見出し画像

四月の魚、ヴェネツィアの場合

 ヴェネツィアの建国1600周年記念日について、ここで軽く疑問を呈したその数日後のこと。ヴェネツィアの国立古文書館(Archivio di Stato di Venezia)がSNSで、ヴェネツィアの起源について、重大な発見があった、ひいては翌日、国立マルチャーナ図書館との共催でシンポジウムを行うと発表した。紀元後421年当時の文書は存在していないが、後世ながら信用に値する文書に、421年についての記述が見つかった、ということらしい。SNSで公開された映像では、複数の専門家が、その信憑性に太鼓判を押している。

 え?そうなの?・・・え???そうなんだ!?
じっくり動画を見直したり、また記事を読んだりする余裕がなく、また翌日のシンポジウムというのも平日の午前中だからどうせライブでは聞けないし、週末にゆっくり確認しようと思い、SNSの投稿に「いいね」するのもなんとなく躊躇し、そのまま放置していた。

 翌日。あああーーー!!!
SNSに、昨日の「発表」は、「ウソ」でした、と新たに発表された。前日は4月1日、そうエイプリル・フールだった。発見された文書というのは全部フェイク、シンポジウムがあるというのもウソだった!・・・いや、そういえば、古文書という割には書体はともかくとして紙(本来なら羊皮紙のはず)が随分ときれいだし、皆が素手で触っているのも不思議で、映像を見ながら、んー本物は貴重すぎて、ファクシミリ版を用意したのかな?などと変に勘ぐってはいたものの、まさか全部が嘘とは・・・。いや、その時代の文書だとして、巻いてあるのも、んん?と思ったりしたのだが・・・。

 えええええー。
いやいやそれにしても、よくできていた。イギリスなどでは、大手メディアなどもこぞって、凝ったフェイクニュースを発表すると聞いたこともあるが、イタリアでは実はそんなに、大掛かりなものは見たことがなかった気がする。いや、気がついていなかっただけかもしれないが・・・。


 それっぽい文書(物理的な)や文章(内容)の作成はお手のものかもしれない、だが、あちこちの大学の研究者でいらっしゃるみなさんの演技の素晴らしいことと言ったら!ちょっとしたドキュメンタリー番組を見ているような、そう、あえていえば確かに、うまくできすぎてるようなきらいはあったし、あとから見返して見ると、効果音のわざとらしさに笑ってしまうけれど。いやー、はい、騙されました、完全に・・・。

 曰く、
「ヴェネツィア建国1600年」、冗談ですが、歴史研究と同様に本気です。
・・・このジョークの、最も重要な目的は、歴史的文書や図書に光を当て、歴史研究の倫理の存在を理解することです。
ヴェネツィアとその歴史に喝采を。ただし421年3月25日建国を証明するものはありません。」

 ひゃーっ!かっこいいなあーーー!!!
 ヴェネツィア市のプロモーションに対し、国の機関が真っ向から、ただしとびきり洒脱な方法で苦言を呈した構図といえよう。日頃はどちらかというと、国の御沙汰が市民の理に反することが多いのだけれど。ただこれは、上からとか下からとかということではない。研究者や市民の良心が、必要とあらば物申す気概が生きているということだろう。

 イタリア語でエイプリル・フールは、「四月の魚(Pesce d’Aprile)」と言う。魚の形にも例えられるヴェネツィア、観光客を失って苦しんでいるヴェネツィアが、ラグーナでぴちゃんと跳ねた、そんな気がした。

#archiviodistatodivenezia #bibliotecamarciana #エッセイ #エイプリルフール #イタリア #ヴェネツィア #ヴェネツィア史 #venezia1600
Fumie M. 04.05.2021


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?