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父はなんでも知っている【#ミステリー小説が好き】

過去を振り返り、
「あの時のあれは一体?」
と、ギモンに思う瞬間はないだろうか?

例えば私なら、
失くしたと思っていた本が、自宅の郵便受けに突っ込まれていた小5の春休み。
または、
おやつに食べようと会社の冷蔵庫で保冷していたチョコレートが、忽然と失くなっていた入社3年目の夏。

とか。

ふと思いだし、「いったい誰が?」と思うものの、真相は藪の中なのである。

ミステリー小説の中でも、日常の謎が好きだ。
気軽にさっくり読めるし、殺伐とした雰囲気にならないのがよい。

で、お気に入りは、
北村薫・著『中野のお父さん』である。



主人公は出版社に勤務して数年になる、若き編集者・田川美希
体育会系女子の彼女の周辺では、本にまつわる不思議がさまざま起こる。

その謎解きを、中野に住む実家の父・通称"中野のお父さん"が請け負うのである。
このお父さんがスゴイ!

娘のちょっとした言葉の端々から、

「いや、わかりきってるぞ」

と、たちまち謎を解いてしまうのであった。
安楽椅子探偵ならぬ、掘りごたつ探偵とでも言おうか。

60間近の、職業・高校教師。
食べることが大好きで、「ズボンが履けなくなる」なんて、家族に心配されているのが玉に瑕。優しくて、愛すべきお父さんなのだ。
いいなぁ、こんなお父さん。

それにひきかえ、我が家のオヤジ殿ときたら…。
自分勝手だわ、人の話は聞かないわ、最近は物忘れも気になるし…。
と、読みながらちょっと遠い目になってしまった。

それはさておき。
中野のお父さんは、穏やかで、物知りで、就職で実家を離れたものの、ちょくちょく戻ってくる娘をあたたかく迎えてくれる。
何より博識なのだ。

「?」と思ったことも「ちょっと待ってろ」の一言で、国語の教師らしく文献を紐解いたりする。
娘からも

ー相変わらず凄いな、何でも知っている。

と、感心されるくらいだ。

パソコンには疎いけど、文学の知識においては頼りになる存在である。

著者の北村薫も、こんな方なのかなぁ。
思わず、想像をたくましくしてしまう。
北村薫作品の魅力はいろいろあるが、まず読みやすさが挙げられると思う。
簡潔でやさしい文章が、スッと心の中に入ってくる。

この短編集も、女流作家が遺した艶っぽい書簡の秘密とか、出版社の面々で出場したマラソン大会が思わぬアリバイに!?とか、ミステリーの要素が詰まっているのに、小難しくない。
疲れた平日の夜に1篇ずつ読むのに、適していると思う。
美希とお父さん、あるいは職場の人たちとのやり取りはコミカルだし、文学に関する知識が豊富だし、謎解きの楽しさも味わえる。
1冊で、いくつもの楽しみを見いだせる本なのだ。

普段、身近な場所で起こったフシギには、なかなか答えが出ないものである。
だからこそ、本の中だけでもハッキリとした解決がもたらされるミステリー小説って、貴重な存在だと思う。

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