです。データが公開されていること自体が信頼性を高めています。

※もちろん、1本の試料だけでは2600年間の年輪データは得られません。酸素同位体比は67本の試料(樹木)のデータをつなげて、前600年までの標準パターンを作成しています。

Central Japan 2,600 Year Composite Tree-Ring Oxygen Isotope Data
https://www.ncei.noaa.gov/access/paleo-search/study/28832

酸素同位体比による気候変動の復元

酸素同位体比は乾燥期に高く湿潤期に低くなります。酸素同位体比は「降水量」の指標だということです。酸素同位体比を見ることで、過去の気候変動の復元ができる可能性があります。

紀元前600年以降の標準パターンを見ると、以下のような変動が見てとれます(図表1)。

図表1 

  • 弥生中期 酸素同位体比高い 乾燥期

  • 弥生後期 急低下      移行期

  • 古墳時代 低い       湿潤期

  • 平安時代 高い       乾燥期

  • 江戸時代 低い       湿潤期

乾燥=温暖、湿潤=寒冷とは限らない

中塚さんの書籍ではわかりやすく、「降水量」の指標である酸素同位体比を「気温」の指標にも読み替えて使っています。経験的な気候変動を基にしています。

乾燥期とは少雨で温暖だった年・時期、湿潤期とは多雨で寒冷だった年・時期と見なしています。 

  • 乾燥期≒温暖期

  • 湿潤期≒寒冷期

確かに江戸時代は長雨、冷害による飢饉が多発しており、湿潤期と寒冷期は一致しています。 

一方で、例えば、僕が住んでいる千葉では、2019年10月に大きな水害が3回も発生しました。

現代の日本は西日本も東日本も酸素同位体比は低い(湿潤期)です。僕たちがまさに今体験している21世紀に入ってからの水害は、「湿潤温暖」の状況で起きています。酸素同位体比が示す「乾燥」「湿潤」の変化が、必ずしも「温暖」「寒冷」に対応していないのが特徴です。

現代の「湿潤温暖」(降水量が多いのに気温が高い)はまさに経験を基にした気候変動パターンが崩れていることを示します。現代に限らず、歴史上には、そのような時代がときどき発生していることに注意が必要です。

中塚さんによると、現代のような「湿潤温暖」期は、集中豪雨が激増する時代であることも、史料的にはわかっているとのことです。 

日本書記と単年では一致しない

酸素同位体比で気候変動を読み取ろうという時のもう1つの注意点は、古代の歴史書に記述された水害の記録と酸素同位体比は、単年では必ずしも一致しないということです。

僕が日本書記の継体天皇~持統天皇(507~697年)の年代を対象に「雨」「水」で検索し、災害の記録を抽出したところ、この約200年間に13件がありました(図表2)。

このうち酸素同位体比が「-1」以下の低い年は2件しかなく(図表2の黄色い網かけ、〇印)、「0」以上の高い年が5件もありました(図表2のオレンジ網かけ、×印)。

図表2

また違う例でいえば、AD127年の酸素同位体比は「-3.39」と極めて低く、若林邦彦さん(元総合地球環境学研究所)は「極端な多雨の年だったと想定できる」と推測しています。

ただ、1680年の酸素同位体比も「-3.12」と低いのですが、この年(徳川綱吉が将軍になった年)は9月に台風が東海・関東を襲ったものの、極端に多雨だったような記録はないと思われます。

このように、単年の酸素同位体比を見て、その年の気候や災害を判断することはリスクがあり、注意が必要です。

酸素同位体比と災害記録が一致しない原因は3つ考えられます。

  • 酸素同位体比が1年(ひと夏)の平均値であるのに対して、干ばつや洪水の被害は1ヶ月や1週間程度の気象現象で発生する

  • 現在の標準パターンは中部日本の樹木の分析から作成されているため、中部日本以外の災害は正確に反映しない可能性がある

  • 古代は記録の数が圧倒的に少なく、災害があっても記録されなかったり、正確でない記録が残ったりすることがある(災害の程度など)

酸素同位体比による気候復元は、単年で見るよりは、図表1のグラフの青線(11年平均)のように、少し長い期間で見るべきなのかもしれません。

中塚さんが現在、試行しているように、1年輪を分割して「時間的解像度」を上げれば、酸素同位体比と気候変動はより整合するでしょう。

僕は「時間解像度」を上げることに加えて、いろいろな地域の試料で酸素同位体比を測定し、「地域別解像度」も上げることも検討してほしいと思います(古代については難しいと思いますが)。

現在の標準パターンは中部日本の試料で作成されています。少なくとも西日本、東日本、北日本の地域別の標準パターンもできるとベストではないでしょうか。

【おことわり】
※2023/3/9に公開したこの記事のうち、前半の年代測定に関するパートは情報が古くなったため、2023/10/23に削除しました。
※年代測定に関するパートは以下の記事(第4章)に統合しました。

(最終更新 2024/1/13)

#古代史 #弥生時代 #古墳時代 #酸素同位体比年輪年代法 #年輪年代法 #科学的年代測定法 #日本書記 #気候変動

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