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百年の雨の日に/ユメ十夜

最初は、ほんの雨やどりのつもりだった。

けれど、一時間が過ぎても一向に止みそうな気配がない。無表情な門番のように雨は我慢強く降り続いている。

僕はあきらめて、ビルの中でどこか座れそうな店を探す。妙に入り組んだ通路を進んだ先に映画館があった。フロア全体から昭和の匂いがした。

受付の古びたブースにいる女の子は、僕がチケットを差し出すと「本当に観るんですか?」という表情で面倒くさそうに半券を切り取る。

昔、こんな場面をどこかで見たことがあるような気がする。

いや、たぶん気のせいだろう。既に、もうここから映画が始まっているのかもしれなかった。

        *

初めての町で入る映画館は、どこかよそよそしい。知らない誰かの夢の中に入って自分の居場所を見つけなければいけない。そんな感じ。

他人の夢の中で自分の居場所を探すというのも妙な感じだけど、そういうものなのだから仕方ない。

僕が居場所を決めかねていると、ボーダーのシャツを着た女の子がやってきて、僕の斜め前にスッと座った。まるで、最初からここに座ることを決めていたみたいな感じだ。


映画が始まっても、女の子は身動きひとつしなかった。それだけじゃなく、いつもなら、暗闇のどこかで聞こえる咳払いのひとつもない。

本当は、女の子は蝋人形か何かで、他の観客も僕が想像で創りだした幻なのかもしれない。

そんなことを考えていると、小泉今日子が僕の顔を覗き込みながら80℃に熱した湯豆腐を僕の口に放り込もうとする。

なんとか逃げ出そうとする僕の前に彼女の顔がアップになって――。

        *

そんなリアルな夢の迷路に追い込まれてしまうオムニバス映画『ユメ十夜』

道を歩いていて、絵の具の雨が降ってきても驚かない人なら楽しめるかもしれない。まあ評価は分かれるけど。

あと、大人計画の洋風おでんのような毒、市川実日子の湿った石を掴んだときのような感触が好きだったり、呪怨とか観たあとにお腹が空く人にもお勧め。


クワイエットルーム、じゃなかった夏目漱石が残した食べかけの夢の中にようこそ。

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