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過去を捨てた女達 7 妊娠の憂鬱

理佐は、自分がこんなに妊娠をして、憂鬱になるとは思わなかった。離婚を回避したとき、確かに子供さえ生まれれば夫婦も関係が良くなるかもしれないと、微かな期待をしたのもあったが、それが現実となると、また違った感情が生まれたのだ。この子を愛せるのだろうか?ちゃんとした親になれるのだろうか?不安だげが大きくなる。

やはり、離婚をしておけばよかったのではないか。そもそも、何故結婚をしたのだろうか?そこから間違っているように思えてならない。

ただ、そこまで思うと生まれくる子は不憫である。自分が決めた事だ。全て自分が責任を負うしかない。結婚も妊娠も、母が祖父から言われた言葉を、理佐自身もなぜか頭にこびりついている。
まるでそれは呪いのように。

一度は結婚してみるものだ
一度は子供を産んでみるものだ。

結婚も子育ても、どこか自分には向いていなく、一生独身なのかもと、なんとなく思っていた理佐に、その言葉何となく引っかかっていた。
だから、本当に好きな人より、自分の事が凄く好きな人のほうが、幸せになれるのかと思っていた。

人並みの幸せを夢みながら、魂の奥では、本当は人並みを求めていない。それを見透かされた言葉だったからなのかもしれない。まずは、試してみないと、若いのだから。
それが教訓だと思っていたが、後から呪いの言葉になるとは…

妊婦は、幸せ感に満ちている。たぶん、それもどこからかの刷り込みでしかない。

妊娠の姿を見るたび、妊婦だった頃の憂鬱感をふと思い出した事がある。
ただ命を宿る神秘もまた尊いのも事実であり…。

唯一妊娠になって幸せを感じた時は、実家に里帰りした時だった。あ、これが私が求めていた家族の食卓。小さな時は得られなかった風景が、今目の前にある。繋ぎとめてくれたのは、このお腹の子のおかげである。

仕事や家事からも解放され、唯一ゆっくりとした時間が取れたのもこの時期で、もう憂鬱な妊婦ではなくなっていたからだ。

そんな妊娠の時の事を思い出したのは、生まれた子は自立し、巣立っていったせいなのか?それとも、

そう話した時に、バーテンダーの手が止まりかけたので、

慌てて、今は妊娠してないですよ。

それを聞いて、またバーテンダーは、シェイクをし、塩のついたグラスにシェイカーの中身を注ぐ。ソルティドックだ。

若い頃よく飲んだカクテル🍸だ。

もう、妊娠の憂鬱の懺悔は、今日でおしまいにしよう。あの時の心情が、お腹の子に影響したのかもと、子供の発達の遅れを感じた時に何度も罪悪感に襲われていた。でも、もうそれも卒業だ。

ちゃんと巣立ったのだから。

理佐はソルティドックを飲み干し、未来と書かれている扉を開けていた。






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