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心に残る二羽のさえずり

いつもコンスタントに描く仕事があるとは限らない。大波小波、そして凪。その繰り返しを1994年の独立から乗り越えてきた。と言えば聞こえが良すぎるね、28年、ひたすら流れに翻弄されるちっぽけな木っ端。

波に飲まれては溺れかけ、浮上しては引きずり込まれる…ほとほとアーティストサクセスストーリーとは程遠い。

そんな中、「やりたいことをやれ。命は短い、生きることに恋しなさい」。そう教えてもらった忘れられない出来事がある。

もう四半世紀ほど前になるだろうか。当時のぼくは受注の波の底をフラフラしていた。まあ、今とあまり変わらない。

そんな折、とある仕事が降って湧いた。仕事の内容は、とある本の編集。発注先は誰でもが飛びつくだろうビッグクライアントだった。しかし編集はイラストレーター、絵描きの仕事とは全く異なる。

ひょんな流れとフリーランス特有の「いつかこれは化ける」という、根拠のない大きな打算(笑)。そしていくつかのしがらみ。ぼくはその波に「乗った」。

一年近くかかって出来上がったその本は、高い評価を得た。出版される意義は十二分にあった。
大きなプロジェクトとなったそれは2号目も出版される流れとなり、周りの流れは自ずとぼくのアトリエを編集プロダクションにする方向に動いていた。

ぼくは悩んだ。

というのも、一冊目を編集しているときに、ぼくの心の深いところで「それ、お前がしたいこと?」というささやきがあったからだ。

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人はたぶんにそういうささやきに、つい蓋をしてしまう。大義を掲げたり、意義をどこかに見つけたり。ご多分にもれず、ぼくもそうだった。生臭いけど、お金も欲しかったし。

ところがある時点から、そのささやき声は、叫びになっていた。「おまえさー、編プロの社長になって食っていくのか?描く仕事はもうしなくてもいいのかよ?」

身を引くならば、1冊が出た今しかない。ぼくは2冊目の編集が始まろうとしているその時に、プロジェクトから降り、描く道をとる決断をした。

始めるは易し、降りるのは難し。

大勢の関係者が絡むプロジェクトだった。抜けるにあたって、ぼくは沈黙しなければならなくなった。自分の蒔いた種だ。結果、事務所を借りていたマンションを引き払うことになった。
状況は四面楚歌。
精神状態は最低だった。

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なんとか貸家を見つけ引越しをして、自宅兼仕事場の体裁が整い数日たったころ、妻と子供と秋田の阿仁に一泊でスケッチ旅に出かける予定を組んだ。
なぜ最低の時に旅に出たのか?それは小さな旅であっても、前に進んでいれば、何かしら道は見えてくる…ということを、それまでの旅経験が教えてくれていたからだ。…と書けば聞こえがいいけど、じっと黙して止まっていることに耐えきれなかったわけだ。
阿仁は秋田の山あいにあるマタギの里としても有名なところ。大自然のど真ん中だ。

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それは出発当日のことだった。家で荷造りをしているまさにそのとき、一本の電話が入った。取ると編集でやりとりした関係者からの罵倒の電話だった。ぼくはやはり、沈黙するしかなかった。
そろそろ出かけないと、到着は夜になる。
心はささくれて最低だったけれど、荷物を抱え家族引き連れ玄関ドアを開けた。と…足元に小さなスズメ。
玄関の前で一羽が、息絶えていた。

目を閉じ、ころりと横たわっている。

その時まで、ぼくは小鳥の亡骸を見たことはない。初体験。罵倒の電話の後の小さな死。言葉がなかった。
庭の片隅に埋めて、手を合わせてぼくらは車に乗り込み出発した。とことん気持ちは沈んでいた。

道中スケッチをしながら阿仁の予約した宿に辿り着き、宿帳を書いて部屋に通された。窓の向こうには山肌。まだ日が高い。明るい気持ちの良い部屋だった。

窓を開けて、外を見ると、なんとそこに小鳥が…またしても息絶えて横たわっていた。
瑠璃色の綺麗な小鳥だった。たぶん、オオルリ。
心はその青い美しさに、はっとなり、そして大きく混乱していた。

一日に2度も小鳥の死に会うなんて、どういうことだ?

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とにかく死骸を放って置けない。フロントに訳を話しに行って部屋に戻ると、不思議なことに小鳥の姿は、なぜか消えていた。

その時、突然目の前が開けた。そうとしか言いようがないんだけど、唐突に小鳥たちからのさえずりが降ってきたんだ。

「命なんて、短いよ。やりたいことに恋してね…」

「そうだね、オレ、描くしかないよな」…スイッチがかちっと切り替わった。

今は昔ですが、混乱した当時の日々をふっと思い出すと、あの奇妙な一日がリアルに思い出されるのです。ストレンジデイ。奇妙ではあるけれど、二羽の小鳥の命がくれた大切な宝物です。

あの日からずいぶん時が経ちますが、以来、小鳥の死にたちあったことはありません。

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