見出し画像

【小説】私は空き家(さぬき市築57年)3

3


翌日の朝、今日も秋晴れ。
親戚の“のぶお”さんとその奥さんの“あき子”さんが、車でやって来た。
のぶおさん達は車で10分程のところに、夫婦2人で暮らしている

「久しぶりだね。全然変わってないなぁ。みんな元気そうで何より」
出迎えたあきらさんたちに、のぶおさんが明るく声を掛ける。

「お久しぶりです。のぶおさんもあき子さんも、お元気そうで。今日はお呼び立てしてすみません」
あきらさんがそう言って頭を下げるのに、ひとみさんとのりこさんもならう。

「イヤイヤ、そんなにかしこまらないで」
「そうそう。この人も私も、時間だけはたっぷりあるんだから」
大らかに笑うのぶおさん夫妻に、あきらさんたちの肩からほっと力が抜けたようだ。
「立ち話も何なので……」と、一行は居間へと移動した。


お互いの近況報告をひとしきり終えた後、のぶおさんが尋ねる。
「ところで、電話で言っていた相談事って何だい? 言っとくが、金なら無いぞ。何たって、年金暮らしの老夫婦なんだからな!」
のぶおさんが茶化して言うと、みんながどっと笑う。

「分かってます、分かってます。私だって似たようなものですから」
「お父さんも、今は年金とアルバイト暮らしだものね。のぶお小父おじさんは、お仕事は全くされていないんですか?」
のりこさんに聞かれて、のぶおさんが頭を掻く。

「イヤぁ、この年になると、腰とか膝とか痛くてな。今は仕事はせずに、朝晩の散歩と、たまに魚釣りに行くくらいかな」

「そうでしたか。実は先日、大阪の空き家活用セミナーで勉強してきまして。その事でひとまずのぶおさんに相談を、と」
のぶおさんの答えを受けて、あきらさんがいよいよ本題を切り出す。

「何だい? たまにで良かったら、草むしりくらいならやっとくよ」
「実は、この家を使って『発芽はつがにんにく』を栽培しようかと考えているんです」
「は?」
あきらさんの言葉に、のぶおさんは目を丸くする。のぶおさんの隣では、あき子さんもポカンとした表情を浮かべている。

「これがその栽培したニンニクなんですけど。昨日、大阪の会社の人が持って来られて。昨晩、少し調理して食べてみたのですが、なかなか美味うまかったですよ」
話しながら、昨日スーツ姿の2名から渡された発芽にんにくの袋を、あきらさんがテーブルの上へ置く。

「にんにくの栽培って……あきら君、こっちに帰ってくるの?」
戸惑いながら問いかけてくるのぶおさんに、あきらさんが首を横に振る。

「いや、そうではなく。のぶおさんがやってくれたらな、と」
「ワシが!?」
おどろきの声を上げるのぶおさんを見て、ひとみさんが心配そうに眉根まゆねを寄せる。

「農業を? この家で? 庭だってそんなに広くないのに?」
「いえ、家の中で行う“水耕栽培すいこうさいばい”というヤツで、土はいっさい使わないらしいですよ。これが栽培の様子なんですけど」
栽培風景の写真を見せながら、あきらさんが説明する。

「こんなふうに家の中に簡易な設備を整えて、水だけで野菜を栽培し、収穫した野菜を道の駅などで販売する。その売上の一部が家賃――建物や設備の貸出し料として所有者の収入になる、という形の空き家の活用方法とのことで。実際に、大阪で行っているらしいのです」

「へぇ~。色々と考えるもんだ」
あきらさんの説明を聞きながら、のぶおさんは感心した様子で写真を眺める。

「ビニールハウスなどと同じ理屈ですね。ただ、家は広さがない分、沢山は生産できないけれど、労力も少ない。重たい物を持つ事も、腰を曲げる事もありません。
その上、しっかりとした建物なので台風や雨などに強く、安定した収入が見込める、と。何より、自分のペースで作業が可能という事らしいです」

「ほぉ。で、儲かる商売なの?」
元来がんらい、新しいもの好きののぶおさんは、あきらさんの話に興味津々だ。

「商売、というほどのものでもないのですが…」
「儲け話とは違います」と苦笑して、あきらさんがメモに目を落とす。

  • この家の規模での月間予想栽培量

  • 作業内容とだいたいの作業時間

  • 年間の予想売上高

など、あきらさんは昨日自身が受けた説明をなぞるように、一通り説明した。

「なるほど。要はこの家を手軽な農業施設にするから、それを使って発芽にんにくを作れ、と。そして売れたら応分おうぶんの給料をくれる、って事だな?」
説明を聞き終えて、のぶおさんがあきらさんに問いかける。

「私としては、売上の一部を家賃として納めていただけたら、と思っているんですが。そのあたりは相談しましょう」
「分かった」と頷いて、のぶおさんは質問を続ける。

「で、誰が教えてくれるんだ? 水耕栽培なんてやった事ないから、誰かに聞かないと。
それに、もう年だし。あまり重労働は出来ないよ。もしやるなら、女房にも手伝ってもらいたけどな」
そう言って、のぶおさんは隣に座ったあき子さんの顔を見る。

「調子の良い事を言ってはダメよ。腰も悪いんだし、安請け合いをして、後々みなさんに迷惑かけるような事にでもなったら……」
渋い表情で、あき子さんが言う。

「あき子さん、心配はいりません。
先程ののぶおさんの質問ですけど、栽培方法は、茨城県水戸市の専門会社がこちらまで出向いて教えてくれるそうです。生産量のペース配分も自由に決められるということですから、やってみて難しかったら、出来る範囲内での栽培に調整すればいいんです」

あきらさんが説明を重ねても、あき子さんの表情はやはり固い。あき子さんはとても慎重派なのだ。

「でも、色々と設備やら何やらで、最初にお金がたくさんかかるのでしょ?」
年金暮らしののぶおさん夫妻にとって、費用面での負担は大きなネックになる。

「話を聞く限りでは、初期費用はそんなに大きくかからないらしいんです。それと設備については、私とひとみとでお金を出し合います。
これは私たちの『資産運用』なんです。この家という資産を使って、作物を栽培・販売して、収入を得る。収入を得られる上に、この家を空き家のままにしておかなくても良くなる。一石二鳥の資産運用だと思っています。
のぶおさん、あき子さん。勝手なお願いだとは思いますが、どうか協力していただけませんか?」
「お願いします」
あきらさん、ひとみさんの兄妹に真摯しんしに頭を下げられ、のぶおさんとあき子さんは顔を見合わせる。

「まあまあ、そんなにかしこまらないで。
ワシは悪い話じゃないと思ってるよ。大変な仕事でないのなら、お金になってひまつぶせて、ワシらにとっても一石二鳥だよな?」
のぶおさんに話を振られて、あき子さんは「そんな単純な話じゃないでしょ」と苦笑する。

「私も、私達の出来る範囲でお手伝いする分には、協力したいとは思っているの。
ただ、仕事となると、無責任にお受けすることは出来ないわ。まずは本当に無理なく栽培が出来るかどうか、よくよく考えてみます。その栽培の専門会社のお話を聞いて、作業を見せてもらって。そこは慎重にね」


私を植物工場として活用するという案は、どうやら前へ進んでいく気配だ。
もしそうなれば、また以前のように賑やかに、つ必要とされる存在へと、私は戻ることが出来るかもしれない。
それにしても、色々な方法があるものだ。
どのような景色になるのか。楽しみな話だ。


「ところで、その発芽にんにくって美味しいの? 食べたことないわ」
未知なる野菜に、あき子さんは興味をかれた様子だ。

「昨日、食べてみたんですよ。
普通のにんにくより、少しみずみずしいかしら。根も芽も丸ごと食べられるから、食感が面白かったのと、栄養価も高いらしいです。根の部分に特に栄養があるとかで。
それで、臭いが残りにくいっていう話なんですけど……」
ひとみさんが気にした様子で言うのに、あき子さんが「大丈夫」と笑う。

「何も臭わないわよ。臭いが残らないのはいいわね。私達もいただいてみたいわ」
「この辺では見ないなぁ。いくらで売ってるんだ?」
発芽にんにくの袋を手に取り、のぶおさんが尋ねる。

「その小さな袋で370円らしいです。人気があるみたいですよ。大阪では年間600万円以上、水戸では1,000万円以上を売り上げているとか」
あきらさんが言うのに、「1,000万!?」とのぶおさんが驚きの声を上げる。

「そりゃすげぇ! なぁこれ、昼飯がてら、みんなで食べないか? ワシはにんにく好きでなぁ」
のぶおさんの明るい声に、皆がにこやかに笑った。


秋晴れの休日、穏やかな談笑が続いた。




2
4

『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

この記事が参加している募集

眠れない夜に