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トンビが春風に泣いている

3月、よく晴れた江の島の平日。
朝からふく強風で、波が揺れている。
まだシラスが生まれたばかりの海は、暗いままだ。
足の下をみれば海という崖の道沿いに、
古い食事処が建っている。
柱時計、お品書き、手打ちのレジ、海鮮丼のサンプル。
夏はビヤホールになる縁側の外席。
こんな日は外に坐る客は少なく、
オープンエアをひとり占めできる。

青空のなかを、トンビが春風にのっている。
翼で空気をつかまえ、強い追い風に流れていく。
トンビが下界の獲物を見ていることを、わたしは知っている。

去年の春、トンビはこの席の隣にいた。
ふわりと降りてきたトンビが、
目の前で羽を広げる、
したを向く、
首をかしげる、
右に、
左に。
身をよじり、
右へまわる。
一周すると、急降下して見えなくなった。

店を出るとき、道路を見た。
ピンクとバニラのアイスクリームが、潰れて散っていた。
「観光客がやられたんだ」と店主が言った。

いま、トンビが空を高く飛んでいる。
江の島に人影は少ない。
遠くで春の海が白く光った。



よんでくださった方、ありがとうございます! スキをくださった方、その勇気に拍手します! できごとがわたしの生活に入ってきてどうなったか、 そういう読みものをつくります! すこしでも「じぶんと同じだな」と 思ってくださる人がいるといいなと思っています。