コロナ患者とその家族の現実⑦(8/18予想しない結末)
前回の続きから書いていきます。
この8月18日はこの恐ろしい現実から転機を迎えることになります。
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夜中の3時に妻が呼吸困難に陥り、救急車を呼ぶことになった。妻は呼吸が早く唇に生気がない。
酸素濃度は88。
激しい咳は止まらない。
呼吸の苦しさに加えて、妊娠8ヶ月の大きなお腹を見ると、気が狂いそうになった。
10分後、救急隊が到着。
2名の隊員のうち、1名のみが家に入り、もう1名は外で指示を聞いたり記録をしたりしていた。
隊員の方々も感染対策をしながらということだ。
8/15にも119番をしているので、どんな処置をされるのかはわかっていた。そして、搬送は不可能であることも。
それでも、自分以外の人がこの家にいること、妻を見守ってくれていることの安心感というものが、不思議とあった。
誰かの力を借りたくても叶わない。
そんな日々に追い詰められていたのだと思う。
妊娠後期の妊婦ということで、救急隊の方も危機感を感じたのか診察ができる病院を探してくれるということになった。
「入院先が見つからないなら、せめて赤ちゃんの様子だけでも見てくれる病院を探します」
と言って、様々な病院に連絡をしてくれた。
そこから、4時間が経過した。
僕は力尽きて廊下で倒れるように休んでいた。
こんなに疲れているのに眠れはしなかった。
隊員の人から声をかけられて立ち上がると、
告げられた言葉が
「病院は見つかりませんでした。ただ、引き続き入院調整はしていますので、なんとか持ち堪えてください」
隊員は引き上げていった。
また家に静寂が戻った。
そこで、僕の中で何かが吹っ切れた。
入院なんてもう諦めよう。期待するから辛いんだ。
自分が感染するかどうか、怯えていても仕方がない。もう知らない。
これは諦めなのか、それとも前向きなのか。
自分でもわからなかった。
「とにかく、妻と話がしたい」
もうしばらく、まともに会話などしていない。
いや、できる状態ではなかった。
寝室に行くと、妻は起きていた。
「大丈夫?」と声をかけた。
帰ってきた反応は意外なものだった。
「あの退院の人、話し方おもしろかったよね?」
と、笑いながら言ってきたのだ。
涙でも流されることを覚悟していたから、少し拍子抜けしてしまった。
「え、なにが?」と聞くと
「カルボシステインっていう薬の名前を言う時さ、なんでカルボシ・ステインっていうのかな。区切るとこおかしくない?普通、カルボ・システインでしょ。知らんけど笑」
と笑いながら続けてきた。
あんな呼吸ができなくて苦しそうに見えたのに、そんなこと考えてたんか?おれなんてそんなこと感じる余裕なんてまったくなかったのに。
なんだかおかしくなった。
2人して、顔を合わせて笑った。
久しぶりに顔を見た気がする。
口角をあげた気がする。
会話をした気がする。
妻は
「来てくれたのはありがたかったけど、カルボシカルボシばっかり言うからそればっか頭に残ったわ」
「隊員さんも疲れただろうねー」
「途中から寝たいと思ったんだけど、隊員さんに話しかけられてなかなか眠れなかったわ笑」
などなど、意外と冷静に物事を捉えていたらしい。久しぶりの和んだ空気に、少し安心することができた。
「梨、冷蔵庫にあるじゃん」
と、妻が言った。家族が届けてくれたものだ。
「食べたいから切って持ってきて」
食べている妻を見ながら、これからのことについて話した。
きっと入院先は見つからないこと。期待しない方が身のためだと言うこと。自分たちで克服するしかないこと。
マスクと換気はしているとはいえ、感染者と同じ部屋にいるのは良くないことであるのは間違い無いだろう。
でも、僕の中ではこの時間を過ごせたことで思った。「流れ、変わったな」
これまではウイルスにやられっぱなしだったけど、これからはおれたちがお前らを打ちのめすときだ。
発熱してから1週間が経っている。
そろそろ快方に向かうはずだ…
そう思うと、力が湧いてきた。
そのあと、妻も元気が出たようで、しっかり水分を取って、起きていた。
なぜかは知らないが、寝室の敷布団にこびりついた毛玉をひたすら取っていた。数時間かけて一面きれいにしたことを自慢していた。
家の中に、一筋の光が差し込んだように思えた。
事態を好転させるために、なんでもやってきた。
自分が感染しないための対策。
部屋の湿度を保つための濡れタオル。
薬の準備。
洗濯、掃除、食べ物の用意。
救急車だって呼んだ。
必死に、「流れを変えるためのきっかけ」を探して行動し続けた。苦しみに抵抗するために。
そのスイッチは、こんなところにあったのか。
病気の妻と向かい合って普段通りの会話をすること。笑い合うこと。
それだけでよかったんだ。
長い長い8月18日。
気がつけば15時くらいになっていた。
妻を寝室で休ませて、僕はリビングで休んでいた。
すると、スマホが鳴った。
知らない番号だったが、なんとなく見覚えがある。
「保健所の定期健康観察だな」
と、すぐに察する。
電話に出た。
やはり保健所の人だ。
しかしその内容は、思いもかけないことだった。
「奥様の入院先が決まりました」
僕は生まれて初めて、奇跡を体験した。
続きはまた次回書きます。
お読みいただきありがとうございました。
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