見出し画像

チーズハットグの街、ココナッツサブレの朝。

新大久保周辺でバイトをしていたことがある。

家の半分がネパール人なのに、(父ネパール人、母日本人、自分。全員パスポートの色が違う。)わざわざアジアの匂いが強い街をバイト先に選んでしまった。きっと遺伝子レベルでそういう雰囲気が好きなのだろう。

バイト先に大久保を選んだことを聞き、両親は大いに喜んでいた。父は、「これでスパイスの買い物を頼める」と、行きつけのスパイス屋と買い物リストを渡してきた。我が家の大久保のイメージの中には、タピオカ屋も韓国コスメも、のびるチーズの棒もない。スパイスが安く調達できる街、それに尽きる。

バイトでの仕事のメインはレジ打ちで、毎日色んな国の人が来た。半年前に大久保に移動してきたという店長は、言葉が通じなかったり、無理を言う人もいるため、文句をこぼしていたけれど、私は気にならなかった。ハーフであるということで、あまり特別な思いをしたことは無かったが、どんな国の人の事も受け流せるという力は、案外使えるのかもしれない。

とはいえ、肝心のレジを打つ才能の方は皆無で、毎日閉店の時にお金を数えると数は合わないし、paypayのシステムは使いこなせないし、バーコードをスキャンさせることがとにかく遅い。

動作の一つ一つがもたつくと、時間のないサラリーマンの人なんかは明らかに顔をしかめるけれど、海外の人はにこにこ待っていてくれたりする。国で人を判別するのは良くないとは思いつつも、レジ越しに人を見ているとお国柄ってあるよなと感じるときもあるのだった。

ただ、どこの国の人よりも個性的で不思議なのは、大久保に住んでいる方々である。新宿区随一の暗部、歌舞伎町、百人町のお隣、大久保は観光地化しているとはいえ、若干治安が悪い。

どうみてもアウトレイジな見た目の人と、チーズティー片手の女子高生が同じ店に来るのが、大久保なのだ。そうしたカオスさが、街が独自の雰囲気を生み出している。そういうところが好きで、バイト先にこの街を選んだ理由でもある。ただし、住みたいとは思わない。

こんな風に、愉快な来店者が毎日店にはやってきた。そんな中でも、一人のおじさんのことを忘れることが出来ない。

おじさんは、レジにガムとココナッツサブレを持ってきた。袋はいらないというので、シールだけ貼って、物を渡すと、「これ、外の袋捨ててくれれる?」と頼まれた。ココナッツサブレの外袋を捨ててはいけないというマニュアルはないので、了承した。

おじさんはココナッツサブレをその場で開けながら言った。「俺ね、先週までお勤めしてたの。3か月!」と得意げに。

一通りの世間話には対応してきたが、刑務所にいた人への正しい受け答えは会話のストックになかった。返しに困っていると、「これ、食べていいよ!」とサブレを一枚渡し、そのまま行ってしまった。

もらったそれを、レジ前で食べていいのか迷った。どんな街でも、店員がココナッツサブレをむしゃむしゃしているのなんて、見たことが無い。

この時はなんとかお客さんが来るまでの間に食べきれたけれど、次そう上手くいく保障はない。大久保店だけでも、「レジでココナッツサブレを貰ったら」というマニュアルを作るべきだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?