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noteの居心地について考えてみた

noteは「居心地」をわりと真剣に考えて実装してる稀有なプラットフォーム、ウェブサービスだと思う。実装の仕方もメディア側が主ではなく、あくまでユーザードリブン(サイレントな部分も含めて)であまりストレスや押し付け感がない。

なんだかんだ言ってnoteの最大の魅力は「居心地」の良さなんじゃないか(個人の感想です)。

なのだけど、WEBサービスの世界に居心地という指標は多分ない。UXでもUIでも評価や設計できなそう。それらは居心地を構成している要素のひとつであって、それがすべてではないから。裏側ではフロントエンドエンジニアさんの地味にすごくてモダンな仕事も関与してるし。

指標的にはエンゲージメントが少しかすってる気もするけど、じゃあエンゲージメントの高いサービスがすべて「居心地」いいかというと、それも違う。

あえて言えばnoteは「居心地のデザイン」がうまい。だから常連も古参も新しいユーザーもそれぞれ自分の居場所がつくれるんだろうな。
居心地と緊密に関係する「規模感」も店に来るお客さん(noteのユーザー)それぞれで自分の落ち着く規模感に可変要素がある。たぶんユーザーによって「自分のnote」の世界を自由に拡大も縮小もできるのだ。

あ、そうだ。書いてて思ったけどnoteはリアルのマスターがやってる店に近い。

マスターはあんまりデータや数字(売り上げや固定費、原価は数字で見るだろうけど)ドリブンで店をデザインしない。それより人の感覚、感じる空気を大事にしてると思う。違和感を感じたら調整するし、店の空気にあまりにも合わないことがあればそれがお客さんに関わることでも放置しないだろう。

その安心感というか信頼感があるから店が流行る。客の側もそれを維持したくなって良質なものを店に持ってくる。noteなら他にない良質なコンテンツ、人間くさいコンテンツをnoteに書く。シェアする。いい循環がnoteにはある。

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あと、いつ訪れてもいい意味で変わらない空気感も大事。

実際、僕もあまりにも仕事や身の回りが忙しくて1年以上店に、というかnoteに来れないときがあった。僕なんかクラスのユーザーだとnoteで直接間接的にマネタイズになるわけでもないから余計に足が遠のく。

それでも1年ぶり以上に店に来たら「おかえりなさい」と言われた気がしてうれしかった。久しぶりのお客さん、ユーザーとも以前のように話せる。リアルの店だって1年もすればすっかり空気が変わっていて居心地が合わなくなることも珍しくないのに。そういうのがnoteの他にない良さ。なんなら奇跡といってもいい。

リアルの店でもウェブサービスでも、居心地が変質してきたなとユーザーが感じれば自然に離れていく。これまでネットメディアの世界でも繰り返されてきたことだし僕もそうやって行かなくなった店、寄りつかなくなったネットメディアもいくつかある、

で、今回の話。実績バッジを実装するしない。究極は運営側がどう店を長く盛り上げたいか、お客さんにどう楽しんでもらいたいかなので個人的には賛成も反対もない。客としてお店のカウンターを乗り越えてものを見ることはできないし、することでもない。

カウンターの内側から見る景色、視点は違うのだから、そこから見て「実績バッジ用意したらnoteのお客さん喜ぶかもね」となったら、それはそれ。

きっとたぶんnoteのことだから、すごく大々的に全面に推してくる機能というより「あれ、こんなのもあるんだ」「使ってみよっかな」ぐらいになるんだろうな。

ただ、これまでネットメディアの中ではnoteはランキング実装がないことに代表されるようにフラットな空気が居心地よくて他では出会えない良質なコンテンツ、話を聞きたくなる、自然にシェアしたくなるクリエイター(お客さん)に出会えてきたのも事実。

それがたかだか実績バッジ(disってるわけではないです)かもしれないけど、いろんな飾り「この人は常連」「この人はたくさんお金を使う客」「この人は何とかホルダー」みたいなのが店に飾られることで空気が変質する可能性も微粒子レベルである。

それは少し何かがすれ違うと「嫌なら店に来なければいい」にもつながる。居心地がデザインされてる店の客は、そういう「空気」には敏感だから。

まあでも、きっとnoteらしさをより回していくやり込みデザインになるんだろうなという期待もしています。

うすい よしきさんがコメントされてたように「自分が知らないところで誰かの役に立ったり」「noteでなければ出会えない人と大事なことが通じ合えたり」するnoteの幸せ感がずっと続いていくような。