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医師と結婚して離婚した話〜離婚後の生活


こちらのnote上でも、前回のお話で無事に離婚が成立し、私自身が勝手に満足感を覚え、書くのを休止しておりました(^^;

突然再開しまっす。



■極細の大黒柱



別居がスタートした時点で働き出し、有資格として、一応専門職にはついたものの、執拗な嫌がらせの末、退職することになった。




当時、娘が2歳。
人並みに、壮絶なイヤイヤ期も到来し、それなりに風邪などでもよく保育園を休む。



実家に身を寄せていたとはいえ、うちの両親はその辺はドライというか、シビアというか、同じ屋根の下にいたが、まるで別世帯としての関わりだったので、周囲から思われているほどあれもこれもと育児に協力があったわけではなかった。



そのため、フルタイムではなく一旦パートとして働くことにした。



娘の壮絶なイヤイヤ期と重なり、両親もストレスが溜まっており、喧嘩が絶えなくなったため、娘を連れて小さな安アパートに引っ越すことにした。



生活費としては、パートの収入、児童扶養手当、養育費…それが全て。



全て合わせても、婚姻当時の1/10にも満たない生活費だ。



もともと、体調的にも婦人科系が弱かったり、特発性過眠症と一応診断はされているが、謎の眠気に常に襲われていたため、寝ても寝ても疲れが取れず、やる気が出ない。




しかし、目の前には子どもがいて、生活もある。とにかく、パートを2、3掛け持ちしながら働いて、働いて、働いた。




それなのに、まったく楽にはならない生活。




「働けど、働けど、我が暮らし楽にならざり。じっと手を見る。」



…私は、毎晩のように啄木化していた。



娘がある程度、成長してきた頃

「◯◯ちゃん、ディズニーランドに行ったんだって〜。わたしも行きたいな〜」と言い出した。


……うん、そうだね…。


「◯◯ちゃんのおうちは、大きくてお庭があって、遊べるんだよ。私もあんなおうちに住みたいよ」


……うん、そうだね…。




ひたすら惨めだ_| ̄|○



冠婚葬祭などで、まとまった出費があるときは、途端に家計が窮し、食事もかなり質素なものになった。

子どもの食の偏りや、食そのものに対する興味の無さを引き起こしてしまったように思う。

肉や魚、野菜が満足に買えず、炭水化物のみのただ、空腹を満たすだけの食事もあった。



「こんな思いするくらいなら、離婚なんかしなきゃよかった?」


と、思うこともあったが、あのタイミングで離婚しなければ、下手したら今頃はこの世にいなかったかも知れない…



などと思い直していた。
そうとでも思わないとやってられなかった。



■「普通の家庭」への羨望



そもそも、「普通」とは何か。
ここで基準を明確にしようとするのが目的ではないため、それとなくこのように表現します。



両親が揃っていて、子どもがいて、生活が安定するほどの収入がある…と、まぁこんな感じでしょうか。



とにかく、そんな家庭を見るのが辛かった。



例えば、運動会やお遊戯会。


パパやママが立派なビデオやカメラを構えて、楽しそうに談笑しながら鑑賞している。
子どもの様子を、2人で眺めながら、ああだね、こうだね、と会話している。



我が子の晴れ舞台。
こんなに楽しいことはない。



夫婦とは、我が子の活躍や可愛らしさを、同等の熱量で共有できる唯一の存在だと思っている。
(そうでない場合もあるし、祖父母もいるけどね)



私はそんな賑やかな雰囲気の中、一人でスマホ片手に参観していた。



…まぁ、とても寂しかった。



しかし、これはあくまでも私の勝手な主観なので、娘にしてみたらたった一人でも「大好きなお母さんが見に来てくれている!」と、喜びの中で、張り切ってくれていたのなら、それはそれで良かったと思っている。



また、子どもが病気などをしたら、役割分担しながら支え合い、悩みがあれば相談し、力仕事があれば頼り、遠出するときは交代で運転し。



そんなパートナーが居てくれたらどんなにか心強いか…



なんて、思うこともあった。



しかしだ。
どれも、これも、自分が選んできた結果。



近所のママから少々意地悪されようが、

「うちは夫もいて、普通の家庭でよかったわ〜。お宅は大変ねぇ。」的な
マウントされようが、
自慢されようが、
同情されようが。



すべてを呑み込むしかなかった。



■娘のひと言



そんなことに耐えていたある日のこと。


いつものように、娘のお風呂に入りながら、私は娘の髪を洗ってあげていた。



「◯ちゃん」と、私は娘に呼びかけた。

「◯ちゃんはさ。もっと大きくて綺麗な家に住みたい?」

すると、娘。
「◯ちゃんはね…。お母さんと一緒なら、どんなにボロいおうちでもいいよ。ボロいところでも、お母さんと一緒がいい。」




涙腺大決壊。゚(゚´Д`゚)゚。



成仏してしまうかと思いましたよね。






今回、「和解の手紙」までは行き着きませんでしたね。また次回! 



教訓
【一人でも子どもを育てながら、旅行に行ったり娯楽を楽しめるほどの経済力を身につけるためには、スキル、資格、キャリアを若い頃から意識してりゃよかったなー……今となって思うこと。】

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