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【小説】私は空き家(さぬき市築57年)2

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秋晴れの日曜日。
朝からあきらさんがやって来た。今日は娘の“のりこ”さんも一緒だ。
雨戸を開け、空気の入替えを行っている。

お昼過ぎ、スーツ姿の男女が2名やって来た。
どうやら、私の内覧に来たらしい。

「遠い所を、わざわざありがとうございます」
2名を丁重に出迎えたあきらさんに、スーツ姿の男性が「いえいえ」と明るく返す。
「私たちは車なので。2時間足らずで来れました」
男性の言葉に、女性も笑顔で頷いている。

「妹はまだ到着していませんが、良かったら一通りご覧になってください」
スーツ姿の2名を家の中に通しながら、あきらさんが言う。
物件査定に来たのだろうか……。

「それでは、先に室内を拝見いたします」
のりこさんにも挨拶を終えると、2名は早速作業を始めた。
各部屋を回って写真を撮影しながら、水道、ガス、電気といった各設備の状況や、雨漏りや白アリの痕跡がないかなどを、あきらさんとのりこさんに質問する。
誰かが住むのだろうか……。


しばらくすると、ひとみさんがやって来た。
「のりこさん、お久しぶり。遅くなってごめんね」
「お久しぶりです。叔母さん、今日は東京からありがとう。
今、中を見てもらっているところなの」
出迎えに出たのりこさんが、内覧をしているあきらさんたちの元へひとみさんを案内した。

「遅くなってすみません」
そう謝りながら部屋に入ってきたひとみさんに、あきらさんがスーツ姿の2名を紹介する。
「こちらが先日、電話で話したフル・プラスさん」
「初めまして。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
あきらさんの紹介を受け、スタッフ2名がそれぞれ名刺をひとみさんへ渡して挨拶をする。

「わざわざ遠方までありがとうございます」
「私共は大阪からですから。ひとみ様のほうが、遠方からお越しいただいて。お疲れではありませんか?」
女性スタッフの気遣いに、ひとみさんが「大丈夫です」と微笑む。

「この部屋で最後ですので、先に調査を終わらせても宜しいでしょうか?
 その後、ご説明させていただければと」
「分かりました」
男性スタッフからの提案に、あきらさんが同意する。
スタッフの内1名があきらさんたちから話を聞き、もう1名が室内の様々な箇所を写真に映していく。


そうして一通りの内覧を終えた一同は、居間に移動して話し合いを始めた。

「先日、当社の空き家活用セミナーにお越しいただきました際、あきら様よりご事情は一通り伺っております。
売却に出されたものの、なかなか買い手が見つからないとか」
男性スタッフの言葉に、あきらさん達3人が頷く。

「あきら様からは『売却にこだわらない』と伺っていますが、ひとみ様やのりこ様はいかがですか?」
男性スタッフに話を振られて、ひとみさんが口を開く。

「私も兄と同じ意見です。
頻繁に通ってくることは出来ませんし、こちらに住む親戚にもご近所の方にも良くしてもらっていますが、頼り切るわけにもいかないので……。
何とか現状が改善出来ればと」

「私は、父と叔母の希望が叶えばと思っています。
ただ本音を言えば、2人の代で片付いてくれると嬉しいんですけど……それが難しいことは理解しています」

ひとみさんに続けて、のりこさんが考えを話した。
のりこさんをはじめ、あきらさん・ひとみさん2人のお子さんたちは、皆それぞれに世帯を構えている。
お2人のお子さんたちにとっても、私は厄介な存在なのだ……。

「ありがとうございます」
ひとみさんとのりこさんの話を受け、男性スタッフが穏やかに話し出す。

「売却以外のメニューとしては、第三者に貸し出すのが一般的ですが、地域や築年数によって需要の有無に差が出てきます。
空き家になるケースのほとんどは住宅としての需要が少ない地域が多く、本件も例外ではありません。
また、そのような事情の物件は全国に数多く存在しており、私共では、住宅以外の別の視点から空き家の解消を図り、所有者様にご提案しています」

「別の視点?」
首を傾げるひとみさんに、「そうです」と男性スタッフが説明を続ける。

「ご承知の通り、使用していない住宅では、様々な不都合が発生します。
建物の老朽化は元より、防犯面やご近所様とのトラブル、火災や台風被害など、心配事には事欠きません。
また維持管理をする上でも、固定資産税などの税金や、今日のように遠方から来られる際には、それなりの出費も強いられます」

男性スタッフの言葉を、あきらさんとひとみさんがウンウンと頷きながら聞いている。
お2人とも今は年金暮らし。
維持管理にかける労力はもちろん、経済的な面での負担も少なくはない。

「全国のそのような事情を鑑み、当社では住宅以外のご提案を行っています。
それは施設内栽培事業。空き家を植物工場化する、というご提案です」

「植物工場? 工場にするのですか?」
男性スタッフの提案に、ひとみさんが目を丸くする。

「工場といっても、大層な設備を導入するわけではないんです。
土を使用しない、植物を水だけで栽培する“水耕栽培”の施設として空き家を利用する、といったご提案です。
栽培棚やパレットなど、少しの設備を整えるだけで栽培が可能ですし、栽培方法も簡単です」

男性スタッフが言うには、空き家はビニールハウスなどと比べて頑丈で、台風などの自然災害による影響を受けにくい分、安定した収穫が見込めるそうだ。
また、水回りの設備が整っていることも、水耕栽培施設に向いているという。

「でも私たち、とても通ったり、作業したり出来ませんよ」
東京に住むひとみさんも、大阪に住むあきらさんも、農作業のためにこちらへ通うことは出来ない。
そう訴えるひとみさんに、男性スタッフは「よく承知しています」と大きく頷く。

「施設内栽培事業を始めていただくにあたって、いくつか条件はあるのですが、あきら様のお話ですと、近くにご親戚や知人の方がいらっしゃるとか。
その方々がもし、この家で簡単な作業を行い、いくらかのアルバイト料を得られる、という点に興味を持っていただけるのでしたら、話はスムーズです」

作業内容、必要な設備、栽培した作物の販売方法など、事業の具体的な内容を男性スタッフが説明する。
男性スタッフの話を要約すると、私――この家を、住宅としてではなく、植物栽培施設として使用するということ。
そして、栽培物の販売収益を“家賃収入”と位置付ける、という考え方らしい。


「だいたいは理解できました。
明日、この近くに住む親戚と会う約束をしています。一度、話をしてみますが……正直、何と言われるか分かりません」
男性スタッフの話を質問を交えながら聞き終えて、ひとみさんが歯切れ悪く言う。

「親戚との話の結果を、改めてご連絡します」
あきらさんがそう伝えると、「それでは」と男性スタッフが袋を3つ取り出した。

「実際の栽培物――『発芽にんにく』と、作業風景の写真をお渡しします。
ご説明する上で、何か分からない事やご質問がありましたら、その場からでもお電話ください」
そう伝えると、スーツ姿の2名は帰っていった。


「面白そうな話だけど、そんなに上手くいくかしら……」
3人だけになった居間で、ひとみさんが悩まし気に言う。

「まあとにかく、明日、のぶおさん達に話してみよう」
話してみないことには分からないと、あきらさんが明るく宥める。

「『発芽にんにく』って初めて見る野菜だわ。
 色々とレシピがあるのね」
栽培物と併せて渡されたレシピに、のりこさんは興味津々だ。

「せっかくだから、少し食べてみようか」
のりこさんが持つ『発芽にんにく』と強調されたレシピを横から眺めながら、あきらさんは言った。



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『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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