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フミサン:スーパーミラクル健康ドリンク

ヤクルト1000というのが大流行だという。という話を聞いて、そういえばうちも昔ヤクルトを取っていたなあと思い出す。牛乳も取っていた。牛乳メーカーの名前が記された木箱が玄関にあって、そこに毎朝牛乳瓶が入っている。その上だか横だかにヤクルトは乗っかっていたのだと思う。玄関の鍵を日中は閉めてなかったような時代、というか、地方、だったので牛乳瓶が丸腰で置かれて行っても何の不思議もないけれど、平和な時代だった。それを盗む人もいないし、変なものを混入しようなんて余計なことを考える人もいない。それが当たり前であった時代はあまりに遠く、もう再び手の届かないところに行ってしまったようだけれど、実はすぐそこにあるのかもしれない。人の心に少しの余裕、邪悪なものが入ってこれないようなある種の明るさがほんの少し差し込めば、あの日は決して遠いものではないのかもしれない。

ヤクルトの瓶て小さいなあ、といつも思っていた。甘くて美味しいけれど、小さい。そして封をしてある銀紙を剥くのがちょっと難しい。実は子供の頃、ヤクルトを毎日飲んだ覚えはない。たまに、少し特別な感じで飲んだ。五人家族で一日2本を取っていたから、たまに私の順番が回ってきたのかもしれない。そんな中、毎日ヤクルトを飲む人がいた。しかもそのまま飲むのではない。ヤクルトの会社の人が聞いたら耳から煙を吹き出しそうな、アッと驚く方法で飲むのである。そう。泣く子も黙るヤクルト入りスーパー栄養ミックスドリンクを作る人がいるのだ。フミサン!

いつの頃からか、たぶんフミさんも寄る年波を感じていたのか、割と近くにあった養蜂場の蜂蜜、花粉、ついにはローヤルゼリーが我が家にやってきた。もちろん子供はローヤルゼリーなんて高級なものを食べたりはしない。朝、寝ぼけ眼で食卓にくると、割烹着を着たフミさんがプラスチックのボウルを取り出し、菜箸でかき混ぜて、何やら怪しいドリンクを作っている。このドリンクにはヤクルト、蜂蜜、恐らく牛乳、豆粒くらいのローヤルゼリー、更にはレモンの絞り汁が入っている。かなりの分量のドリンクが出来上がりつつあるから、あの小さな瓶から注がれた甘い液体の他にも何か別のものがたくさん入っているはずだ。ご存知の通り、牛乳にレモンを入れると凝固してしまう。でもフミさんはそんなことはちっとも気にかけず、とにかく混ぜる! すると、かなりとろりとした黄味がかったドリンクが完成する。生卵が加えられた時すらあったかもしれない。その辺は実験スピリット満載のフミさんのことだ、思いつくまま試す。

私はこの分離寸前の何が入ってるか分からない怪しいドリンクをそれほど飲みたいとは思えなかったけれど、フミさんは欠かさず毎朝飲んでいた。私も時々飲まされた。乳製品にレモンを加えると凝固するという科学的事実を知ったのは、このドリンクを飲んだ日からである。

フミさんはすごく長生きして、寝たきりになることも、ボケることもなかった。そう、あのスーパーミラクル健康ドリンクは、たぶん効いたのだ。ヤクルトを飲むと、あの朝のカクテルを思い出し、とろんとした黄色い液体を思い出す。ちなみにフミさんはヤクルトを「ヤグルト」と呼んでいた。違うよ、ヤクルトだよ、と言っても、ヤグルト。

あのたっぷりとできたドリンクの正確なレシピ、そのうち突き止めてみたい。生姜くらいは時々入れていたかもしれない。豆乳はまだスーパーに登場していなかった時代だからたぶん違う。お砂糖の入っていないヨーグルトが初めて売り出され、それを食べた母が「これ、腐ってますよ」とスーパーに持っていった、そんな時代の話。

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