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徹子の気まぐれtv 感想


 H&Mの淡いグレーの床を小柄な椅子がしなやかに、かつてきぱきと走る。椅子をお引きになるのは田川啓二さん、そしてお座りになっているのは黒柳徹子さんである。

 これは徹子さんが途中でお疲れにならないようにと用意された車椅子なのだが、車椅子というよりも素敵な椅子にたまたま車輪がついているように見えた。この椅子で隔てられたお二人を見ていると、端々に見られる深い心遣いとさりげない遊び心に、自然と見ていて口角が上がってしまった。

 「徹子の気まぐれTV」における、徹子さんのお買い物企画を見ていると、特にH&Mは驚くほど店内が広いので、楽しい反面、「徹子さん、お疲れにならないかしら」という勝手な心配が常にあるのだが、今回の「飛び道具」の出現には心躍るものがあった。徹子さんの元気なお買い物姿をまだまだ見られるという嬉しさと、自分が年を取った時に、まだまだ、手段を尽くせば目一杯何かを楽しむことはできるのだと、励まされる気持ちになった。

 楽しげに椅子をお引きになりながら、「これいいでしょ、名案」「これ、すごくいいみたい」とおっしゃる田川さんと、疲れがどこかに行ってしまったように、すぐにお買い物に夢中になられる徹子さん。これから百年後も同じような光景を繰り広げていて欲しい、そうでもおかしくないように思えるワンシーンだった。


 私はかつて、とてもネガティブな気持ちのなかで、車椅子に乗ったことがある。健康診断中、貧血を起こして足腰が立たなくなってしまったのだが、「せっかく途中まで診断したのだから」と終わりまで車椅子に乗せられて、病院内を回ったのだった。

 車椅子の座高は低かったので、今までの視界が著しく下がってしまい、道中にいる方々が平素より大きく見えてしまい、すれ違うだけで恐ろしかった。少しでもぶつかってしまったらひとたまりもない、という感じだった。

 そんな恐怖と、健康診断をしていただけで貧血になり、あまつさえ、車椅子を引いてもらうという申し訳なさに、私は酷く惨めになったが、ああいう時にも、「これ、すごくいいみたい」と思っていたらどうだったろうと思う。

 もちろん、病院の方々にご迷惑をおかけしているなかでそのようなことを言える筈もないのだが、落ち込んでいる胸中の片隅に、そのような遊び心があったのなら、惨めな思い出は物珍しい思い出に変わったのだろう。なにせ、大きな病院のなかの散り散りになったたくさんの部屋を回るというのは大労働で、貧血というだけで、車椅子に乗せられて運ばれるというのは、私にとってはある種の貴族的な体験に他ならなかったのだから。

 徹子さんがお座りになっていた椅子は、眩いほど白く、美しい模様がさりげなくあしらわれていた。あれは確かに貴族の乗り物で、そして、「少しの間お使いになる車椅子でさえも、美しいものをご用意しよう」という田川さんとチーム徹子の皆様の心意気が伺える特別なものだったのだろう。

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