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【小説】私は空き家(さぬき市築57年)4

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朝晩の冷え込みが日増しに強くなり、木々が美しく色づき始めた。
今日は木曜日。
昨日のお昼過ぎから、あきらさんが一人で、掃除や片付けをしながら滞在している。
今朝になって、のぶおさん夫妻もやって来た。

「こんにちは」
のぶおさんたちから程なくして、見慣れない、ラフな格好の男性がやって来た。

今日はお客さんがよく訪ねてくる日だ。何年ぶりのことだろう。
ご主人様と奥様がいた頃は、近所の人たちがよく訪ねてきてくれた。
玄関や庭先での立ち話もあれば、居間でお茶を飲みながら話に花を咲かせることもあった。
懐かしい思い出だ。

「先日は色々とありがとうございました。わざわざ遠くまでありがとうございます。さあ、どうぞおあがりください」
男性を出迎えたのぶおさんの横で、あき子さんが「私たちの家じゃないのよ」と苦笑する。

「そうだそうだ。つい、我が物顔でお出迎えしてしまって、申し訳ない。
こちらが、この家の主人のあきらさんです」
頭をかきながら、のぶおさんが振り返ってあきらさんを紹介する。

「はじめまして。今日は宜しくお願いします」
「はじめまして。水戸から来ました、タカハシと申します」。
あきらさんと男性――タカハシさんは、折り目正しく挨拶を交わしている。

水戸というと、以前、ひとみさんやのり子さんが来ていた時に話していた、私を「水耕栽培の施設にする」という案だろうか。
たしか、専門家がこちらまで出向いてくれるという話だった。
このタカハシさんが、その専門家なのかもしれない。
あの案が、進んでいるということだろうか。


「日当たりの良い家ですね」
廊下を歩きながら、タカハシさんが笑顔で言う。
誠実そうな、感じの良い人だ。

「建物は修繕しなくても大丈夫そうですね。間取りも問題ないと思いますよ」
「栽培場所はこの部屋が良いかな。栽培棚をあの辺りに設置して……栽培のために、この窓は暗幕で覆わないといけないですね」
「作業場所は、ここが使い良いかな。栽培室にも水道にも近いし」

一つ一つの部屋を見て回りながら、図面を片手に手際よく確認するタカハシさん。
その様子を見ながら、あきらさんがのぶおさんに話し掛ける。

「水戸はどうでしたか?」
のぶおさんとあき子さんは先日、水戸で一泊二日での栽培体験をしてきたそうだ。

「思ったより軽作業だったよ。重い物を持つわけでもなく、生産量を自分たちで調整できるから、無理のない範囲で作業できる。危険な作業はないしね。
栽培方法も難しいことはないかな。種から商品になるまで一週間くらいで、空調と日差しに気を配っていればいいから。
何より、簡単な設備で取り掛かれるのが良いよ」

そうのぶおさんが答えると、横からあき子さんも言い添える。
「女性が多くいたのも印象的だったわよ」


「ありがとうございます、一通り拝見しました」
内覧を終えたタカハシさんが、水耕栽培のプランについて改めて説明を始めた。
事業を始めるならば、キッチンとダイニング、居間、浴室を整理して使うことになるそうだ。

「栽培量ですが、最初は少ない量から始められたらいいと思います。
販売状況を見ながら、作業や経費が負担にならないようであれば、徐々じょじょに量を増やしていけば、と。当社で指導させていただいた皆さんは、そのようにされていますよ」

「そこです、販売! どこで売るんですか?」
タカハシさんの説明に、あきらさんがかぶせるように質問する。
あきらさんの心配は、この部分にあるようだ。

「ワシらも、アテはあるんだけどな」
のぶおさんが言う。

「知り合いに農協に務める人がいて、色々相談に乗ってもらってるんだわ。地場産じばさんの野菜であれば、農産物直売所のうさんぶつちょくばいじょで取り扱うことも出来る、と。サンプルがあったら持って来てくれ、と言われてるんだ」

「私も知り合いがスーパーでパートしていて、『店長に話してあげる』とは言ってくれてるの」
と、あき子さん。

「もし新たな販路はんろが必要な場合は、私からアプローチをかけて、テスト販売をお願いするという事も可能です」
販路開拓にも全面的に協力する、とタカハシさんは力強く言う。

「まだあまり広く認知されていない野菜なので、最初は少しの売上になるかもしれません。しかし、生産量の調整が比較的容易なので、大きな損失が出る可能性はほとんど無く、ご安心いただけるかと思います。
それと、値段設定は基本的に自由です。水戸や、他の生産者の方もそうなのですが、スーパーなど普段使いのお店では、一袋あたりの量も価格も控えめに設定し、道の駅など観光客が多い場所では、量を増やして少し高めの価格に設定しています。
試食販売が出来れば、ニンニクの香りの効果もあってよく人が集まります。水戸では販売員のパートさんを雇って、道の駅などで試食販売を行っています」

自分たちだけで販売をすることが難しければパートさんを雇用することも一つの案だと、タカハシさんは説明する。

「種などの原価、パートさんの人件費などを考慮して、価格設定をしたら良いと思います。
量と価格については、また後日、サンプルを作ってお送りします。
そのサンプルを、先程おっしゃっていた農協のお知り合いにお渡しいただいても宜しいかと」

タカハシさんの申し出に、あきらさんの表情が曇る。
「事業開始前だというのに、色々とお手数お掛けして申し訳ありません」

「いえいえ。水耕栽培や販売に関するコンサルタントも、初期投資の一環ですから。
気兼ねなく、気になることは何でも聞いてくださいね」
初期投資といえば、とタカハシさんは続ける。

「空き家を利用した水耕栽培の特徴は、初期投資が少ない事です。何より、“家”という施設が既にあるわけですから」

「それじゃあ、いざ事業を始める、となって。栽培をスタートするのに、大体どれくらいの期間が必要なものですか?」
心づもりしておかないと、とあき子さん。

「栽培棚など設備の設営は、2~3日もあれば充分です。あとは作業しながら、ご自身たちがやりやすいよう、備品などを徐々に整えていかれたら宜しいかと思います。
ただ、事業の開始までに、荷物の整理はお願いします。キッチンの冷蔵庫だけは、そのまま置いておいて欲しいのですが。栽培に使用する部屋は、荷物のない状態にしておいてください」

「行く行く大量生産となったら、デッカイ冷蔵庫を買わなくちゃな!」
大口をたたくのぶおさんに、タカハシさんが苦笑する。

「まずは内職のような感覚で、『毎月いくらの利益を目指すのか』というところからスタートしてみてください」

「そうよ。元々は、あきらさん達のこの家の活用が目的なんだから」
タカハシさんの言葉を受けて、あき子さんものぶおさんをたしなめる。

「おお、そうだった。なんたって『この家のため』の水耕栽培だからな!」

そう言って笑うのぶおさんにつられて、皆も笑い出す。


少し肌寒くなった秋の空気と、明るい笑い声。

私のために、ここで水耕栽培を始めるという。
使われなくなった、お荷物だった私が、あきらさんやのぶおさんたちの役に立てる。
これまでの住宅という形とは違うが、また人から必要とされる存在へとよみがえることが出来るなんて。
明るい未来のきざしに、私の心は温かくなった。


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『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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